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2025.6.7

「特集:須藤オルガン工房の半世紀:その音と形、新収蔵作品展」(横須賀美術館)レポート。パイプオルガン工房の仕事に迫る

神奈川・横須賀にある横須賀美術館で、令和7年度第1期所蔵品展「特集:須藤オルガン工房の半世紀:その音と形」が開催されている。会期は7月6日まで。

展示風景より
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 神奈川・横須賀にある横須賀美術館で、令和7年度第1期所蔵品展「特集:須藤オルガン工房の半世紀:その音と形」が開催されている。会期は7月6日まで。

 同館の地階所蔵品ギャラリーでは、年間で作品を入れ替えながら所蔵品展を開催し、同館所蔵の日本近現代の美術作品や、横須賀ゆかりの作家の作品などを紹介。展示替えごとに異なるテーマを設け、アートを多角的に紹介することを目的としている。

 令和7年度第1期所蔵品展となる本展では、「特集:須藤オルガン工房の半世紀:その音と形、新収蔵作品展」と題し、横須賀市にある須藤オルガン工房の仕事を、過去に製作したオルガン10余台の模型と、写真、図面その他の資料などをもとに紹介する展示を開催している。

展示風景より

 同工房は、1977年に日本人として初めてドイツでオルガン製作のマイスター資格を得た須藤宏(1946~)により設立された。須藤は神奈川県三浦郡逗子町(現・逗子市)に生まれ、葉山町で育った。自身がクリスチャンであることから、幼少期よりオルガンの音色には親しみを持っていたという。1967年、須藤が21歳のときに辻オルガン製作所で初めて本格的なオルガン製作に携わった。その後71年にドイツへ渡り、アルビーツオルガン工房に勤務したのち、須藤が31歳になる77年にドイツでマイスター資格を得た。

展示風景より、マイスター証

 オルガン製作のマイスター資格とは、後継者を育てる役目を持った「親方」として独立を許可されるもの。たんに技術力が高いだけでは取得できず、実技、専門理論、法律知識、職業教育の4つの試験に合格しなければならない。自身が務める工房の「親方」から技術を受け継いだ者がマイスター資格への挑戦者となるが、当初親方から話があったときも、須藤はあまり気乗りしなかったという。しかし結果的に、その挑戦過程で通ったマイスター試験準備講座での学びや、そこで出会った仲間が、須藤のキャリアに大きな影響を与えた。

 マイスター資格取得後帰国した須藤は、自身のパイプオルガン専門工房を横須賀市根岸町に設立。その後西浦賀に移して現在も活動を続けている。同工房では、オルガンのデザイン、設計、各種の工作、組み立て、整音、調律にいたるまで、すべてを同工房内で完結させ、現在までに、日本各地のホールや教会のために20台を超えるオルガンを製作している。

 本展は、須藤と同工房を紹介する展示となるが、開催のきっかけは同館がミュージアムコンサートを依頼したことであった。コンサートを準備するなかで、工房内にある多様な道具や貴重な模型、図面などを鍵に、オルガンの世界の扉を開き、オルガン職人という稀有な存在を知らせたいという両者の考えが一致して、年齢を考え大きな仕事は受けていないという須藤のいままでの活動を、改めて地元横須賀で紹介するに至ったという。

 本展は須藤の略年譜から始まり、日本で手がけた数々のオルガンの模型や写真を通じてその仕事の概観を知ることができる構成となっている。須藤いわく、設置空間にあわせてつくられるオルガンは量産楽器にはならず、唯一無二のものとして製作される。「建築空間の中で建築に融合しながらも一つの楽器として独立した存在でありたい」という須藤のこだわりから、施主へのプレゼンテーションなどの準備段階で、オルガンの外観デザインも含めた模型をつくることもある。本展では過去に製作された13個の模型を実際に見ることができる。

展示風景より、オルガン模型

 東京都世田谷区にある「日本基督教団 桜新町教会」の模型には、オルガンが設置される建築物も同じ縮尺でつくられている。天井部分にある梁も再現され、オルガンはその梁の奥側に配置されている。独立した楽器であるオルガンが、どのようにその空間に存在しうるかまでシュミレーションされており、建築とともに長くそこにオルガンが遺ることへの願いと意志が感じられる。

展示風景より、「日本基督教団 桜新町教会」の模型

 また模型とともに、オルガンそのものやそれが設置されている空間の写真、それに対する須藤本人のコメントが掲示されているのも興味深い点である。例えば、同工房が初めて手がけた愛媛県松山市にある「聖カタリナホール」のオルガンについては、「仕上りは思うようでなく、送風も十分に安定しなかったため披露演奏会は辛い思いで聴くことになった。しかし、1999年に大規模な保守・改良作業を行い、後世に残せると思えるようになった。」といった、飾ることのない作家の生の声が書かれている。須藤という一人の作家の目線で、同工房が手がけた作品や空間を理解することができる稀有な機会となっている。さらにQRコードから、紹介されている一部のオルガンの実際の音源を聴くこともできる。

展示風景より、「聖カタリナホール」のオルガン模型

 会場にはオルガンのパイプ配置図も展示されている。パイプの配置は実寸で図面におこし、実際に工作する際の型紙としても使用する。2005年以降は効率上CAD(コンピューター上で設計や製図を行うツール)を使用しているが、須藤は手描きの図面への未練についても言及しており、長年活動を続ける職人ならではの精緻な手仕事と、そこにかける熱意も窺える。

展示風景より

 パイプオルガンは大多数にはあまりなじみがないかもしれないが、本展を通じて、同館のある横須賀で活躍を続ける須藤と、その工房の仕事について理解を深めることができるだろう。

 なお、展示を記念してミュージアムコンサートが6月21日に開催されるため、オルガンの生の音も体感してみてほしい。