2025.2.12

奈良から現代美術を発信。「MOMENT Contemporary Art Center」が目指すものとは?

古都・奈良に新たな現代美術に特化した新スペースとして、「MOMENT Contemporary Art Center」がオープンした。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

MOMENT Contemporary Art Center
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「ギャラリー」ではなく「アートセンター」

 観光客で賑わう奈良市の三条通り。ここに、現代美術に特化した新たなアートスペース「MOMENT Contemporary Art Center」が2月1日にオープンした。

 同スペースが位置するのは、JR奈良駅から興福寺や春日大社などに向かう目抜き通り。観光客が行き交う通りに面するビルの1階という好立地だ。

 運営を担うのは、MUZ ART PRODUCEと一般財団法人森記念製造技術研究財団。ディレクターはアート・プロデューサーであり、MUZ ART PRODUCE 代表のカルドネル島井佐枝。

 カルドネル自身は京都教育大学で日本画を学び、写真や映像作家としても活動した経歴を持つ。その後は、関西圏の美術教育の現場や京都国際フランス学園の運営に携わりながら、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」立ち上げの実⾏委員として「KG+」を担当し(2012〜14)、同フェスティバルの共同ディレクターも長年務めた(2014〜20)。並行して、コマーシャルギャラリー勤務、アンスティチュ・フランセ日本が運営するアーティスト・イン・レジデンス「ヴィラ九条山」の運営にも関わってきたほか、2019年からは関西日仏学館と京都市が主催する現代アートの祭典「ニュイ・ブランシュKYOTO」のプロデュースを担ってきた。また「MIMOZA WAYS」日仏演劇プロジェクトや「京都文学レジデンシー」の実行委員も歴任。コロナ禍を機に、「FOTOZOFIO」「ARTAOTA」「Red Line」など、シニア世代や学生、女性のアーティストの各コミュニティづくりにも力を入れている。そして、24年からは森記念製造技術研究財団地域・⽂化⽀援事業委託研究員としての活動も行っており、それが今回のスペースオープンへとつながった。

カルドネル島井佐枝

 大阪生まれのカルドネルは、奈良でも教鞭をとるなどこの地域に親しんできた。奈良国立博物館や正倉院など、長い歴史を持つ日本美術をいまに紡ぐ奈良だが、2005年から活動を続けるギャラリー「Gallery OUT of PLACE」や2011年から回を重ねる「奈良・町家の芸術祭はならぁと」、2015年からの「学園前アートフェスタ」など、現代美術の土壌もある。

 こうしたなか誕生した「MOMENT Contemporary Art Center」は、「日常生活に何かインパクトのある非日常的な瞬間(moment)を生み出したい」という思いから命名された。その名前にあるように、コマーシャルな「ギャラリー」ではなく、「アートセンター」を掲げていることもキーポイントだ。

「ギャラリーという名称では、できることが限られてしまいます。そうではなく、小さなスペースではありますが広範囲なプログラムを展開したかった。だからアートセンターという名前をつけたのです」(カルドネル)。

 そのプログラムの大きな柱が、作品の展示・販売、アーティスト・イン・レジデンス、そしてレクチャーなどのプログラムだ。

MOMENT Contemporary Art Center

こけら落としの展示は今西真也

 スペースの設計は松井亮(松井亮建築都市設計事務所)。約110平米のスペース内にはアーティストのエスキスなどを自由に展示できるレセプション・ホワイエと、完成した作品を展示するギャラリースペースで構成されている。仕切りを設けることで、機能ごとのスペース活用が可能だ。

内観
今西のエスキスが展示されたホワイエ部分

 センターのこけら落としを飾るのは、地元・奈良のアーティスト・今西真也の個展「あした、しらない、いき」(2月1日〜4月6日)だ。

 今西は1990年奈良市生まれで、現在も奈良に在住。キャンバスに油絵具を塗り重ね、それを削ることで彫刻のような立体感を生み出す作品で知られ、マーケットでの評価も高い。奈良県立美術館では「奈良ゆかりの現代作家展01 今西真也『吸って、吐いて』」(1月18日〜2月16日)も開催されるタイミングであり、公私の機関をまたぐコラボレーション展覧会が実現した。

 今後はカルドネルが培ってきた多方面でのネットワークを活用し、ジャンルを問わず国内外のアーティストたちを約3ヶ月に一度のスペースで紹介していくという。

「あした、しらない、いき」展示風景より
「あした、しらない、いき」展示風景より

表現と鑑賞者がきちんと向き合う場に

 展示と並ぶ大きな柱であるアーティスト・イン・レジデンスでは、センターからほど近い場所に長期滞在できる施設を確保。アーティストの滞在制作を通して、奈良という歴史豊かな街や、現代における日本の自然や社会を観察し、新たな視座を提示することを目指すという。

 さらに鑑賞者の目を養うため、ワークショップやレクチャーなどにも積極的に取り組んでいく姿勢を見せる。カルドネルはその背景についてこう語る。

 「アートの世界で作品のつくり手は増えています。いっぽうで、鑑賞者の数は比例して増えていると言えるでしょうか。いま、この時代のアートを未来に残すためにはつくる人とともに見る人が必要。その『キャッチボール』があってこそアートシーンは成立すると思っています。ここは、よき鑑賞者を育む場でもありたいのです」。 

 2019年のICOM(国際博物館会議)京都大会では、『ハブとしての美術館』がその話題の中心となった。また22年にはミュージアムの新定義が採択され、「倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する」との文言が盛り込まれている。

ミュージアムの新定義
博物館は、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関である。博物館は一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む。倫理的かつ専門性をもってコミュニケーションを図り、コミュニティの参加とともに博物館は活動し、教育、愉しみ、省察と知識共有のための様々な経験を提供する。

 「しかし本当にそうなっているのでしょうか? 私は家庭の状況で美術館に行く機会のない子供たちにも、現代アートの門戸を開き、その魅力を伝えたいのです。芸術は歴史づくりだと考えています。現代社会と向き合い、そこから発見したズレや気づきを、他の誰もが考えつかない新しい方法で表現をするのがアーティストだとしたら、この場所で、それらの表現のなかから歴史に残すべきものを極める人を育てたい」(カルドネル)。

 カルドネルは、今後は奈良県立美術館など既存の美術機関や地元の教育機関とも連携し、MOMENT Contemporary Art Centerを「いまのアートシーンに足りていないもの」を補う場所にしていきたいと意気込みを見せる。

 地元を大事にしつつ、奈良という街から新たな時代の現代美術を紡ぐアートハブになる可能性を秘めたMOMENT Contemporary Art Center。その今後に大いに期待したい。