2025.8.26

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」で何があったのか。参加を辞退したアーティストに聞く経緯と問題点

香川県東かがわ市で開催が予定されていた「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」。本祭期間に入っても準備が完了しておらず、ウェブサイトには参加アーティストや後援団体の虚偽記載も発覚した。作品返還を求めるアーティストも出ているなど、大きな問題となっている本芸術祭。実際に直前まで参加準備を行い、その後辞退を決めた出展予定作家のひとりに、現地での状況や問題点、今後の行動について話を聞いた。

文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」の会場とされている民家に置かれているポスター 提供=郁川舞
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「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」とは何か

 今年8月1日〜31日を本祭期間として、香川県東かがわ市で開催が予定されていた「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」。同芸術祭が、本祭の開催日になっても会場、ウェブサイト、現地スタッフや作品展示といった、全般にわたる準備が履行されていないことが問題になっている。加えて、ウェブサイトに記載されていた、東かがわ市教育委員会をはじめとする連携・後援の企業や団体も事実と異なることや、ウェブサイトに辞退を申し出たアーティストが掲載されたままであることが判明した(現在は削除)。本芸術祭への参加を試みたアーティストはどのような問題を感じ、いかなる経験をしたのか。今後の対応や思いも含めて、すでに参加を辞退したアーティスト・郁川舞(ふみかわ・まい)氏に話を聞いた。

 まずは「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」について確認したい。ウェブサイトの開催概要によれば、同芸術祭は、瀬戸内国際芸術祭2025の夏会期の開催に併せて、同祭が初開催となる東かがわ市引田エリアで開催される芸術祭とされている。瀬戸内国際芸術祭2025と関連づけられているものの、主催は無関係である。

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」ウェブサイト(https://hike-hiketa-artfest.jp/)より

 プレ展示期間が24年10月1日〜25年3月3日、前祭が4月1日〜7月30日、本祭が8月1日〜31日、そして後祭が9月1日〜12月21日(暫定)と、全体会期は長期にわたって設定されている。前祭およびプレ展示期間中は「参加作家たちが入れ替わり立ち替わり当地に滞在し、リサーチや制作活動を行いながら、訪れる方々や地域の皆さまと交流を深めます」としており、そのほか「アートを体感いただけるワークショップ」「ライブイベント」「グッズ販売」「展示」なども開催される旨が記されている。そして主催は「HIKE!HIKETA東かがわ国際芸術祭実行委員会」、その代表は奥廣岳という人物であることがウェブサイトには記されている。

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」(https://hike-hiketa-artfest.jp/)ウェブサイトより、開催概要

現地でアーティストに課せられた大きな負担

 今回、話を伺った郁川舞氏は、東京を拠点とするアーティストだ。場に残された痕跡に着眼し、記憶、時間、不在といった「目に見えないもの」をテーマに、音を介し場と身体感覚をつなぐインスタレーション作品を制作してきた。

 最初に、郁川氏が本芸術祭への参加を決めるまでの流れについて教えてもらった。郁川氏は24年10月、東京都内で開催された芸術祭の展示会場を訪れた際、知人から香川の新たな芸術祭で参加作家を募っているということを教えてもらい、インスタグラムのダイレクトメールで主催の奥廣氏とのやり取りを始めた。郁川氏は本祭の1ヶ月前から展示することで、芸術祭のプロモーションになるのでは、と考え展示スケジュールを決定した。

 また、作品の展示条件も提示されていた。リサーチや制作にあたっての宿泊場所は無償で提供するが、それ以外の生活費、交通費、制作費、搬入費などはアーティストの自己負担。また、カタログの制作費用や会場の電気代といった運営費もアーティストが分配して払ってもらうということが伝えられていた。アーティストに大きな負担を強いるものだが、いっぽうで、すでに県や市からの助成は決定しており、助成金や寄付金が集まれば作家に分配していくことも示唆されていたという。なお、作品を出展する際の契約書等は交わされていなかった。 

 主催の奥廣氏は、いったいどのような来歴なのか。郁川氏が言うにはその実態もわからなかったそうだ。「一部ではアーティストという情報も出ているようですが、私たち作家に対しては、自分がアーティストだということは言っていませんでした。ただ今後、徳島でもキャンプ場や廃校を舞台にした芸術祭を実施する予定があり、東かがわ芸術祭で良かったアーティストはそちらでも展示する可能性がある、といった継続性を示唆していました」。

 また、郁川氏は本芸術祭のスタッフが、実質的には奥廣氏ひとりであったことを指摘する。「ほかのスタッフの存在をほのめかすことはありましたが、リサーチから作品制作、辞退にいたるまで、奥廣氏以外のスタッフとやり取りをしたことはまったくありませんでした。基本的には、彼がひとりでこの芸術祭を実行しようとしていたのだと思います」。

 展示のリサーチのために、郁川氏は24年の12月より、4回にわたって現地を訪れ、奥廣氏が提案した場所のなかから、引田地区にある民家での展示を決定。合計18日間を現地での準備に当てることとなった。準備の際は奥廣氏が展示場所を車で案内するといったやり取りがあったそうだが、キュレーションがされていたというわけではなく、作品をインストールするまでのスケジュールも郁川氏が自身で見通しを立てながら組んだものだった。

清掃作業中の郁川氏の作品展示場所 提供=郁川舞

 さらに、郁川氏は地元の人々と交流しながら作品を制作したいと考えていたものの、奥廣氏からはそうした交流を良しとしない雰囲気を感じ取っていたという。「詳細は言えないものの、地域とアーティストを分断するような動きがあり、交流しづらい状況でした。それでも、自分で地域の資料館などに足を運びながら、地域の人たちとコミュニケーションをして、地域の歴史や文化について多くのことを教えてもらいました。引田地区のみなさんには本当によくしてもらって、心から感謝しています」。

 奥廣氏とアーティストとのやり取りはどのようなものだったのだろうか。現地の状況や準備の進捗などは、参加アーティストがメンバーとなったオープンチャットを介して進められたというが、構造的にほかの参加アーティストとのやり取りが難しい点があったと郁川氏は語る。「オープンチャットは特性上、参加者同士で個別のコンタクトが取れないようになっていました。基本的には奥廣氏からの連絡が一方通行で現地の準備状況が送られてくるというかたちです。そのため芸術祭が実質的に成り立たなくなっていることが発覚するまでは、どのようなアーティストが参加しているのか、ユーザーネームからある程度推測はできるものの、下の名前だけだったり、ニックネームの方も多く、不透明な状態でした」。

会場準備の遅延、そして辞退へ

 実際に展示準備を始めた郁川氏だが、設営の遅延が徐々に明らかになり始めたという。「奥廣氏は準備が進んでいると主張するのですが、実際には進んでいないということが多発し、古民家の2階で展示を行うことは決まっていたものの、電源の整備がいつまで経っても行われず、そのためプロジェクターの位置決めなど現実的なプランニングが大幅に遅れることとなりました」。

 設備面のみならず、ウェブサイトの更新、キャプションの印刷、会場連絡、運営フローの共有といったソフト面でも、不備が目立ったという。「まず、ウェブサイトの会場マップが完成していないので、どこで何の作品が展示されているのか、まったくわからないわけです。また、作品の電源のオンオフを含めた会場のオープンとクローズを行わなければいけませんが、スタッフのシフトどころか存在も確認できていないので、とても作品を任せる気にはなりませんでした。また、ウェブサイトの参加作家のなかには、辞退しているにも関わらず掲載され続けていた方もいますので、いったい誰が参加しているのかさえ、確実な情報がなかったんです」。

郁川氏の作品展示イメージ 提供=郁川舞

 結果的に郁川氏は、芸術祭への出品の辞退を8月1日に決めた。「7月30日から4日間の予定で作品をインストールする計画でしたが、現地に行ってみればキャプションもできていない状態だったので、キャプションの印刷やウェブサイトへの展示場所の記載などを奥廣氏にお願いしたのですが、結局行われませんでした。また、展示会場には作品が床置きされていたので、居合わせたアーティスト4人で壁に設置する作業などを深夜までやっていたのですが、その後に奥廣氏が何もせず横になっている状態を見て、氏が業務を放棄していると判断して辞退を決めました」。その後、郁川氏はグループチャットに宛てて、辞退理由をPDFにしたものを投げたが、その数時間後にはオープンチャット自体が削除されてしまった。なお、郁川氏が聞いた奥廣氏の認識では「芸術祭の準備もまた芸術祭」であり、芸術祭は現在も開催されていることになっているという。

郁川氏の作品展示イメージ 提供=郁川舞

 その後も現地に滞在していた郁川氏は、アーティストら有志とともに、東かがわ市地域創生課に本芸術祭についての状況の確認をするため市役所を訪れる。このときに初めて、実際には後援団体ではなかったという虚偽記載の事実を確認することになった。

削除前の「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」ウェブサイトの連携・後援欄

 後援欄の記載に関しては、8月19日に東かがわ市ならびに同市教育委員会が連名で次のコメントを出し、2025年度の後援を行っていないことを対外的に発表している。

 このたび、東かがわ市を会場に当該イベントを企画した団体に活動の実態がないことが判明しました。
 当該団体のHP内の後援欄に「東かがわ市教育委員会」とありますが、これは香川県等が主催する「かがわ文化芸術祭 2024」の連携枠として県内各機関が包括的に後援されており、2025年度においては当該団体に対する本市教育委員会の後援は行っておりません。
 また、現在東かがわ市引田エリアで開催されている「瀬戸内国際芸術祭 2025」と混同される可能性があることから、当該イベントの名称を変更するように要望しておりましたが、名称変更はもちろんのこと、当該団体からの連絡はありません。
 もちろん「瀬戸内国際芸術祭 2025」と当該イベントは一切関係ありませんし、本市も一切関係が無いことを申し添えます。

 また翌20日、市は奥廣氏とコンタクトをとり、芸術祭ウェブサイトの後援覧からの東かがわ市教育委員会の名前の削除を要求。ウェブサイトから、連携・後援の項目に記載されていた団体名や企業名が削除された。なお、ここでは虚偽記載の理由は2024年度版のまま未更新であったとされている。

削除後の「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」ウェブサイト(https://hike-hiketa-artfest.jp/)の連携・後援欄

いまなお続く作品返還の要求

 芸術祭の辞退を決めたあとも、郁川氏は作品の返還をめぐり奥廣氏とトラブルになる。郁川氏の作品は8月1日に自身で撤去し、返送作業を行ったため無事だったが、作家グループの取りまとめ役的な立場にあった郁川氏は、返還されていない他作家の作品をめぐって奥廣氏とトラブルになった。「作品は東京から奥廣氏がトラックに積んで現地に運んだので、そのトラックで作品を東京に戻してほしいと要求しましたが、そこで氏は返送のための料金を負担してほしいと主張し始めました。作品が屋外に放置されたままの状態になってしまうので、なんとか積み込んでほしいとお願いしたのですが、氏は返事をせずにその場に横になり、返事をしないといった状況になってしまい、居合わせた1人の判断で警察を呼ぶことになりました。警察の立ち会いのもと、LINEのグループをつくり、そこでやり取りをすることで互いの主張を交換するという方針が示されましたが、奥廣氏からの返信は最初の1通のみで途絶えてしまいました」。その後、郁川氏ら辞退を申し出たアーティストは、内容証明郵便を奥廣氏に送付したうえで、氏の保管していた場所の鍵を親族に開けてもらい作品を奪還した。

 だが、いまも所在が不明なアーティストの作品もあるという。郁川氏は次のように話す。「本芸術祭は24年10月から12月にかけて『プレ展示』を行うということになっていましたが、じつは私たち本祭のグループの前に、この『プレ展示』のために集められたアーティストたちがいたんです。そのグループは結果的に離散状態になっており、当然作品返還もされていない。私たちは現地に置かれていたものを会期に間に合わせようと何とか展示したのですが、そのなかにプレ展示を予定していた方の作品も含まれていたようです。こうした作品は、すでに1年近く展示もされないままに放置されていたことになります。このグループの方たちのなかには、作品返還の要求を行っている人もいますし、まだ声を上げられていない方もいるはずです」。

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」ウェブサイト(https://hike-hiketa-artfest.jp/)の作家紹介ページ。20名ほどの作家が掲載されていたが、現在は「ただいま更新中」となっている

アーティストが声を上げられる環境を

 最後に、本件に関しての郁川氏の率直な思いを聞いた。「芸術祭は若手作家にとって、普段とは違う制作環境だったり、 地域の人や鑑賞者の方々との出会いが得られる貴重な場です。私もその可能性を信じて参加したのですが、そういったポジティブなイメージの裏に、制度的なリスクが潜んでいるんだということがよくわかりました。経験の少ない私たちのような作家がそのリスクを押しつけられてしまったのだと思います」。

 さらに郁川氏は参加を決め、準備が進んでいった状況のことも振り返る。「最初から『おかしい』と感じる場面はありましたが、初年度だから、主催者も若く経験が足りないから、と自分に言い聞かせてしまっていたのだと思います。いま考えると、大丈夫だと思い込みたかっただけなのかもしれません。結局、運営業務が円滑に行われないので、作品制作と並行して運営準備にも追われてしまいました。そもそも芸術祭の内部に相談窓口やアーティストと主催を仲介する仕組みがなく、その主催者の一存で物事が進む状態だったので、やはり問題が起きても、誰に相談すれば解決できるのかがわからなかったのだと思います」。

「HIKE!HIKETA -東かがわ国際芸術祭-」の会場とされている民家に置かれているポスター 提供=郁川舞

 加えて、郁川氏はアーティストが声を上げることの難しさについても指摘する。「とくに私より若い学生のアーティストなどが、声を上げにくい状態や環境がつくられていたと思います。その結果、個人的な攻撃を受けてしまったり、個人の話として無理に収めようとしてしまったり、さらには孤立してしまったり。自分が悪かったんだと、自分を責めてしまっているアーティストさんも本当に多いんです。本来、参加の声がけをされたアーティストは70名以上いるはずなのに、全然声が上がらないということは、声が上げられないということでもあるのだと思います。それが問題の発見と解決を遅らせ、より深刻化させてしまったのではないでしょうか」。

 郁川氏は、芸術祭に参加したアーティストの作品返還を求めて、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京による、東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」に相談をしており、弁護士の準備などを進めている。

 なお、本件について芸術祭主催の奥廣氏にも取材の依頼を行ったが、期日までの返答はなかった。

※芸術祭公式ウェブサイトの情報は8月25日時点のものを参照