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2026.6.16

「杉本博司 絶滅写真」展(東京国立近代美術館)開幕レポート。杉本博司の原点とこれからを見る

東京国立近代美術館で、杉本博司の大規模個展「杉本博司 絶滅写真」が開幕した。写真作品のみで構成される美術館個展としては21年ぶりとなる。会期は9月13日まで。

文・撮影=橋爪勇介(編集部) 

「海景」シリーズの展示風景 ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi
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 東京・竹橋の東京国立近代美術館で、杉本博司の大規模回顧展「杉本博司 絶滅写真」が開幕した。会期は9月13日まで。

「絶滅」が意味するもの

報道内覧会に登壇した杉本博司 ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 杉本博司は1948年生まれ。70年に渡米後、74年よりニューヨークと日本を行き来しながら制作を続ける。代表作に「海景」「劇場」シリーズがある。2008年に建築設計事務所「新素材研究所」、2009年に公益財団法人小田原文化財団を設立。2017年には構想から10年をかけて建設された文化施設「小田原文化財団 江之浦測候所」を開設。演出と空間を手掛けた『At the Hawk’s Well / 鷹の井戸』が2019年秋にパリ・オペラ座にて上演された。2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞、2010年秋の紫綬褒章受章、2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者に選出、2023年日本芸術院会員に就任。

 これまで多数の美術館個展を国内外で行ってきた杉本。本展は、写真作品のみで構成される国内の美術館個展としては、森美術館「杉本博司:時間の終わり」(2005)以来、21年ぶりとなる。

 デジタル化によって銀塩写真が急速に姿を消しつつあるいま、杉本はなぜタイトルに「絶滅」という言葉を掲げたのか。そこにはデジタル技術の普及によって急速に失われつつある銀塩写真というメディアの終焉と、作家自身の人生の終焉という2つの意味が込められているという。いっぽうで、本展はメディアによる表現の可能性を拡張してきた作品を見通すことで、何が本当に絶滅しようとしているのか、という問いを投げかけている。

第1章「時間・光・記憶」

 本展は3章で構成。ほぼ時系列に沿いながら13シリーズを紹介することで、杉本の思考と表現の変遷をたどっていく。

 また会場では作品解説の代わりに、杉本自身による和歌や狂歌が添えられている。学術的な解説ではなく、詩的な言葉によって作品世界へと誘う趣向は、本展の特徴のひとつだ。そこには写真を技術やメディアとしてだけではなく、より根源的な人間の営みとして捉えようとする杉本の姿勢がうかがえる。

作品に添えられた杉本の和歌・狂歌
「劇場」シリーズの展示風景 ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 第1章「時間・光・記憶」では、1970年代から80年代にかけて制作され、杉本の評価を確立することになった「ジオラマ」「劇場」「海景」、そして「華厳滝」の4シリーズが紹介される。なかでも本展の見どころとなるのが「ジオラマ」シリーズだ。

第1章の展示風景より、《ガラパゴス》(1980) ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi
第1章の展示風景より、《類人》(1994)と《ゴリラ》(1994) ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 1975年に始まったこのシリーズは、ニューヨークのアメリカ自然史博物館に設置された動物や人類のジオラマを大判カメラで撮影したもの。巧妙につくり込まれた展示空間を撮影することで、剥製や模型であるはずの対象が、まるで生きているかのようなリアリティを獲得している。

「ジオラマ」シリーズ新作の《ポコット族》(2025) ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 本展では、新作として《ホモ・エレクトス》(2025)や《ポコット族》(2025)などが初公開された。これまで博物館の許可が得られなかった作品が加わったことで、「ジオラマ」が伝える人類史のストーリーが初めて提示された。

 続く「海景」は、世界各地の海と空の境界を撮影した杉本の代表作であり、現在も継続されているシリーズ。杉本はかつて、このシリーズについて「人類が最初に見た風景」を探ろうとしたと語っている。画面には海と空、そして水平線しか存在しない。場所や時代を特定する情報は徹底して排除され、鑑賞者は太古から変わらない風景と向き合うことになる。

「海景」シリーズの展示風景 ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 会場では7点の作品が円弧状の展示空間に配置されている。中央のベンチに腰掛けると、それぞれ異なる海でありながら、どこか同じ景色にも見える水平線が静かに立ち上がる。写真というメディアを通じて、時間そのものを体感させる展示となっていた。

第2章「観念の形」

 第2章「観念の形」では、人間の知性や想像力によって生み出された様々な「かたち」をテーマにしたシリーズが紹介される。

第2章の「建築」シリーズ ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi
第2章の「建築」シリーズより、右は《サヴォア邸》(1998) ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 「建築」シリーズは、ル・コルビュジエの「サヴォア邸」や「ワールド・トレード・センター」など様々な建築物を撮影したシリーズだ。しかしそこに写る建築は、輪郭が曖昧で、夢のなかのイメージのようにも見える。杉本は撮影時に焦点を意図的に外すことで、建築家が図面を引く以前、頭のなかで思い描いていたヴィジョンそのものを写真によって可視化しようと試みた。完成した建築ではなく、その起源にある観念を写そうとする試みと言えるだろう。

 また、「スタイアライズド・スカルプチャー」では、人体と衣服の関係を近代彫刻として捉え直す独自の視点が展開される。本展では、クリスチャン・ディオールの「バー」ジャケットやドレスを撮影した初公開作品も展示。ファッション写真でありながら、衣服をまとう身体の存在感や造形性が際立ち、まるで彫刻作品のような印象を与える。

「スタイアライズド・スカルプチャー」シリーズの新作となった《クリスチャン・ディオール、Soirée 1947》(2025) ©︎Hiroshi Sugimoto, Object:©︎ Christian Dior Couture collection, Paris
手前は《数理模型 014 定曲率曲面、双曲型の回転面》(2012)。奥に見えるのは《クリスチャン・ディオール、Bar 1947》(2025) ©︎Hiroshi Sugimoto, Object:©︎ Christian Dior Couture collection, Paris

第3章「絶滅写真」

 第3章「絶滅写真」は、本展の核となるセクションである。

 ここでは、終焉を迎えつつある銀塩写真というメディアの始原へと遡る試みが展開される。「前写真、時間記録装置」「フォトジェニック・ドローイング」「肖像」から最新作「Opticks」まで、6つのシリーズを通じて、杉本が見据える写真の未来が提示される。

「肖像」シリーズの展示風景 ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 「肖像」は、ロンドンのマダム・タッソー蝋人形館などで蝋人形を撮影したシリーズだ。写真を見た鑑賞者は、生身の人物を撮影したものと錯覚する。しかし実際に写っているのは蝋人形であり、その蝋人形自体もまた、かつて存在した人間の姿を写し取ったものである。ここには「ジオラマ」にも通じる、複製と現実、記録と再現をめぐる問いが潜んでいる。

 そして本章の終盤を飾るのが「Opticks」シリーズである。

「Opticks」シリーズ ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

 同シリーズは、17世紀にアイザック・ニュートンが行ったプリズムによる分光実験を再現し、光の色彩そのものをカラー印画紙に定着させた作品群。長年モノクロ写真を中心に制作してきた杉本にとっては異例の試みでもある。

 本展では最新作《Opticks 087》(2025)が初公開された。そこに写されているのは対象ではなく光そのものだ。言い換えれば、写真が本来持っていた「光を記録する技術」という原点へと立ち返る試みとも言えるだろう。

新作の《Opticks 087》(2025) ©︎Hiroshi Sugimoto / Courtesy pf Gallery Koyanagi

サテライト展示も必見

 なお、本展では同館3階の所蔵品ギャラリーで、サテライト展示として「劇場・海景・スギモトノート」も開催。同館所蔵の杉本作品が全点展示されているほか、未公開資料「スギモトノート」が初公開されている。

 このノートには作品構想や調査記録、思索の断片などが記されており、会場ではレプリカを実際に手に取ることもできる。本展とあわせて忘れずに鑑賞してもらいたい。

2点とも、所蔵作品展「MOMATコレクション」10室「劇場・海景・スギモトノート」で展示されている「スギモトノート」
「劇場・海景・スギモトノート」展示風景

 「絶滅」という言葉からは終焉を連想しがちだ。しかし本展が示しているのは、むしろ終わりではなく変化のプロセスだろう。スマートフォンや生成AIによって、画像がかつてないほど大量に生産される時代にあって、写真の定義そのものが揺らいでいる。そうした状況のなかで杉本は、写真とは何か、光を記録するとはどういうことかという根源的な問いへと立ち返っているように見える。

 会場を巡っていると、本展がたんなる回顧展ではないことに気づかされる。そこにあるのは、50年にわたって写真の起源と未来を問い続けてきたひとりの作家の思考の軌跡であり、同時に写真というメディアの歴史でもある。

人間の網膜をフィルムとして捉えた写真装置《CAMERA MAN》(2026)