2025.3.6

「アートフェア東京19」が開幕。経済停滞下のギャラリー戦略とは?

2005年より開催されている日本最古のアート見本市「アートフェア東京」。その第19回目が始まった。今年のフェアは国内市場の変化をどう映し出しているのか? 会場からレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

「アートフェア東京19」の会場風景より
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 文化庁が昨年末に発表した「国際的なアート市場における日本市場の現状調査」レポートによると、2023年、日本の美術品市場規模は約6億8100万ドル(946億5900万円)で、前年比約10パーセント減。また、アート・バーゼルとUBSによる「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2024」でも、23年の世界美術品市場の規模は前年比で4パーセント減と推定されている。

 昨年のマーケットに関する最新の調査はまだ発表されていないが、ギャラリー間では、作品のセールスが鈍化しているという声がしばしば聞こえている。世界的な景気不況の影響で、アートマーケットの成長が減速するなか、日本市場はどのような状況にあるのだろうか? 3月6日に開幕した日本最古のアート見本市「アートフェア東京19」で、その一端を垣間見ることができるかもしれない。

「アートフェア東京19」の会場風景より

 今年のフェアには139軒のギャラリーが参加。この数字は、前年の156軒より約11パーセント減。現代美術のギャラリーが集まるエリアでは、多くのギャラリーが例年と大きく変わらないアーティストのラインナップを展開している。販売しやすいスター作家の作品が目立ち、挑戦的な新しい試みは控えめだ。これは、市場の停滞が続くなか、確実に売れる作品を中心に据えることで安定した収益を確保しようとするギャラリーのサバイブ術の表れとも言える。

 また、歴史のあるギャラリーでは、評価が安定したシリアスな作家の作品と、よりヴィジュアルにキャッチーでポップな作品を組み合わせる傾向も見られた。こうした組み合わせは、これまでの顧客層に加え、若いコレクターを引きつける狙いがあると考えられる。

MAHO KUBOTA GALLERYのブース
西村画廊のブース

 コロナ禍においては海外渡航の制限により、日本国内で新たにコレクションを始める若い購買層が増加し、マーケットは一時的なブームを迎えた。しかし、国際移動が再開し、また2023年後半から世界的な経済状況が厳しさを増すなかで、「ギャラリーやアーティストの淘汰が進んでいる」と同フェアのマネージング・ディレクター北島輝一は語る。

 こうした状況を踏まえ、今年のフェアでは一部のギャラリーが作品のサイズを抑え、より手に取りやすい価格帯の作品を揃えるなど、慎重な戦略を採用している。例えば、小山登美夫ギャラリーは23名のアーティストの小型作品を中心に紹介し、30万円以下の作品を多く取り揃えた。VIPプレビュー初日には、工藤麻紀子による約500万円の絵画を含む複数の作品が売約された。

小山登美夫ギャラリーのブース

 いっぽうで、新たな顧客層を開拓するために、まだ広く知られていないアーティストを打ち出す動きもあった。Kaikai Kiki Galleryは、Mr.やMADSAKIといった売れ筋のアーティストではなく、女性作家・坂知夏の個展を開催。坂は2000年代頃に活動を開始したが、出産などのライフイベントを経て、長らく制作を中断していた。本展は彼女にとって復帰の場となり、会期中はブースでライブペインティングも披露している。

 近年、日本のアートマーケットでは、現代美術と工芸の顧客層が接近してきていると言われる。今年のフェアでも、工芸と現代美術を並列して展示するギャラリーが増えたことが印象的だった。例えば、KOSAKU KANECHIKAは絵画や写真のほか、桑田卓郎と三輪休雪の陶芸作品を展示。ギャラリー代表の金近幸作は「百貨店や陶芸のギャラリーで購入されてきた方が、現代美術のセクションに三輪さんの作品があることで、ブースに立ち寄ることもある」と話している。

KOSAKU KANECHIKAのブース

 また、同フェアについて金近はこう語る。「アートフェア東京のような場では、普段ギャラリーに来ない層と直接つながれる貴重な機会もある。国内のコレクター層を広げる意味でも、有益なフェアだと考えています」。

 歴史的な円安や国際輸送コストの上昇により、国内のギャラリーにとって海外のアートフェアへの出展は以前よりハードルが高くなっている。そのため、国内の新たな購買層を獲得することがこれまで以上に重要になってきた。

「M5 Projects」の展示風景より

 「海外の顧客をどのように増やすか、日本在住の富裕層にどうアプローチするかは、今後の課題」と北島は指摘する。いっぽうで、「アートフェア東京が20年続いてきたこと自体に価値がある」とも語り、アートフェアの長期的な成長を考えたとき、アーティストの評価の向上、ギャラリーの変革、そして日本のアートマーケット全体のビジネスマインドの変化が根本的な課題だとしている。

TARO NASUのブース

 「アートフェア東京19」では、慎重な販売戦略をとるギャラリーが多いいっぽうで、新しいアーティストや異なるジャンルの融合を模索する動きも見られた。景気低迷や市場縮小といった厳しい状況のなか、国内市場の発展には、ギャラリーやフェアがどのように柔軟に適応し、顧客層を広げていけるかが鍵となる。

 日本のアートマーケットは、グローバル市場との接続を模索しながらも、国内市場をいかに強化できるかというフェーズに入っている。アートフェア東京がその一翼を担い、ギャラリーとコレクターの新たな接点を生み出し続けることができるのか。次回以降の動向にも注目したい。

√K Contemporaryのブース