2025.6.20

ガウディの原点が蘇る。カサ・バトリョ、裏ファサードと中庭を100年ぶりに修復公開

2025年のユネスコ世界遺産登録20周年を前に、スペイン・バルセロナにあるアントニ・ガウディの名建築「カサ・バトリョ」が、その裏ファサードとプライベート中庭の修復を完了した。100年以上の時を経て、ガウディが構想した空間の本来の姿が、精緻な調査と職人技によって現代に蘇る。

カサ・バトリョ 裏ファサード。左は修復前(© David Cardelús)、右は修復後(© Claudia Mauriño)
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 スペイン・バルセロナに位置するアントニ・ガウディの代表作「カサ・バトリョ」は、2025年にユネスコ世界遺産登録20周年を迎えるにあたり、建物背面のファサードおよびプライベート中庭の本格的な修復を完了した。

 今回の修復は、1906年の建物完成以来初となる包括的な取り組みであり、長らく失われていたオリジナルの色彩や構造を100年以上ぶりに明らかにするものとなった。

カサ・バトリョ 正面ファサード © Anibal Trejo

消えた色彩と構造の復元

 修復は、5年に及ぶ大規模な保存プロジェクトの一環として進められ、陶器、ガラス、鉄細工、木工、スタッコ(化粧しっくい)など、あらゆる素材にわたり専門職人が参加。19世紀以来の伝統技術を、現代の安全基準と両立させる形で継承し、ガウディが描いた美学が忠実に再現された。総投資額は約350万ユーロ(約5億8200万円)に上り、建築遺産としての保存と、職人技の文化的継承の両面から注目を集めている。

修復の様子 © Casa Batlló

 修復対象のひとつである裏ファサードでは、壁面のトレンカディス(破砕タイルモザイク)やスタッコの色彩が本来の輝きを取り戻し、鉄製の手すりや木製の窓枠、バルコニーのモザイク床が再構築された。著しく劣化していた構造の補強も行われ、安全性の向上にも寄与している。

トレンカディス(修復前) © Casa Batlló
トレンカディス(修復後) © Claudia Mauriño

 修復を率いた建築家シャビエル・ビジャヌエバは、「最初の色彩分析結果が届いたときは信じられなかった」と振り返る。パンデミック下に実施されたストラティグラフィック調査(層構造分析)により、上塗りの下に隠れていた木部や鉄部、スタッコの元の色彩が明らかになった。さらに、3Dスキャンやフォトグラメトリーなど最新技術を駆使し、かつてない精度での修復が可能となったという。

 また、今回の工事中にはこれまで知られていなかった螺旋状の混合煉瓦と鉄骨による構造体や、バルコニーを支える新たなヴォールト構造も発見された。いずれも20世紀初頭としては画期的な技術であり、ガウディ建築の構造的革新性を改めて示す成果といえる。

鉄骨による構造体(修復前) © Pere Vives
鉄骨による構造体(修復後) © Casa Batlló

 プライベート中庭では、過去に失われたプランターや、パラボラ形状のヘザー製パーゴラ(藤棚)などが再現された。床面には、8万5000個以上のノリャ製モザイクタイルが、当時の手法に則って丁寧に敷き詰められている。これにより、家族の憩いの場として構想された中庭が当時の雰囲気を取り戻している。

 また、鉄製の扉や手すり、中庭の壁面装飾なども修復され、ガウディが構想した“都市の中の庭”という空間の再生が実現。ビジャヌエバは、「建物全体がひとつの有機的な作品として調和し始めた」と語っている。

中庭(修復前) © Claudia Mauriño
中庭(修復後) © Claudia Mauriño

バトリョ家の継承と保存活動

 本修復は、1993年にカサ・バトリョを取得した実業家エンリク・ベルナットの家族によって推進された。娘のニーナ・ベルナットは1990年代から保存活動に携わり、2005年の世界遺産登録に貢献した中心人物である。現在は、その息子であるゲイリー・ゴーティエがCEOとしてプロジェクトを統括している。

カサ・バトリョ 裏ファサード(1906年撮影) © Arxiu Mas-Fundació Institut Amatller d'Art Hispanic

 ニーナは、「長年の努力の結晶であり、ガウディが夢見た本来の姿を取り戻すことができた」と語る。過去にも正面ファサードやロビー、ノーブルフロアの装飾修復が進められており、今後は3階部分の復元にも100万ユーロ(約1億6600万円)が投じられる予定だという。

 修復プロジェクトは記録映像としてもアーカイヴ化され、SNSや施設内展示を通じて順次公開されている。今後は修復の過程を伝える短編ドキュメンタリーの公開も予定されており、文化遺産の共有と継承の新たな試みとして注目されている。

過去の修復の様子(2000年) © Casa Batlló

 2024年、カサ・バトリョは延べ190万8070人の来館者を記録し、前年比で21%増加。収益は6500万ユーロ(約108億円)、純利益は3400万ユーロ(約57億円)に達した。ファサードや中庭、3階修復に合計450万ユーロが投じられたほか、バルセロナの文化プロモーション事業には73万5000ユーロが充てられている。

 来場者の出身国としては、イタリア(15%)、スペイン(14.6%)、アメリカ(14.3%)、フランス(8.3%)、イギリスが上位を占めた。とくにアジア市場での伸びが著しく、中国からの来訪者は前年比99%増、韓国75%増、日本68%増となっている。

過去の修復の様子(2019年) © Berta Hache

 カサ・バトリョの修復は、たんなる建築保存にとどまらず、ガウディの創造性とクラフトマンシップを次世代へ継承する文化的使命を果たすものでもある。「これはバルセロナだけでなく、世界への贈り物」とゴーティエは語る。その言葉通り、今回の修復は建築と芸術を越えた国際的な文化遺産保存の象徴的プロジェクトとなった。

過去の修復の様子(2019年) © Berta Hache