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2025.6.12

トランプ大統領がスミソニアンの「反アメリカ的」な展示を問題視。批判を受けた展示内容とは?

今年3月27日、ドナルド・トランプ大統領は「アメリカの歴史に真実と平静を取り戻す」と題する大統領令に署名。近年における歴史の見直し運動を批判し、その矛先はスミソニアン協会にも向けられた。トランプ大統領によってとくに指摘を受けた展覧会は、一体どのような内容だったのか。國上直子がレポートする。

文=國上直子 画像提供=スミソニアン・アメリカ美術館

「権力のかたち:人種とアメリカ彫刻の物語」展示風景より Photo Courtesy of Smithsonian American Art Museum
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 3月27日、ドナルド・トランプ大統領は「アメリカの歴史に真実と平静を取り戻す」と題する大統領令に署名した。このなかで、過去10年にわたる歴史の見直し運動(リヴィジョニズム)を強く批判。こうした運動は、建国の理念や歴史的偉業を「本質的に差別的・抑圧的」なものとして再解釈するもので、社会の分断と国民の過度な自己否定を招くものだと警告している。矛先は、スミソニアン協会にも向けられ、国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館や、開館準備中のアメリカ女性史博物館の展示指針を例に挙げながら、同協会に広がる「分断的イデオロギー」の影響を問題視している。そのなかで、名指しで批判されたのがスミソニアン・アメリカ美術館(以下、SAAM)の展覧会「権力のかたち:人種とアメリカ彫刻の物語」だ。トランプ大統領が注目したこの展覧会はいったいどのような内容なのか。その実像を確かめるため、現地を取材した。

スミソニアン・アメリカ美術館外観

彫刻を批判的に読み解く

 2024年11月に開幕した本展は、1792〜2023年に制作された82点の彫刻を通じて、アメリカで2世紀以上にわたり「人種」がどのように理解され、扱われてきたかを検証するものだった。ブロンズや大理石に加え、靴・髪・タイヤなど多様な素材を用いた大小様々な作品を並べ、彫刻を広義にとらえているのも特徴だ。

 出展作品の多くは、世界最大規模を誇るSAAMのアメリカ彫刻コレクションから選ばれている。しかし本展の目的は、同コレクションを批判的にとらえ直すことにより、「白人至上主義」や「白人特権」が、いかに美の規範と美術史に組み込まれてきたかを探ることである。

 会場入口を飾るロベルト・ルーゴの《DNA研究再考》(2022)は、作家の等身大の立像である。表面には、カリブ海先住民・スペイン・アフリカ・ポルトガルという4つのルーツを象徴する伝統文様が配され、作家自身の複合的な出自を可視化する。単一の「人種」ではとらえ切れないアイデンティティの複雑さを示し、本展の主旨を端的に表すような一作だ。

ロベルト・ルーゴ DNA研究再考 2022
ウレタン樹脂による実物大鋳造、発泡素材、ワイヤー、アクリル絵具
スミソニアン・アメリカ美術館蔵(Catherine Walden Myer基金による購入)2024.19
Photo Courtesy of Smithsonian American Art Museum

 タイタス・カファーの《記念碑的な反転:ジョージ・ワシントン》(2017)は、現在アメリカで進む記念碑再考の潮流を反映するもので、「建国の父」を問い直す。巨大な木製パネルに刻まれたワシントンの騎馬像は黒く焦げており、凹部には膨張したガラスのピースがパズルのように埋め込まれているが、いくつかは床へ崩れ落ちたかたちになっている。

 作品が参照するのはニューヨーク・ユニオンスクエアのワシントン像だが、カファーは像そのものを消し去るのではなく、ワシントンが逃亡奴隷を追跡・処罰した奴隷所有者であり、先住民の村を焼き払った指揮官でもあったという、負の側面に光を当て、彼を英雄視する物語の脆弱性を浮き彫りにする。