「動く?飛び出す!不思議な絵画 オプ・アート展」(北海道立旭川美術館)レポート。いま改めて体感するオプ・アートの魅力
1960年代に注目された錯視や錯覚を引き起こす美術の潮流「オプ・アート」。北海道・旭川の北海道立旭川美術館で、このオプ・アートを展示する「動く?飛び出す!不思議な絵画 オプ・アート展」が開催されている。会期は3月16日まで。会場の様子をレポートする。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

北海道・旭川の北海道立旭川美術館で「動く?飛び出す!不思議な絵画 オプ・アート展」が開催されている。会期は3月16日まで。会場の様子をレポートする。
本展は、札幌の北海道立近代美術館のコレクションから、オプ・アートの先駆者として位置づけられる、ジョセフ(ジョーゼフ)・アルバースを含む6人の画家の作品を展覧するものだ。また旭川美術館のコレクションから、直線による構成で視覚的効果を追求した山口正城の作品もあわせて紹介している。

そもそもオプ・アートとは何か。オプ・アートとは「オプティカル(視覚的/光学的)・アート」の略称で、緻密に計算された形態や色彩によって、鑑賞者の視覚と直接的に交流し、点滅、振動、幻視などの錯視効果を引き起こす作品を指す。1965年、ニューヨーク近代美術館で開催されたサイツ企画の展覧会「レスポンシヴ・アイ(応答する眼)」において一躍脚光を浴びたジャンルだ。

本展は道立近代美術館のコレクションを中心に構成されているが、近代美術やガラス工芸のコレクションを中心とする同館が、オプ・アートの潤沢なコレクションを所有するのはなぜなのか。それは1977年の開館以降、同館の前庭に設置されてきた伊藤隆道や新宮晋らによるキネティック・アートと関連づけられ、80年代後半より光や動きをともなった作品としてオプティカル・アートの収集が始まったことに由来するそうだ。
展覧会はまずジョセフ・アルバース(1888〜1976)が92年に発表した版画集《フォーミュレーション:アーティキュレーション》の展示から始まる。アルバースのバウハウスでの教育や色彩に関する著作はよく知られているが、「隣り合う色同士が影響し合うことで本来とは異なる色に見える」という点に注目した、色面構成による実験的な作品も制作。これらにより、「応答する眼」展ではオプ・アートの先駆者として位置づけられた。

展示されている『フォーミュレーション:アーティキュレーション』は、1972年に刊行されたアルバースによる全2巻の版画集で、過去に制作した作品をもとに制作された集大成的なものだ。本作は、飛び出す、凹む、隣合う色によって異なる色に見えるなど、オプ・アートが志向した錯視効果を端的に知ることができる、わかりやすい資料といえるだろう。
玩具などにもよく見られる、角度によって絵が変化するレンチキュラーを作品に取り入れたのが、敬虔なユダヤ教徒の家に生まれ育ったイスラエル出身のヤーコブ・アガム(1928〜)だ。キネティック・アートの第一人者として位置づけられるアガムがレンチキュラーに取り組むようになったのは、1971年以降。「アガモグラフ」と名打ったそれは、アガムが持つ「すべてのものが流動性をもち、次の生命の誕生に結びつくというユダヤ教的宇宙観」(展示の解説パネルより)との関連が指摘されるという。なお、《鼓動する心臓(ムード)》(1972)は、触れると9つのパーツが揺れ動く立体作品で、平面におけるレンチキュラーとの連関が興味深い。監視員に声をかければ、動いているところを見ることも可能だ。

1965年の「レスポンシヴ・アイ(応答する眼)」展において、オプ・アートの旗手と位置づけられ、後進に影響を与えたのがハンガリー出身のヴィクトル・ヴァザルリ(1908〜1997)だ。1950年代には白と黒による画面構成を手がけたが、60年代からは豊かな色彩を用いて幾何学的図形を規則的に配置し錯視を生み出した。色、線、形の組み合わせによって、立体的な視覚が矢継ぎ早に変わっていくその作品群は、オプ・アートが見る者に与える素朴な驚きにあふれている。

2019年にエスパス ルイ・ヴィトン東京でも個展が開催されたヘスス・ラファエル・ソト(1923〜2005)はベネズエラ生まれ。南米とパリを拠点に活動した作家で、プラスチックや金属の棒などを吊り下げて空間を構成する「Penetrable(浸透可能なるもの)」シリーズをライフワークとした。ソトが作品に頻繁に取り入れたのが「モアレ」の効果だ。ストライプと四角形を組み合わせ、見る側が位置を変えることで四角形が揺らいだり点滅しているように見える。平面作品ながらも、流動的に奥行きが変容するので、作品に釘付けになってしまう。

20世紀の抽象表現において重要な作家であるブリジット・ライリーは、「応答する眼」展に出品するなど、オプ・アートとの関係は浅からざるアーティストだ。しかしながら、本人はオプ・アートの枠で語られることに否定的であったという。その作品は叙情や音楽的なリズムを取り入れており、細かな色線の連続が生むグラデーションは、見る者を楽しい気分にさせてくれる。

最後に紹介するのはリチャード・アヌスキウィッツ。アメリカを代表するオプ・アートの画家であり、生涯オプ・アートのスタイルを貫いた。アメリカ国内のみならず世界各地で活躍、数々の賞を受賞しており、美術史上のオプ・アートの盛衰とは別に、このような作家の生涯も知られてしかるべきだろう。

最後に、旭川美術館ならではの展示として、地元出身の作家である山口正城(1903〜1959)についても触れておきたい。デザインを指導しつつ、工業デザイナー・画家として活躍した山口は、世代的にも直接的にオプ・アートの作家に位置づけることはできない。しかし、平面作品に見られる線によって空間をつくり出すその手つきは、本展で展示されているオプ・アートの作家たちとの共通項が見いだせるはずだ。

なお、展示の最後には、道内最大規模の科学館である旭川市科学館(サイパル)内の「錯覚いろいろコーナー」から出張するかたちで、錯視作品も展示されており、実際に作品に触れながら錯視を体験できる。また、展示室各所にある、子供向けの解説にも注目したい。オプ・アートは美術の前提知識に乏しい低学年の児童でもそのおもしろさを感じられるもので、本展ではその興味を補完する様々な工夫によって美術の間口を広げているといえるだろう。

現代美術史の1ページに刻まれたオプ・アートだが、実際の作品を目にすると、いまも原初的な楽しみを持つ作品群であることがわかる。単体で取り上げられる機会の少ない希少なオプ・アートの特集展示。足を運んでみて作品を体感してみてはいかがだろうか。