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2026.3.15

名分とポリフォニー──多言語政治における主体の生成。謝以恭評「恵比寿映像祭2026:あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」

東京都写真美術館で開催された「恵比寿映像祭2026」は、「あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」という多言語のタイトルが示す通り、声、言語、そして主体の生成をめぐる問いを提示する。本稿では、美術批評家、アート・アーキビストの謝以恭(シャ・イキョウ)が翻訳や移動の経験、さらには「名分」と多声性(ヘテログロシア)の観点から、本展が浮かび上がらせる多文化社会の複雑な風景を読み解く。

文=謝以恭 翻訳=蔡循

「恵比寿映像祭2026:あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」の展示風景より、FAMEME《Duri-grance by FAMEME》(2026) 撮影=新井孝明 写真提供=恵比寿映像祭2026
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名分とポリフォニー──多言語政治における主体の生成

 あなたは、自分が誰だと思いますか。

 私たちは日常のなかで、国籍、母語、政治的立場、ジェンダー・アイデンティティ、職業、学歴といった一連のラベルによって自分を定義することに慣れている。しかし、それらは本当に私たちを表しているのだろうか。まるでアンケートのように並べられた項目によって、私たちは本当に自分自身を見つけることができるのだろうか。

名は正されても、言は順わない

 東京都写真美術館で開催された「恵比寿映像祭2026:あなたの音に|日花聲音|Polyphonic Voices Bathed in Sunlight」(2月6日〜23日)の内覧会を訪れ、美術館に入ろうとしたとき、入口の警備員が日本語で何かを話しかけてきた。口調や視線から、内覧会への招待があるのかと尋ねているのだと察した。私は日本語がわからず、英語で返すしかなかった。その数秒間、私は受け入れられることも、排除されることもない、宙吊りのような真空状態に置かれた。やがて受付スタッフが呼ばれ、ようやく私の身分は確かめられ、正当な名目を得て館内へと入ることができた。

 華人文化においては、『旧約聖書』のようにバベルの塔以降の言語多様性の起源を探るよりも、むしろ言語が秩序のなかで果たす機能を重視する傾向がある。孔子の言う「名正則言順(名正しからざれば則ち言順わず)」は、ラベルの正当性への強い執着を示している。「名」と「実」が正しく対応してこそ、秩序とコミュニケーションは成立する。儒教文化はたしかに東アジア社会に深く影響してきた。しかし興味深いことに、今日の高度に多様化した社会において、私は「言が順わない」まま「名が正される」という経験をしたのである。

 この「名の正当性」への依存と断絶は、本展タイトルにも見て取れる。日本語、台湾語、英語が併置されたタイトルは、それぞれ異なるイメージを喚起する。いったいどの「名」が正しいのか。さらに台湾出身の私が「日花聲音」という四文字を見たとき、台湾語ではなく中国語としてそれを読んでしまった。この読みの差異は、「名は正されても言は順わない」という状況を再び浮かび上がらせる。漢字という同一の記号体系を共有していても、背景が異なれば、意味を共有できるとは限らない。

 展示空間において、FAMEMEのドリアン香水はどのような匂いなのか。鶴巻育子の写真において、視覚障害者は世界をどのように見ているのか。侯怡亭の刺繍に刻まれたアルファベットは、どのように発音されるべきなのか。私たちはおそらく、完全に「名正言順」な答えを与えることはできないだろう。

 しかし、それでもいいのではないか。

陽光が降り注ぎ、周りが明るく澄みわたるとき、私はどこに立てばよいのだろうか

 張恩満(チャン・エンマン)の作品は、展覧会タイトルのイメージをもっとも明確に体現している。展示照明がカジノキをかたどったガラスの舟を透過し、床に投影される。カジノキとカタツムリが交錯して描く移動の軌跡は枝のように外へと広がっていく。作家は先住民族のカタツムリ料理に着目し、カジノキの樹液がカタツムリの粘液を取り除き、日常の食材へと変えることを示している。この語りは味覚の記憶にとどまらず、ローカライズの物質的実践そのものである。カタツムリの歴史的な移動は抽象的な離散ではなく、身体と土地との反復的な交渉を通じて、共生関係を生成してきた。

展示風景より、手前は張恩滿《カタツムリ楽園三部作-出航か終章か》(2021) 高雄市立美術館蔵 撮影=新井孝明 写真提供=恵比寿映像祭2026

 いっぽう、チョン・ソジョンの《シンコペ》(2023)は、ラテンアメリカ原産の着生植物エピフィルムを用い、異なるかたちの「移動」を語る。デジタル空間に広がるエピフィルムは、物理的制約を超え、境界を越えて伸びていく現代人の生き方を象徴している。韓国生まれでフランスに養子として渡り、のちにインドネシアへ移住したガムラン奏者と、日本生まれで朝鮮半島で伽倻琴(カヤグム)を学び、ソウルに定住した在日コリアン三世の演奏者。彼らの軌跡は、国境を横断する流動の縮図である。

 作品のなかで、2人はいずれも率直にアイデンティティの緊張を語っている。前者は、フランスで育った幼少期に挫折や差異によって感じた疎外感を回想し、かつては自分が白人になりたいと願ったことさえあったと語る。後者は、日本にある韓国学校を紹介するなかで、在日コリアンが韓国文化のアイデンティティを持ち続けられることへの期待と願いを表明している。

 しかし、移動することは必ずしも離散を意味するのだろうか。故郷を離れれば、必ず失われたものを求め続ける存在になるのだろうか。

 否定しがたいことに、私たちは作品のなかに、移動と適応の過程において人々が抱く自己と故郷へのわだかまりや執着を見て取ることができる。そうした感情はたしかに存在し、人とともに生き続けている。デジタルのエピフィルムは、現代社会における自由な拡張を象徴するだけでなく、故郷にとどまり続ける感情が、現代においていっそう宙づりとなり、方向を失っている状態をも示しているのかもしれない。

 このような感情を抱えたまま張恩満の作品をあらためて見つめると、そこにはまったく異なるもうひとつの集団のあり方が浮かび上がってくる。台湾の先住民族は移動していない。むしろ南島語族の「台湾起源説」(Out of Taiwan Hypothesis)によれば、台湾は南島諸族およびカジノキの発祥地と見なされており、カジノキはその根拠として繰り返し言及されるきわめて重要な証拠とされている。

 しかし皮肉なことに、彼らは近代以降、強制的に単純化され、「番仔(ファンア)」という侮蔑的な呼称で呼ばれてきた。1984年からの正名運動を経て、1994年に「原住民」という呼び方が憲法に明記され、1997年には「原住民族」と改正された。

 この歴史は苦難や闘争、さらには流血さえ伴うものであった。それでも、張恩満の作品とそのまなざしのなかに私が見るのは、出自への誇りである。16の民族が全体として、あるいはそれぞれに主体性を求めてきた長い過程において、彼らは離散してはいない。それでもなお、自らのルーツに対する複雑な感情を抱え続けてきたのである。

 この視点から《シンコペ》における「名」の揺らぎを振り返ると、離散は決してアイデンティティの動揺をもたらす唯一の前提ではないことがわかる。たとえ土地を離れたことがなくとも、「名」は奪われ、書き換えられ、あるいは奪い返されねばならないことがある。

チョン・ソジョン《シンコペ》(2023)の展示風景 Courtesy of the Artist. Photo by Nakagawa Shu

 原住民族にとってそれは、16の民族それぞれが固有の文化的文脈と固有の言語主権を取り戻す過程でもあった。この復権はイデオロギーにとどまらず、教科書や国会の議席といった制度のなかにも反映され、さらには彼らのパスポートにも記されている。名前は漢字で表記されていても、その意味と発音は祖霊と土地の記憶を宿す族語に由来する。彼らはもはや受動的に見られる存在ではなく、自ら歴史を書き記す主体である。かつて汚名を着せられた日常の断片のなかから、民族としての尊厳と誇りをあらためて拾い上げているのである。

「名分」をめぐる権力関係とポリフォニー(衆声の喧騒)

 儒教文化が深く根づく東アジアにおいて、「名分」がもたらす序列や資格の観念は、たしかに重視されてきた。私たちもまた、それを社会構造の安定を支える基盤として、ある程度肯定している。しかし同時に、「名分」はつねに権力関係を帯びており、人々が社会的期待や道徳的責任を引き受けることを要請する概念でもある。

 そうしたことを考えながら、私は昨年、台北の「台湾現代文化実験場 C-LAB」で開催された、キュレーター・荘偉慈(チョアン・ウェイツー)による展覧会「Sounds of Babel―もし私たちの言語が……(如果我們的語言是……)」を思い出す。本展は、哲学者ミハイル・バフチンの提起した「ヘテログロシア(多声性/言語的多様体)」の概念を援用し、本来は言語学的文脈にあった「多声」を、多文化的多様性や社会的アイデンティティの流動性を象徴するものへと拡張していた。バフチンのいう「ヘテログロシア」とは、たとえ単一の言語の内部であっても、そこには複数の社会的声、立場、価値観、そして権力関係が同時に存在しているということである。それはすなわち、同一の文化それ自体がすでに多元的であることを意味するのではないだろうか。ましてや、異なる文化同士においては、なおさらである。台湾の批評家・曾哲偉(ツェン・ジョーウェイ)は「Sounds of Babel」展のレビューにおいて、現代社会が「多元・平等・包摂」という主題に絡め取られている現状を指摘し、「ヘテログロシア」は必ずしも自動的に肯定的な多元主義を指し示すのか、と問いかけた

 この問いに対し、アンジェリカ・メシティが今年の恵比寿映像祭に出品した《The Rites of When(時にまつわる儀式)》(2024)は、きわめて示唆的な視覚的応答を与えている。ほとんど闇に包まれた空間の大きなスクリーン上で、異なる文化的背景をもつ身体の動きが儀式のように交錯し、絡み合う。一見すると緩やかで混沌とした場面のなかで、それぞれは互いに応答している。それは単一言語の対話ではなく、言語を超えた文化そのものが「多声」に響き合う場である。リズム、呼吸、姿勢、身体は、流動のなかで次第にある種の秩序を生み出していく。混沌とは無秩序なのではなく、まだ単一の権威によって名づけられていない秩序なのだ。

アンジェリカ・メシティ《The Rites of When(時にまつわる儀式)》(2024)の展示風景 Courtesy of the Artist and Galerie Allen,Commissioned by the Art Gallery of NSW 撮影=新井孝明

 このような見方を台湾社会へと引き戻すならば、「名正言順」は多声のなかでいかに機能しているのだろうか。

 台湾の現実は決して単声ではない。原住民族、閩南系漢人、客家系漢人、戦後に四川・湖南・湖北・江蘇などから移住してきた人々、さらに近年増加し続けている東南アジア系の移住者たちが、多言語・多文化な社会をかたちづくっている。歴史のなかで、私たちは幾度となく「正名運動」を展開してきた。原住民族の名称の回復、性的少数者に関わる語彙の更新、地域言語の再記述と制度化などは、その一例である。

 バフチンのヘテログロシアの観点から見れば、言語はつねに権力が作用する場である。誰が名づけるのか。誰の発音が標準とされるのか。誰の文字が教科書に載るのか。これらの問いの背後には、言語を通じた権力の配分と再配分がある。また、恵比寿映像祭の展覧会図録の付録において、キャメロン・L・ホワイトが丹念に観察しているように、戒厳令解除後、言語の自由度が高まり、地方言語教育の空間が広がったこともその一端である。国の行政機関である教育部は台湾語、客家語、台湾手話、そして南島語族に属する原住民族諸語の教材を整備し、初等・中等教育へと導入した。それは、中国語と単一の「国語」とを結びつけてきたイデオロギー的連関を徐々に緩め、異なる声が聞かれ、書かれる可能性を切り開いた。

 こうして見ると、正名運動は表面的には「名正言順」を目指しているようでありながら、実際には、多声が交錯する言語空間のなかで「正統」とは何かを再交渉する営みである。それは多声を消し去ることでも、単一で安定した秩序へ回帰することでもない。むしろ、多声のただなかで既存の権力構造を揺るがし、抑圧され、周縁化されてきた声が浮上する余地を開くことにある。「正名」とは、唯一の答えを確定することではなく、多数の声が共存することを前提に、その正当性のための空間を拓く行為なのである。

 台湾の正名の歩みと比べると、日本の国会がアイヌ民族を先住民族として公式に認めたのは2008年のことであった。しかし、真の問いは「正名すべきか否か」ではなく、正名の後にもなお対話が可能であるかどうかにあるのではないか。もし名称が確立された瞬間に、疑いえない固定的な記号として凍結されるならば、それは新たな単声的秩序にすぎない。逆に、正名後の名称が開かれたままに保たれ、応答や議論、再解釈を許容するならば、それは真に対話的な言語となる。差異を承認しつつ、意味を生成し続ける場として存続しうるのである。

 この文章は、私が中国語で書き、それを他者に委ねて日本語へと翻訳してもらったものである。言語をまたぐ翻訳の過程において、情報の欠落や意味のずれが生じることは避けられないと、私はよくわかっている。いまこれを読んでいるあなたは、どこかでわずかな違和感やためらいを覚えただろうか。

 恵比寿映像祭2026の展示作品のひとつ、スーザン・ヒラーの「ミッドナイト・セルフポートレート」シリーズ(1987)で示されたように、私たちは誰もが、自らが属する文化、社会、家族、そして生の経験によって深くかたちづくられている。ヒラーが模索したのは、国籍や職業、あるいは外在的な社会的ラベルを超える新たな言語であり、「あなたは誰か」という問いをほかならぬあなた自身に返す試みだった。その答えは、日々の生活のなかで、一つひとつの選択のなかで、そして他者との関わりのたびに、あなた自身が与えていくものなのだ。

 多文化社会のなかで生まれる異議や反発が、どれほど潮のように寄せては返そうとも、最終的に私たちが決められるのは、他者にどう向き合うかという態度であり、異化された存在とどのような行為を通して関係を結ぶかという選択である。互いを真空のような隔絶状態に置き続けることもできる。しかしまた、あの警備員のように、隔たりに気づいたその瞬間に手を差し伸べ、対話を成立させる媒介を探すこともできるのである。