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2025.7.20

「上田義彦 いつも世界は遠く、」(神奈川県立近代美術館 葉山)開幕レポート。写真から遠くにあるものを思う

写真家・上田義彦の公立美術館で約20年ぶりの展覧会「上田義彦 いつも世界は遠く、」が、神奈川県立近代美術館 葉山で開幕した。会期は11月3日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、
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 写真家・上田義彦の公立美術館で約20年ぶりの展覧会「上田義彦 いつも世界は遠く、」が、神奈川県立近代美術館 葉山で開幕した。会期は11月3日まで。

 上田は1957年兵庫県生まれ、神奈川県在住。79年大阪写真専門学校 (現:専門学校大阪ビジュアルアーツ・アカデミー卒業 。福田匡伸、有田泰而に師事した後、82年に独立。主な受賞に日本写真協会作家賞、東京ADC賞、ニューヨークADC賞など。2011〜18年、Gallery916を主宰。14〜25年に多摩美術大学グラフィックデザイン学科教授。代表作にネイティヴ・アメリカンの聖なる森をとらえた『QUINAULT』、前衛舞踏家・天児牛大のポートレイト集『AMAGATSU』、自身の家族にカメラを向けた『at Home』、生命の源をテーマにした『Materia』、30有余年の活動を集大成した『A Life with Camera』など。

展示風景より

 本展は上田の代表作から未発表の初期作品、最新作まで、自ら現像とプリントを手がけた約500点を通じ、その40年の軌跡をたどるものだ。

 展覧会はチベットの人々を撮影した最新作から始まる。放牧をしながら暮らす家族たちの日常を覗き込むような情景や、どこまでも続く牧草地と対峙する人々の姿は、その距離を感じさせない親しみ深いものとして、来場者を引き込む。

展示風景より、「Tibet」シリーズ(2024)

 続いて女優・満島ひかりやチャン・ツィーのポートレート、リンゴをとらえた静物写真などが並び、多彩なモチーフを扱ってきた上田の幅広さが感じられるだろう。

展示風景より

 以降、展覧会は上田がこれまで手がけてきた各シリーズを、時代をゆるやかに遡るように展示していく。例えば「Apple Tree」は、群馬の山中の農家のリンゴの木を被写体としたシリーズだ。淡い色調と、被写界深度の浅さが生み出す、枝葉の奥行きや錯綜感は、生命の瑞々しさや複雑さを体現しているようだ。

展示風景より、「Apple Tree」シリーズ(2017)

 「Materia」は、屋久島の深い森を撮影した作品シリーズだ。90年代前半、アメリカのネイティヴ・アメリカンが愛する森を撮影したシリーズ「QUINAULT」を発表した上田。それから20年の時を経て、東日本大震災で自然の脅威を強く意識するようになった上田は、本作で屋久島に赴き、森との対話を試みることで本シリーズを制作した。ほかにも、本展にいくつも展示されている森や木をとらえた上田の写真からは、長い時間をかけて、写真という手法で生命と向き合う上田の仕事がうかがえる。

展示風景より、「Materia」シリーズ(2011)

 ポートレートも上田の作家性を語るうえでは欠かせない仕事だ。会場では吉永小百合、樹木希林、蒼井優、宮沢りえといった俳優、ジョルジオ・アルマーニ、草間彌生赤瀬川原平、吉増剛造、荒木経惟、北杜夫、安岡章太郎、山田風太郎、パティ・スミス、レイ・チャールズ、ロバート・メイプルソープといったデザイナーや作家、アーティストなどのポートレートが並ぶ。いずれの被写体もどこかパブリックに共有されたイメージとは異なる、人物のふとした瞬間をのぞくような奥深さが宿っている。

展示風景より
展示風景より

 自身にとっても、葉山は思い出深い場所だという上田。海の音が聞こえる夏の本館で、上田が自然や人と対峙してきた足跡をたどり、みてはいかがだろうか。

展示風景より、上田義彦《at Home ・ Morie and Karen ・ Hayama》(1996)