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2025.5.26

「橋口五葉のデザイン世界」(府中市美術館)レポート。ブックデザインの先駆的な仕事を見る

《髪梳ける女》をはじめとする版画作品で知られる橋口五葉。その装幀の世界を紹介する展覧会「橋口五葉のデザイン世界」が府中市美術館で始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』(上編)
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 《髪梳ける女》をはじめとする版画で知られる橋口五葉(はしぐち・ごよう、1881〜1921)。その装幀の仕事に着目した展覧会、「橋口五葉のデザイン世界」が足利市立美術館から巡回し、府中市美術館で始まった。担当学芸員は大澤真理子。

 五葉は1881年鹿児島市生まれ。1899年に上京し、日本画家・橋本雅邦に人門するが、同郷の黒田清輝の勧めで洋画に転じ、白馬会洋画研究所を経て翌年東京美術学校に入学。長兄・貢(みつぎ)を介し夏目漱石と知り合い、『吾輩ハ猫デアル』の装禎を手がけた。

 1907年に東京勧業博覧会に油彩画による屏風絵《孔雀と印度女》を出品し二等賞、第一回文展に《羽衣》が入選。11年には三越呉服店の懸賞に応募し《此美人》が一等に選ばれる。その後、自身の浮世絵研究に基づき新板画の制作に取り組み、《髪梳ける女》などの傑作を生み出した。

橋口五葉

 いっぽうで書籍の装幀やポスター、洋画や日本画とジャンルを超えて多彩に活躍した五葉。本展は、そんな五葉の装幀の世界にフォーカスするものだ。会場は「『吾輩ハ猫デアル』」「五葉と漱石」「五葉装幀の世界」「五葉の画業」「新板画へ」の5章構成されている。

展示風景より

第1章 『吾輩ハ猫デアル』

 展覧会冒頭を飾るのは、五葉の装幀における代表な仕事である夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』のデザインだ。今年は同作連載開始および初版発行から120年目の節目。漱石は最初の小説である同書を世に出すにあたり、美しい本を出したいと願い、五葉はこれまでになかった装幀でこの願いに応えた。

 会場には、1905年から07年に刊行された『吾輩ハ猫デアル』(上中下編)の実物とともに、それぞれのジャケット画稿や下絵、表紙画稿などを展示。名作とされる装幀が生まれた過程をたどることができる。装幀・印刷用語の解説があるのも嬉しい。

展示風景より、夏目漱石著『吾輩ハ猫デアル』(上編)
展示風景より、夏目漱石著『吾輩ハ猫デアル』(下編)
展示風景より、『吾輩ハ猫デアル』の画稿や下絵

第2章 樋口五葉と夏目漱石

 続く2章には、五葉が手掛けた漱石本が一堂に会する。

 そもそも五葉と漱石の交流は俳句雑誌『ホトトギス』から始まった。漱石は高浜虚子から挿絵の依頼を受けたがこれを断り、五葉の兄・貢(みつぎ)を紹介。しかし貢はよりふさわしい人物として五葉を紹介したという。

 会場には、五葉が手がけて新風を吹き込んだ『ホトトギス』のほか、漱石との関わりから生まれた装幀の数々がずらりと並ぶ。

 五葉作品のなかでも他に類を見ないという空押しだけの表紙装幀である『鶉籠』(1907)をはじめ、表紙に漆塗りを施した『草合』(1908)から、最後に手がけた漱石の装幀である『行人』(1914)まで、ふたりが築きあげた個性豊かな装幀の世界を堪能したい。

展示風景より、夏目漱石『鶉籠』
展示風景より、夏目漱石『草合』

第3章 五葉装幀の世界

 2章と同じ展示室に広がる3章では、五葉の様々な近代装幀の名作も展示。表紙や見返しだけでなく、本文にまで装飾が施された『浮草』(1908)をはじめ、五葉の先駆的な装幀仕事の数々を見ることができる。

展示風景より、ツルゲーネフ作・長谷川二葉亭訳『浮草』
展示風景より
展示風景より

第4章 五葉の画業

 4章と5章では、五葉の画家としての側面をたどりたい。

 鹿児島で地元の絵師から日本画を、尋常小学校の図画教室から西洋画を学んだ五葉は、上京して橋本雅邦に日本画を学ぶ。しかし黒田清輝の勧めによって西洋画に転向し、1901年に東京美術学校に入学。新たな表現を追究していった。会場には、東京美術学校時代の初期画や卒業制作などが並ぶ。

展示風景より、東京美術学校時代の作品

 東西美術に対する高い素養を持っていた五葉。その成果は装飾美術やポスターなどにも活かされていった。

 五葉は東京美術学校時代から装飾美術に興味を示しており、油彩で描かれた衝立形式の《孔雀と印度女》(1907)からはラファエル前派の強い影響をうかがうことができる。

展示風景より、左が《孔雀と印度女》(1907)

 いっぽうで、石版を三十五度刷り重ねたというポスター《此美人》(1911)、絵葉書や雑誌といったグラフィックの数々からは、五葉独特のデザインの世界が見えてくる。

展示風景より、《此美人》(1911)
4章の展示風景

第5章 新板画へ

 学生時代から五葉は自ら浮世絵を蒐集し、研究を重ねていた。その研究を支援していたのが版元・渡邉庄三郎だ。

 渡邉は「新版画」提唱者であり、五葉は渡邉とともに《浴場の女》(1915)を制作。これは新版画における最初期の作品となった。

展示風景より、《浴場の女》(1915)

 会場には同作のほか、《化粧の女》(1918)、《髪梳ける女》(1920)など、五葉による新版画の傑作が展示。生前、五葉が制作した新版画はわずか13点ではあるものの、いずれも珠玉の作品と言える。

展示風景より、左から《髪梳ける女》(1920)、《化粧の女》(1918)
5章の展示風景
展示風景より、素描の数々

 日本の伝統的な美意識と世紀末美術の美意識を融合させ、独自の芸術世界を築き上げた五葉。41年という短い生涯で、画家、装幀家、版画家、浮世絵研究者というマルチな活躍を見せた五葉の全貌を確かめてほしい。

 なお本展は府中市美術館の後、碧南市藤井達吉現代美術館(7月23日〜8月31日)、久留米市美術館(9月13日〜10月26日)に巡回する。