2024.9.14

「西川勝人 静寂の響き」(DIC川村記念美術館)開幕レポート。日本初の回顧展

休館が発表されたDIC川村記念美術館で、休館前最後となる展覧会「西川勝人 静寂の響き」が始まった。担当学芸員は前田希世子。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 運営するDIC株式会社によって2025年1月下旬からの休館が発表され(*その後、休館時期は3月下旬に延期)、多くの惜しむ声が上がっているDIC川村記念美術館。同館で、休館前最後となる展覧会「西川勝人 静寂の響き」が始まった。会期は25年1月26日まで。担当学芸員は前田希世子。

 西川勝人は1949年東京生まれ。美術を学ぶため、1973年に関心を寄せていたバウハウス誕生の地・ドイツに渡り、ミュンヘン美術大学を経て、デュッセルドルフ美術大学でエルヴィン・へーリッヒに師事した。

 94年以降はノイス市にあるインゼル・ホンブロイッヒ美術館の活動に参画し、美術館に隣接するアトリエを拠点に活動。自然との融合を意識したプロジェクトや、彫刻、平面から家具まで、異なる造形分野を横断しながら制作する。シンプルな構造と簡素な素材をもちい、光と闇、そのあいだに広がる陰影について示唆に富んだ作品を生み出し続けている。現在はハンブルグ美術大学名誉教授として後進の指導にもあたっている。

 本展は、1980年代より現在まで、一定して「静けさ」という特質を保持し続ける西川作品の美学を紹介する日本初の回顧展だ。

展示風景より、西川勝人《静物》(2005)

 彫刻、写真、絵画、ドローイング、インスタレーション、建築的構造物など多様な約70点が出展。展示は年代順ではなく、展示室が持つ光を考察しながら構成されたもので、異なる制作時期・手法の作品がクロスオーバーする。

 大きく湾曲した窓ガラスが特徴の展示室では、カラーアクリルガラスを4層重ねた24点組の平面《静物》(2005)が壁一面に展示。これは、西川が敬愛するジョルジョ・モランディの静物画に見られる24色を着想源にしたもので、異なる色のアクリルガラスを重ねることで、西川独自の色が表出している。

 同じ空気に置かれたクリスタルガラスの立体作品《フィザリス》(1996)は、ムラーノ島のガラス職人によってつくられたもの。西川が好むモチーフであるホオズキをかたどったもので、吹きガラスの手法によって制作されている。次々と変わる自然光を受け、豊かな表情を見せてくれる。

展示風景より、西川勝人《フィザリス》(1996)

 オーガンジーによるシルク絵画が並ぶ通路を抜け、人工照明のみの展示室へ。活動最初期の1986年に描かれた植物と思われるドローイング《無題》は様々な白が見られ、西川の白という色に対する探究心がうかがえる。またドイツの湿地帯を撮影した写真をもとに描かれた絵画、本展タイトルと同名の24点組の平面、本展開催のきっかけとなったDIC川村記念美術館所蔵の彫刻作品など、多様な技法の作品が集まる。

展示風景より、奥が《静寂の響き》(2005-06)
展示風景より、手前はDIC川村記念美術館蔵の《無題》(1987)

 トップライトが設けられたもっとも巨大な展示室(203)。ここでは同館史上初めて、トップライト自然光のみがすりガラスを通して降り注ぎ、作品と空間を照らす。通常、展示照明は見られる対象としての作品を強調するが、本展示では鑑賞者と鑑賞者と作品の関係を中立のものとする試みが行われている。

展示風景より、白い塀が《ラビリンス断片》(2024)

 展示室には高さ1メートルの白い塀が巡らされており、それが空間を9つのセクションに分けている。この塀自体も巨大なひとつの作品《ラビリンス断片》(2024)で、空間全体を作品化したともいえる、西川の建築にも携わる側面が反映された構成だ。塀は空間を分断しつつも、その低さゆえに空間同士をつなげる役割も果たす。また彫刻作品の台座として機能することも大きな特徴だ。

展示風景より、西川勝人《キオッジャ》(2023)
展示風景より、西川勝人《痕跡》(2011)

 周囲の壁にはドイツの湿地帯の空を撮影した写真が並び、西川の陰影に対する思考を体現するような色合いを見せる。

 展示室中央では、胡蝶蘭を基本に7種の本物の花弁によって構成された《秋》(2024)がほのかな香りを放つ。これは会期中も交換されることはなく、白い花弁は徐々にその姿を変えていく。西川の作品でも珍しい、時間を取り込んだ作品だ。

展示風景より、西川勝人《秋》(2024)

 担当学芸員の前田は、本展開催に際しこう語る「西川にとって、光とそこから生まれる陰影は制作において重要な要素。光は作品を浮かび上がらせる媒体としてではなく、周囲の状況と馴染ませるためのもの。独特の光と陰影への思考を実感してもらいたい」。

 DIC川村記念美術館の展示室の特性を存分に活かし、空間と作品が響き合うように構成された本展。休館前にぜひ足を運び、その「静寂の響き」に身を置いてほしい。