2025.2.13

「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」(森美術館)開幕レポート。人間と「マシン」のあいだで美術の在処を探る

森美術館で「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展が開幕した。会期は2025年2月13日〜6月8日。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、ルー・ヤン《独生独死―流動》
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 東京・六本木の森美術館で、人類とテクノロジーの関係を考察しながら、未来の歩き方を想像する「マシン・ラブ:ビデオゲーム、AIと現代アート」展が開幕した。会期は2025年6月8日まで。

 本展覧会の開催意図について、同館館長の片岡真実はつぎのように説明する。「生成AIは頻繁に報道されているように、広く社会を変革するものとして注目を集めている。そしてビデオゲームは世界の全人口の40パーセントがプレイをしているという統計もある。こうした状況が現代美術にどのような影響をもたらしているのかを考える展覧会としたい」。

展示風景より、佐藤瞭太郎「ダミーライフ」シリーズ

 参加作家はビープル、ケイト・クロフォード、ヴラダン・ヨレル、ディムート、藤倉麻子、シュウ・ジャウェイ(許家維)、キム・アヨン、ルー・ヤン(陸揚)、佐藤瞭太郎、ジャコルビー・サッターホワイト、ヤコブ・クスク・ステンセン、アドリアン・ビシャル・ロハス、アニカ・イの12名。担当キュレーターは片岡と同館アジャンクト・キュレーターのマーティン・ゲルマン、同館アソシエイト・キュレーターの矢作学。また、企画アドバイザーとしてNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員の畠中実と、メディア・アーティストの谷口暁彦が携わっている。

展示風景より、シュウ・ジャウェイ《シリコン・セレナーデ》

 本展は大きく分けて3つのセクションで構成されているが、そのイントロダクションとして、会場入口に「グロッサリー」と名づけられた用語解説が掲示されている。「マシン」「ラブ」といった普遍的な語ながらも、本展においては独自の文脈が発生しているものから、「MAD動画」「スペキュラティブ・フィクション」「モーションキャプチャ」といった、改めて確認しておきたい技術/技法/思想的な単語までが、平易な言葉で示されており、作品を鑑賞するうえでの良き助けとなるだろう。

展示風景より、「グロッサリー」

「デジタル世界のキャラクター、生命、人間や都市とのインタラクション」

 最初のセクションとなる「デジタル世界のキャラクター、生命、人間や都市とのインタラクション」の冒頭では、ウェブ上でアーティストとして活動しているビープル初の立体作品《ヒューマン・ワン》が展示されている。07年より毎日デジタル作品を制作してオンライン上で投稿するプロジェクト「エブリデイズ」を行ってきたビープルは、NFT作品がクリスティーズにおいて記録的な高値で落札されたことでも知られている。今回出展した《ヒューマン・ワン》は「回転するビデオ彫刻」であり、メタバース上に生まれた人間が変化を続けるデジタル世界を旅するという内容。ビープルは本作を生涯アップデートし続ける予定で、今回の展覧会のためにその第6章を制作したという。

展示風景より、ビープル《ヒューマン・ワン》

 佐藤瞭太郎は、インターネット上で流通し、メタバース空間などで利用されている3Dモデル、テクスチャ、アニメーションといったデータ「アセット」を素材にした映像制作を行ってきた。映像作品《アウトレット》は、安部公房をはじめとする小説に影響を受けたもので、異なる文脈を持つアセットのキャラクターたちが、同一のゲーム内で不条理な物語を繰り広げるというもの。また、平面作品「ダミーライフ」シリーズは、インターネット上に無数に散乱するセルフィーをはじめとした写真を、アセットのアバターで置き換えている。こうした無数の人格を表徴するイメージが混在する様は、人種が入り交じる現実世界とのつながりを見出さずにはいられない。

展示風景より、佐藤瞭太郎《アウトレット》
展示風景より、佐藤瞭太郎「ダミーライフ」シリーズ

 AI言語モデルに早くから関心を持ち、機械と人間の関係性を問い掛けてきたディムート。出展作品《総合的実体への3つのアプローチ》は、大規模言語モデルを取得したAI同士が挑発的なやりとりをする《エリスの林檎》、AIが人間の独り言を喋る《独り言》、そしてAIと来場者が対話をする《エル・トゥルコ/リビングシアター》の3つで構成されている。いずれも、AIの知能と人間の知能との差異がどこにあるのかを、鑑賞者に問いかける。

展示風景より、ディムート《総合的実体への3つのアプローチ》

 キム・アヨンの《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》は、コロナ禍で注目を集めたデリバリーサービスの配達員が、都市における不可視の存在となっていることに着目した映像作品。誰にも認識されず、最短距離かつ最短時間を記載ながら、ソウルの街中をバイクで駆けるキャラクターふたりの物語となっている。会場では作品を鑑賞するだけでなく、作中の人物を立体化した作品や、実際に作品内世界をゲームとして楽しむことができる作品も置かれており、よりインタラクティブなかたちで作品の世界を感じることが可能だ。

展示風景より、キム・アヨン《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》
展示風景より、キム・アヨン《デリバリー・ダンサーズ・スフィア》

 また、会場には谷口暁彦が「私と他者」をテーマにセレクトした、インディ・ゲームを観客がプレイできる状態で展示する「インディ・ゲームセンター」も登場。こちらもぜひプレイして楽しんでほしい。

展示風景より、「インディ・ゲームセンター」

「テクノロジーと人間の精神性、仏教的な世界観」

 2つ目のセクション「テクノロジーと人間の精神性、仏教的な世界観」は、ルー・ヤン、ジャコルビー・サッターホワイトという、仏教を主題とするふたりのアーティストを取り上げている。

 自身のアバター「DOKU」を登場させる、仏教的世界観とその精神を扱う映像作品で知られるルー。モニターのみならず、展示室全体で仏教的な世界観をつくりあげた。床には賽の河原を思わせる石が積まれ、天井からは梵字の掛け軸が垂れ下がる。その中央に鎮座する巨大なスクリーンでは酩酊的かつダンサブルな楽曲に合わせて「DOKU」が、その身体でスピリチュアルな体験を表現している。

展示風景より、ルー・ヤン《独生独死―流動》

 サッターホワイトは、そのキャリアを絵画から始めた、「クィア」アーティストだ。黒人たちが工業テクノロジーに解放の力を仮託したアフロ・フューチャリズムをはじめとした、アイデンティティを示すための文化を取り入れながら、仏教における「慈悲の瞑想」を巨大なマルチメディア・インスタレーションとして表現した。

展示風景より、ジャコルビー・サッターホワイト《メッター・プレイヤー(慈悲の瞑想)》
展示風景より、ジャコルビー・サッターホワイト《メッター・プレイヤー(慈悲の瞑想)》

「テクノロジーが描く風景―地質学的時間から果てしない未来へ」

 3つ目のセクション「テクノロジーが描く風景―地質学的時間から果てしない未来へ」では、テクノロジーが与える影響を、地球規模にまで広げて考える。

 まずは、シュウ・ジャウェイの映像作品《シリコン・セレナーデ》が展示されている。映画と現代美術の領域を往来する作品を制作してきたシュウは、現代のデジタル社会に欠かせない半導体のウェハー用シリコンが砂浜から採取できることに着目し、海辺、チェロの演奏シーン、AIチップの研究所などの映像を、自動生成された音楽とともに構成。半導体の世界的産地である台湾出身の作家が、砂浜という地球の土地とデジタル世界をつなぐ。

展示風景より、シャウ・ジャウェイ《シリコン・セレナーデ》

 2025年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示の出品作家である藤倉麻子は、自身が幼少期に過ごした都市近郊の高速道路をはじめとするインフラの持つ機能と動態に興味を持ち、3DCGの映像を制作してきた。AI技術が大量の電力を必要とすることが指摘されているなか、藤倉は原子力発電施設や核燃料リサイクル施設を擁する下北半島をリサーチしたうえで、《インタクト・トラッカー》と構造物を制作。デジタル技術とインフラの分かち難い関係性を可視化した。

展示風景より、藤倉麻子《インタクト・トラッカー》
展示風景より、藤倉麻子《インタクト・トラッカー》

 ヤコブ・クスク・ステンセンは、デス・バレーやモハーヴェ砂漠でのフィールドワークを通して、風景や動植物の写真、3Dスキャン、標本、録音データなどを収集。これらをデジタル化して融合することで、ドイツのロマン主義画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品に触発された、仮想の湖とそれを取り巻く生態系を創出した。誰もが美しく壮麗だと感じるロマン主義風景をつくりあげるとともに、一方的ではない双方向的な風景のあり方を提示している。

展示風景より、藤倉麻子《インタクト・トラッカー》

 アニカ・イは、長年にわたり蓄積してきたイメージと、自身の初期作品データを用いて、生成AIによる「絵画」をつくりだした。完成した絵画は複数のレイターが動的な感覚を生み出し、絵画のあり方に疑問を投げかける。また、原生生物である放散虫をモチーフにした立体作品も同時に展示することで、生体的な芸術の可能性を問うている。

展示風景より、アニカ・イの作品

 そしてアドリアン・ビシャル・ロハスは、アルゴリズムの処理による生成AIを基盤とするソフトウェア「タイムエンジン」を使って制作した彫刻シリーズ「想像力の終焉」を出展。デジタル上でシミュレーションされた環境に様々な条件を与えて生まれたこのモデルは、人間のあずかり知らぬ、まさに人類滅亡後の生物のイメージを喚起する。

展示風景より、アドリアン・ビシャル・ロハス「想像力の終焉」シリーズ

「テクノロジーと人間―500年間の関係」

 最後となるセクション「テクノロジーと人間―500年間の関係」では、AI研究の第一人者、ケイト・クロフォードと、ICTの研究者でアーティストのヴダラン・ヨレルの協業による《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》を見ることができる。本作は、16世紀以降のテクノロジーと権力の関係性を幅24メートルの壁面にまとめたものだ。グーテンベルグの活版印刷がいかにして権力の基盤を強化したのか、という歴史学的な問いが、現代におけるAIにおいても同様のかたちで可能なことがわかる。現代におけるAIを使ったビジネスのメインプレイヤーは誰なのかを問うとき、それは権力の在処を問うことにもなる。技術と人間はいかに対峙してきたのかを記した本作は、同時にこれからどのように対峙するのかを考えるうえでの道標となるだろう。

展示風景より、ケイト・クロフォード&ヴダラン・ヨレル《帝国の計算:テクノロジーと権力の系譜 1500年以降》

 本展で紹介されている「マシン」が生み出した作品のそれぞれに、来場者は何かしらの美術としての要素を見出すことになるはずだ。しかし、それが人間が「マシン」によって生み出した美術的要素なのか、それとも「マシン」が人間のために生み出した美術的要素なのか、あるいはその両方なのか、本展を見ていると混然としてわからなくなる感覚を覚える。こうした複雑なレイヤーと対峙する体験は、これからの美術を考えるうえで重要なものであることを本展は教えてくれる。