2025.10.31

新たなオークション会社「東西ニューアート」が誕生。キーマンに聞く、目指すオークションのかたちと次世代へつなぐ責任

2025年8月、新たなオークション会社が誕生した。「競争」ではなく「共創」の姿勢を打ち出すその背景にはどのような意図があるのか、専務取締役の朝倉卓也氏、営業部長兼西洋担当の工藤綾女氏、東洋美術担当の後藤美和氏、ジュエリー担当の鈴木かほる氏の、キーパーソン4名に話を聞いた。

聞き手・文=塚田萌菜美 撮影=畠中綾

左から東西ニューアートの朝倉卓也氏(専務取締役)、工藤綾女氏(営業部長兼西洋担当の)、後藤美和氏(東洋美術担当)、鈴木かほる氏(ジュエリー担当)
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新会社について

──このたびは新会社「東西ニューアート」設立、誠におめでとうございます。この新たな挑戦はどのようなビジョンから生まれたのでしょうか。まずは設立のきっかけや、背景にあるストーリーを教えて下さい。

朝倉 もともと、グループ会社に1984年に創業した「エストウェストオークションズ」という公開型オークションを定期的に行う会社があったのですが、新会社「東西ニューアート」はその兄弟会社という立ち位置で設立されました。「エストウェスト」という名前は、フランス語で東と西を意味し、西洋とアジアをつなぐ懸け橋になるようなオークション会社を目指すという意味合いで命名されています。「東西ニューアート」という新たな名前は、旧来の名前が持っていた意味を引き継いで、国際的な懸け橋になるようなオークションを開催していきたいという思いが込められています。

 いっぽうで、近年の日本美術市場においては、従来に比べ価格水準が下落傾向にあることに強い危機感を抱いており、この点も装いを新たにする動機となりました。現在の日本美術のマーケットを考えると、研究者や専門的に売買しているセカンダリーのギャラリーの方々と協力する必要があると考えています。日本美術の現状や、今後について同じような思いを共有する方々と力を合わせて一緒に日本美術マーケットを盛り上げていかなければいけないと考えています。そのためにまずは国内の協力者を募る事が重要だと考えています。だからこそ「競争」ではなく、「共創」というメッセージを、「東西」というあえて漢字の名前に託しました。

朝倉卓也氏

──オークションハウスは、作品の仲介販売をしているだけと思われがちなところではありますが、じつは裏側にいる人たちは「どうすれば次世代に良いかたちで美術品をつないでいけるのか」「いまは光が当たっていない作品に注目を集めて残していくか」を真剣に考えていらっしゃる方が多いですよね。そのためにも、東西ニューアートは新たにどのような挑戦をするのでしょうか。

朝倉 これまでは公開型のオークションを年4回から5回ほど、東京で開催していましたが、今後は公開型オークションを年2回と、加えてカタログを作成しない非公開型のオークションを数回ほど開催していく予定を立てています。実は会社名からオークションの文字を外しているのですが、日本の美術市場に何かしらの良い影響を与えることができるならば、オークション以外のこともやっていきたいと考えているからです。

──これまで非公開のオークションといえば、画商の組合などで開催されている「交換会」「業者会」というものでした。方式としてはカタログや下見会がないオークション形式で、出品される作品と価格が事前に提示されず、作品が壇上で梱包から出された瞬間に始まる競りです。そうした交換会と公開オークションの中間を狙いに行くということでしょうか。そうするとこれまでにはない、セカンダリー業界に風穴を空けにいくような試みですね

朝倉 目指したいのは、作品をお預かりしてから換金までの時間や作品が落札者のお手元に届くまでの日数が短縮されたスピード感のある仕組みです。今まで行ってきた公開型オークションはカタログを作成するため作品をお預かりしてから換金までに数ヶ月を要しています。そのため非公開オークションではカタログを作成せずに出品者と落札者間の代金と作品の流通を出来るだけ早くしたいと考えています。とはいえ一般の方が事前のカタログ等の情報なしに目の前に並べられた作品を瞬時に見て、数秒のうちに入札金額を決めて競ることができるのか、というと難しいでしょう。なので、カタログは作成しませんが下見会は行うなど、一般の方が参加をしやすいモデルを目指しています。様々な問題が出てくるかとは思いますが、回数を重ねる度に課題をクリアしていく構造を模索しています。業界全体にとって将来的にプラスとなる仕事ができたらと思います。  

──公開型のオークションでは、会場に来られない人のために入札方法として書面、電話、オンラインが用意されていると思いますが、非公開オークションの場合はどのようになるのでしょうか。招待された方には、公開型と同様の機能を提供するのでしょうか? 特に海外からの入札に響く部分だと思われますが。

朝倉 事前に既存のようなオンラインカタログをつくるとなると公開オークションと変わらなくなってしまいますので、異なる方法を模索中です。全てではなくても画像が確認できるシステムのようなものは必要だと思いますが、競りまでのスピードがかなり速いので折衷案を探りつつ、また海外を含め遠隔の方々も参加できるようなシステムにはしたいと思っています。

いまの国内アートマーケットをどう見るか

──近年の日本のアートマーケットについてお伺いできればと思います。例えばプライマリーのうち現代美術では国際的なアートフェアやメガギャラリーが到来したり、一部のギャラリーが撤退されたりしていますし、セカンダリーに属するオークションでも統合・新設等があり、大きく勢力図が変化したかと思われます。そのタイミングに新会社を設立されたことになりますが、みなさんは日本のアート業界をどのようにご覧になっていますか。

朝倉 現代美術の盛り上がりは一部あると思いますが、日本美術市場は全体として伸び悩む状況にあり、勢いを欠いている面も否めません。ただし、浮世絵は円安の影響も相まって海外での人気が高まり、評価が上昇するとともに、新たなコレクターも増加しております。いっぽうでそれ以外の日本美術というと、どうしても国内市場のみになってしまいますし、縮小傾向にあります。それをどうしたら止めることができるのか、少しでもお客さんを増やす方法を考えたいと思っています。

──後藤さんは日本美術を専門とされていますが、近年の市場の動向をどのように見ていますか。

後藤 一般に、日本美術を扱うコレクターや業者は年齢層が高いです。お茶道具にしても、お茶の先生がご高齢になり看板を下ろしていくことが多い昨今です。マーケットが無くなることはないでしょうが、今後先細りしていく危機感があります。やはりマーケットが日本に限定されていますし、顧客だった旧来の富裕層の日本美術ファンも減っているのが現実です。ただ、今回出品される北斎の肉筆画はインパクトがありますし、同じく出品作の小林一茶の直筆の『七番日記』も、俳句が国際的に認知されてきたいま、マーケットに出ることには、非常に大きな意味があると思います。 日本の文化的なもの、伝統的なものを守っていくためにも、逆輸入も含めて、もう少しマーケットを活性化させていかなければいけないと考えています。

後藤美和氏

──ジュエリーは安定した人気があるジャンルだと思いますが、ジュエリー担当の鈴木さんは現在のマーケットをどのように見ていますか。

鈴木 ジュエリーの場合、ブランドは記号性があるので、今後も若い人たちがついていくと思いますが、大切なのは若い人たちが、生活の中にアートを取り込んでくれるのか、ということですよね。若い世代の興味が細分化し、誰もが一度は美術に触れるということが少なくなってきているので「彼らが成長したときにどういったオークションを提供できるのか」というような、将来を見据えた考え方が重要と思っています。

 きっかけはさておき、若い人たちにまずは注目してもらうことが大切です。例えば抹茶がブームなので、茶道具への興味の芽がないわけではない。現代の興味に美術を接続するお手伝いができればと思います。とくに下見会には足を運んでもらいたいです。

──銀座一丁目の駅から徒歩数分のアクセスの良い会場で、普段は美術館で人の頭越しに見なくてはいけない名品を、無料で、しかも間近見ることができますよね。東西ニューアートが現代美術からジュエリーまで、マルチジャンルで展開しているということも、今後の成功の鍵になりそうですね。例えば、ジュエリーに興味を持ってオークションを見たら、日本美術が気になった、といったような、間口の広さを提供する可能性を持っていると思います。西洋美術担当の工藤さんはどのようなビジョンをお持ちでしょうか。

工藤 近代の西洋美術もじつは東洋と一緒で、受容層の年齢がかなり上がってきています。興味を喚起するのは一筋縄ではいきませんが、東アジアを中心とした海外の方に興味を持っていただけたら、伸びしろはあるかなとも思います。また、日本の若い方々は、購入される際には事前にウェブで調べるなど研究されているので、今後行う公開オークションではより詳細な来歴情報を出すなど、市場をより良くしていける手がかりはあると思っています。

オークション出品作品紹介

 ──11月8日に迫った、東西オークションとしては初となる秋の公開オークションですが、今回はとくに古今東西、様々なジャンルの傑作が揃っています。このなかから、とくにトップロット(主要出品作)として注目すべき作品やその見どころを、いくつかご紹介いただけますでしょうか。

朝倉 今回のラインナップは日本絵画と西洋絵画に加え、ジュエリーや時計と多岐にわたるジャンルで構成されています。なかでも注目いただきたいのが葛飾北斎の名品です。

後藤 葛飾北斎の肉筆画《雪中美人図 蜀山人賛》(1813-19頃)をお預りできたことは、東西オークションのスタートにふさわしく、とても誇らしいことです。北斎の肉筆画のなかでも人気のある美人画で、かつ非常に優れた構図のものです。北斎の年齢でいうと50〜60代にかけて描かれたものですが、この時期の肉筆は数も非常に少なく、さらに本品は状態がとても良い。こういったものがオークションに出るというのは、大変貴重な機会です。 

──展覧会歴を見ますと、2005年に東京国立博物館で開催された「北斎展」で展示されているのでご覧になったことがある方がいらっしゃるかもしれませんね。また重要美術品等認定作品とされています。つまり、落札したとしても海外に持ち出しができないということですね。

後藤 本作は1937年に重要美術品に認定されました。その翌年の1938年に、現在の上皇さまである昭仁親王の生誕を記念して、大阪市立美術館で全国の国宝や重要文化財などを集めた『東洋美術大展覧会』が開催されたのですが、その一点として出品されています。当時の記録の上巻一番最後のページにも記録として収められておりますので、恐らくその時期にたくさんの方が大阪でご覧になったかと思われます。また、太田記念美術館で研究をされていた永田生慈先生もこの作品について触れた論文を残しています。このように有名な作品ですが、個人の方が長く所蔵されていたため、幻の作品とされていましたが、2005年の東京国立美術館の北斎展で、ようやくまた日の目を見ることになったものです。

──今回のオークションの表紙に採用された、ベルナール・ビュッフェの水彩作品や、アール・ヌーヴォーのガラス作品も目を引きます。これらの作品の注目すべきポイントはどこでしょうか。

朝倉 ベルナール・ビュッフェの《小さな帽子の道化師》(1978)は、ビュッフェの画題として代表的なピエロを描いたものです。ビュッフェはピエロを自分の自画像として描いていて、自身の内面を映し出しているとされます。この作品は線もすごく良く、かなり質が良い作品です。

ベルナール・ビュッフェ 小さな帽子の道化師 1978 Lot. 111

工藤 アール・ヌーヴォー期のエミール・ガレとドーム兄弟によるランプはぜひ注目していただきたいですね。今回一番の目玉はガレの大型の《シャクナゲ文ランプ》(1904-31)です。最近は住宅事情から小さい作品を好まれる方が多い傾向にありますが、ガレといえば迫力のあるサイズと、大胆な柄がやはり魅力です。本出品作はガレの作品を代表するものといっても過言ではないでしょう。

左からエミール・ガレ《シャクナゲ文ランプ》、ティファニースタジオ《魚文テーブルランプ》、ドーム兄弟《蝉と朝顔の葉、麦穂文花瓶》、

 いっぽうのドームはガレとは異なり、繊細な色使いや柄の細かさが特徴です。出品される《蝉と朝顔の葉、麦穂文花瓶》は、そんなドームの良さがよく出ている作品だと思います。繊細な柄の下地があって、そこに生まれたばかりの半透明状態のセミがついて、朝顔のつるが伸びている。朝方にセミが羽化している瞬間というのを捉えていて、まさにドームらしい繊細さが表れています。

 《魚文テーブルランプ》(1900-1910)にも注目してほしいです。本作を手がけたティファニースタジオは、そもそも作品数が少なく、出品があれば人気が集中し高額になります。今回出品されるものはその中でも魚柄が良い状態で残っており、希少価値が高いものです。

ティファニースタジオ 魚文テーブルランプ 1900-1910

──ジュエリーはバラエティ豊かなラインナップですが、とくに注目してほしいものはありますか。

鈴木 ジュエリーはバラエティ豊かに揃えていますが、とくにハイジュエリーを中心に紹介しましょう。ブルガリの《パール ダイヤモンド ゴールドネックレス & イヤリング》は写真だとなかなか伝わりにくいですが、かなり複雑な編みでパールを埋め込んだものです。最近ではブルガリでもここまで手の込んだ作品は、なかなか出ませんね。

 カルティエの腕時計《タンク レベルソ デュオ ゴールド》は、出品者の方がオリジナルでダイヤをあしらったものして、ほかでは販売していない希少なものです。裏側はスケルトンになっており、持ち主がムーブメント内を覗く楽しみもあります。

タンク レベルソ デュオ ゴールド 

 そしてヴィンテージのルイ・ヴィトンのトランク《マル・クリエ 100 2つのトレー付》は、いまもルイ・ヴィトンのカタログに入っているものですが、そのヴィンテージです。重量は28キログラムほどあるので、船旅などにも使えますが、状態がとてもきれいなのでガラス板を上部に載せて、テーブルとしてお使いになることもできるはずです。

ルイ・ヴィトン マル・クリエ 100 2つのトレー付 Lot.195