• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • 廣直高インタビュー:近視的な視界、反復、そしてズレ。構築さ…
2026.2.3

廣直高インタビュー:近視的な視界、反復、そしてズレ。構築される絵画の時間

ロザンゼルスを拠点に身体とその行為の痕跡をとどめるような表現を行う廣直高。参加中の「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」(森美術館、3月29日まで)では、キャンバス、木製パネル、そして自身の身体をキャスティングしたブロンズ彫刻の新作を発表している。いずれも身体を支持体に巻き込み、視界を極端に制限した状態で描く、彼独自のプロセスから生まれた作品群について、制作の背景や、映像から絵画・彫刻へと展開してきた思考の軌跡から紐解いていく。美術家・美術批評家の石川卓磨が話を聞いた。

聞き手・文=石川卓磨

廣直高、展示会場にて 撮影=編集部
前へ
次へ

身体を支持体にする──絵画制作の起点と方法

──今回、森美術館「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」で出品されているのは、壁に掛けられたキャンバス作品《無題(周波数)》《無題(接地)》、自立した木製パネル作品《無題(埋め込まれたもの)》と《無題(断層)》、そしてご自身の身体をキャスティングしたブロンズ彫刻《シグナル》(いずれも2025)という3つのタイプですね。

 まず絵画作品からうかがいます。廣さんの抽象絵画は特殊なプロセスで描かれていて、身体や行為の痕跡が重要な位置を占めているように見えます。基本的な制作方法を教えてください。

「六本木クロッシング2025展:時間は過ぎ去る わたしたちは永遠」展の展示風景より 撮影=竹久直樹 写真提供=森美術館

廣直高(以下、廣) 今回展示しているキャンバス作品は、キャンバスに自分の身体を通す穴を開け、端にロープを通します。それを使って自分自身をキャンバスで巻き込み、固定する。キャンバスをたんなる描画の表面ではなく、自分の身体を包み込む「場所」として扱い、その内側から描くプロセスです。

 木製パネル作品は別の描き方をしています。パネルを床から30センチほど浮かせ、仰向けで入り込み、その状態で描いています。

──いずれも具象的なイメージを描くというより、特殊なプロセスそのものが「出来事」として記録されている、と言えそうです。そう考えると、ハロルド・ローゼンバーグ(*1)が提示したアクション・ペインティングを想起しました。

 ただし、ジャクソン・ポロックウィレム・デ・クーニングのように、速度のある激しい筆致や偶然性が前景化している印象はありません。むしろ空間を把握するためのゆっくりとした筆致や、パッチワークのような画面構成によって、全体が構築的に組み上げられている。

 さらに、抽象表現主義以後の世代が行ったように、アクション・ペインティング的身振りを戯画化して演じているわけでもない。その意味でポストモダン的なパロディも感じさせません。むしろ別の問題意識で「アクション・ペインティング」を再開発しているのではないか、と感じました。ご自身ではどう捉えていますか。

 僕は、絵画を前提にした文脈から絵画作品をつくり始めたのではなく、先に映像制作がありました。アメリカへ渡る以前から映画監督になることを望んでいて、渡米したのは高校を卒業して大学に入った時期です。

 僕自身、絵画の教育を受けた経験はありますし、大学時代はファインアートを専攻していました。大学院では映像を専攻しています。ただ、根本には、映像を撮りたい、映画監督になりたいと考えていました。

インタビューに答える廣直高 撮影=編集部

*1──20世紀アメリカを代表する美術批評家。1952年の象徴的なエッセイ「アメリカのアクション・ペインターたち(The American Action Painters)」において、「アクション・ペインティング」という概念を提唱した。彼はキャンバスを、対象を描写する場所ではなく、「(画家による)行動の場」として再定義した。