「ART OSAKA 2025」開幕レポート。本フェアならではの多彩な表現を一挙に味わう
現代美術のアートフェア「ART OSAKA 2025」が、大阪市中央公会堂(6月6日~8日)とクリエイティブセンター大阪(6月5日~9日)の2つの会場で開幕した。会場の様子をレポートする。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

現代美術のアートフェア「ART OSAKA 2025」が、大阪市中央公会堂(6月6日~8日)とクリエイティブセンター大阪(6月5日~9日)の2つの会場で開幕した。

本フェアは「Galleries セクション」「Expanded セクション」の2つのセクションと「映像プログラム」で構成されている。
Galleries セクション
各ギャラリーが個々にブースを出展する「Galleries セクション」は、国指定重要文化財である大阪市中央公会堂の3階で開催されており、日本国内のみならず、韓国や台湾からの参加も含む総勢44軒のギャラリーが一堂に会して展示販売を行う。会場で気になった作品を紹介したい。

東京の√K Contemporaryは、体は人間、頭はモンスターという異様でどこか懐かしみのある「キャラクター」たちが日常を送る光景を描く市川友章をピックアップ。2011年の東日本大震災を目の当たりにし、自分が特撮映画の世界のなかに投げ出されたような感覚になったという市川。絵画に漂う現代社会への疑義はどこか石田徹也の作品を彷彿とさせるが、市川も石田と同じロスジェネ世代だという。ある世代が共有している社会への問いの表出として見てもおもしろい。

韓国・仁川のGALLERY JINSUNは、西洋絵画の技法と東洋画の構図を組み合わせた風景画を制作するキム・チュンジェの作品を紹介している。2021年に始まったという「Tiny wood」シリーズは、まるで周辺光量が落ちた写真のような黒が目立つ絵画シリーズだ。キムは、湖畔の自然という典型的な美しさを持つ風景に闇を与えることで、現代社会のメタファーとして機能させる。

大阪府内の障がいのある人の作品を、現代美術のマーケットに紹介するプロジェクト・capacious(カペイシャス)は、松本国三、平野喜靖、平田安弘の3作家を紹介。とくに平野の、印刷物の文字を抜き出し、カラーボールペンを使って独特のタイポグラフィを展開する作品は、文字の意味を解体しグラフィックとして見せる試みとして興味深い。

東京のEUKARYOTEが出展している磯村暖の新作にも注目したい。AI生成による写真と多層的な立体構成を用いて、アクリルボックスの中に「家系図」を描くという本作は、磯村が自身の未来像としてAI生成した3つの自己像が、3人の親として登場する。クィアとして自らの遺伝子に複雑な思いを抱いてきた磯村が、遺伝子や家族といった概念に挑戦した意欲作だ。

東京やシカゴでインディペンデント・キュレーターとして活動を行い、美術展の企画や出版を手がけてきた小出由紀子による小出由紀子事務所は、古くよりアール・ブリュット作品を扱い、国外のフェアで存在感を示してきた。会場では沖縄・那覇で活動する儀間朝龍(ぎま・ともたつ)を紹介。古着、スニーカー、ポップアートといったアメリカの文化に強い影響を受けた儀間は、それらがはらむ商業との関係性をダンボールやパッケージを素材に、パロディを加えつつ表現している。ほかにも儀間は福祉作業所との協働によってステーショナリー・ブランドを手がけるなどの試みも行っており、本徹は儀間の多様な活動を知ることができる場となっている。

大阪のWa.galleryは、クライアントワークを中心としたカメラマンとして活動してきた奥山晴日の初個展を行っている。日本各地の信仰によって生まれた「聖域」に興味を持った奥山は、その地を大判カメラで撮影。撮影時には蛇腹によってピントを変える大判カメラの特徴を活かし、聖域にピントを合わせた後、そのピントを外すという手段をとる。現代においてはつねにカメラを向けられ消費されていく古来からの聖域にかつて存在した、人々の原初的な信仰心を写し取ろうとする試みだ。

ほかにもGalleriesセクションでは、本フェアならではの関西を拠点とした作家の作品や、斬新な表現を見ることができる。
映像プログラム
「映像プログラム」は大阪市中央公会堂の大集会室のホールで作品上映を行う。プログラムは、大きく2つのプログラムから構成される。
1つめのプログラム・キュレーションには批評家/キュレーターの梅津元を迎え、 1960年代から現在までの、実験映像、ヴィデオアート、美術家による映像など、重要な作品の数々を一挙に上映し、日本における「映像表現」を探るプログラム「〈うつること〉と〈見えること〉―映像表現をさぐる:60年代から現在へ」だ。展示される機会の少ない映像作品を大型のスクリーンで見ることができる貴重な機会といえるだろう。

期間中、毎日上映されるのが、瀧健太郎監督の『キカイデミルコトー日本のヴィデオアートの先駆者たち』(2012)だ。出光真子、中谷芙二子、松本俊夫、山口勝弘など、映像表現の先駆者たちへのインタビューを通じて、日本の映像表現の黎明期をたどるドキュメンタリーとなっている。ヴィデオアートが日本でどのように誕生したかをわかりやすく構成した本作は、大阪では今回が初の上映となる。

ほかにも、実験映画、ヴィデオアート、美術家による映像など約25本が上映される。美術家による映像作品として歴史的に重要な、村岡三郎・河口龍夫・植松奎二の共作《映像の映像-見ること》(1973)、幻の名作と称される柏原えつとむ《サタワル》(1971)、初公開となる堀浩哉《READING Session No.3》(1974)、大阪港近くの築港赤レンガ倉庫で撮影された松井智惠《HEIDI 46 brick house》(2006)、国内外の映画祭で多数の賞を受賞している折笠良のアニメーション《みじめな奇蹟》(2023)、そして、国際的に活躍する牧野貴の《The Low Storm》(2009)など、多様なラインナップとなっている。

2つ目のプログラムは、大阪在住の美術家・森村泰昌がプロデュースした伝説的なアートプロジェクト「テクノテラピー」のドキュメンタリー映像の特別上映だ。美術家と展覧会制作、舞台演出、会場運営などの専門家集団、そして多くのボランティアスタッフが結集し、本会場でもある大阪市中央公会堂の全館を活用してつくり上げた本プロジェクト。賛否両論を呼びながらも、当時の大阪の芸術文化のエネルギーを象徴する試みだったといえる。会場では本作を記録・作品化した映像を特別上映するとともに、6月7日にはトークセッションも実施する。

Expandedセクション
Expandedセクションは近代化産業遺産である北加賀屋・クリエイティブセンター大阪(名村造船所大阪工場跡地)で開催。19組の国内外作家が出展し、メディアの垣根を越えた作品群が展示販売される。作品は広大な屋内展示空間を持つ工場後を使用し、自由な発想で発表されている。展示作品の一部を紹介したい。

1階から2階にかけての吹き抜けとなっている展示空間「ブラックチェンバー」では、東京の小山登美夫ギャラリーによるオノ・ヨーコ《FLY》(1963/2025)が展示されている。会場には3つのハシゴが置かれており、また出入口には「小野洋子」の署名と「飛ぶ用意をして来る事。」というメッセージが記された、持ち帰ることができるカードが置かれている。オノのメッセージを読んでからこの空間に置かれたハシゴを見れば、このハシゴを昇ったあとに飛び降りる自分の姿を想像をするはずだ。実際に飛ぶことはなくとも、人はだれもが飛ぶことを想像することができる、そんなメッセージが込められているようにも感じられる。


東京・馬喰町のKOKI ARTSは、中村亮一の作品を出展。活動拠点としていたドイツ・ベルリンで受けた偏見から、移民と社会の隔たりについて考えてきたアーティストだ。約10年にわたりつくり続けている作品《a study of identity》(2015-25)は、第二次世界大戦中の日系アメリカ人のポートレートを金属板に転写し並べた作品。壁面から浮いているかのように展示される人々の顔は、移民の置かれる不安定な状態が表現されている。

6月15日、渋谷から新宿に移転オープンするbiscuit galleryと、同ギャラリーに隣接するかたちでオープンするAWASE galleryは本フェアに共同出展。出展作品の那須佐和子+下田悠太《構造の詩学》(2025)は、那須の絵画と下田の建築構造物を組み合わせた作品で、双方の領域の拡張が目指されている。

京都のFINCH ARTSは福岡道雄(1936〜2023)の初期代表作《ピンクバルーン》(1968)を出展している。本作は、彫刻の持つ硬質さや男性性からの脱却を目指した作品で、風船のようなやわらかなフォルムと、軽量なFRP素材で制作されている。ほかにも《馬鈴薯》(2003)、《立つ蚯蚓》(2004)といった福岡の大型彫刻も展示されている。

大阪のTEZUKAYAMA GALLERYは、日本と韓国を拠点にするユ・ソラの大規模なインスタレーション《当たり前なのは、》(2020-25)を会場で展開。ソラは白い布と黒い糸によって日常の様々な風景を立体化することで知られている。会場ではソファやベッド、リビングの机などを展開。さながらモデルルームのような印象を与えるこの空間では、日常の虚構性や脆弱性が滲み出している。

東京のGALLERY KOGUREは、かつて製図スペースであった4階「ドラフティングルーム」を全面的に使用し、伊藤航《Sports festival》(2025)を展開。「運動会」をテーマにしたこのインスタレーションは、子供たちが競技にかかわらず自由に動き回る姿を紙や合板を組み合わせて表現。空間の広さをそのまま作品に活かしきった。

京都のMORI YU GALLERYは河合政之の《四元素+natura:date》(2025)を、「パルティッタ」の屋内で展開。コンピューター・グラフィックと見紛うような映像を、アナログ機材のみでつくり出した作品だ。リアルタイムで変化し続ける光と音の生命体のような躍動を感じたい。

屋外でも展示は行われている。赤鉄骨と呼ばれるかつてのクレーンの跡では、大阪のMarco Galleryが髙橋穰による《装置 #1》を展示。物体と万有引力の関係に着目し、彫刻を通じてそこに介入する髙橋は、自身が自身が重力を感じながら運動をつくりだすことができる巨大な装置を会場につくり上げた。

ほかにも、造船所跡という空間を活かし、通常のフェアではなかなか見ることができない多彩な作品をみることができる。なお、小作品だけを集めた販売スペース「EXPANDED PLUS」もあり、クリエイションが気になった作家の購入できるサイズの作品をここで探すことも可能だ。
