百瀬文の『なめらかな人』から、ハンセン病に関する事象を記録し続けた『光を見た ハンセン病の同胞たち』まで。2024年10月号ブックリスト
新着のアート本を紹介する『美術手帖』のBOOKコーナー。2024年10月号では、百瀬文の『なめらかな人』から、ハンセン病に関する事象を記録し続けた『光を見た ハンセン病の同胞たち』、プッシー・ライオット創設メンバーによる「アクティビズム入門」まで、注目の8冊をお届けする。
ロシア宇宙主義
人類復活のための共同事業。他惑星への移住と宇宙進出。血液交換による不老不死の獲得。 かつてのロシア知識人たちが分野を超えて共有した「秩序ある宇宙」に対する驚異的な思想の数々。芸術による社会変革を考究する批評家が、人間的な有限性の克服を希求する「宇宙主義」の姿を現代に蘇らせる。ナショナリズム思想や全体主義と分かちがたい彼らの言説は 時に受け入れがたくもあるが、他者への倫理に基づく固有な政治的プログラムは、SFじみた空想の産物と打ち捨てるにはあまりにも惜しい。訳者による解説が充実しており、初学者にも易しい。(青木)
ボリス・グロイス=編
乗松亨平=監訳
上田洋子、平松潤奈、小俣智史=訳
河出書房新社 3600円+税
読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門
アパシーと無関心が勝利する前に、反撃の準備を。国際的なフェミニスト・プロテスト・アート集団プッシー・ライオットの創立メンバーによる実践哲学。波乱に満ちた半生から導き出された10個の戦術的なルールが自伝的な語り口で綴られる。革命を起こすのではなく、 先人の教えに絶えず導かれながら、つねに反骨精神に溢れた革命で「いる」ことの試み。理不尽な政治情勢のもとで自分だけのパンクなやり方を追究し、積極的に「得体のしれないもの」 であり続けてきた著者の表明は、粘り強く革新的な変化をもたらす新たな行動へと読者を奮い立たせる。(青木)
ナージャ・トロコンニコワ=著
野中モモ=訳
ソウ・スウィート・パブリッシング 2600円+税
パンデミックとアート 2020-2023
新型コロナウイルスがWHOによってパンデミックと認定された2020年春以降、新聞紙上で数年にわたり連載された「週報」の書籍化。地球規模の感染症はグローバリズムと表裏一体と主張してやまない著者が、この間に起こった政治経済のニュース、文化芸術の現場で起きている変容などを歴史的知見を交えて洞察。人里離れた地に引き籠もって詩歌を詠む鴨長明の『方丈記』を「ステイホーム」の先駆と読み替えたり、「株」と数えるウイルスにグローバル資本主義との奇妙な因縁を見出したりなど、著者ならではの飛躍的な発想が光る。(中島)
椹木野衣=著
左右社 2300円+税
光を見た ハンセン病の同胞たち
地底の闇から、地上の闇へ。若くして炭鉱労働の道を歩んだ在日朝鮮人二世の趙根在。ツルハシ片手に日銭を稼ぎ、その日暮らしを生き延びた彼は、戦後に訪れたハンセン病療養所で、 不当な隔離政策に自由を奪われた在日朝鮮人の入所者たちに遭遇する。慎ましくも懸命な園内の生活を目撃した彼が、次に手にしたのはカメラだった。シャッターを切る瞬間に生まれる被写体と撮影者のささやかな協働性。写された実存の先に作家が見届けた光とは。病と民族の複層的な差別のなかで生きる同胞たちの境遇や生き様を記録した写真家の回顧録や座談を含む選集。(青木)
趙根在=著
図書出版クレイン 2200円+税
なめらかな人
文筆活動も旺盛に繰り広げている美術作家による初のエッセイ集。女性1人、男性2人の共同生活を送るなかで通過した感情の機微、剃毛や食あたりの体験を経て再認識される身体感覚、家族観を再構築することへの強いこだわり。他者との関係や意識の変化をとことん見つめて掘り下げる筆致は、整然とした語り口ながらに気迫を感じさせる。根底にあるのは自身の欲望に対する飽くなき好奇心だろうか。私生活を素材とし、他者に読まれる身体となることを畏れぬ蛮勇ぶりは、一種の清々しさにまで達している。(中島)
百瀬文=著
講談社 1500円+税
SUPER OPEN STUDIO 制作と生活の集合体
「SUPER OPEN STUDIO」の10周年を記念し、過去の関連刊行物を編纂した記録集。相模原市を中心に点在するアトリエ群はいかにネットワークを築き、参加者の自主性を強め、 オープンスタジオの同時開催という一大企画を実現させたのか。プロジェクトに携わったアーティストや批評家を中心に、関係者によるテキスト、座談会、アンケートなどを収録。アーティストたちが赤裸々に語り合う座談会では、実務面で起こる様々な折衝と個々人の所感が浮かび上がり、制作内/外のリアルを垣間見る思いがする。(中島)
中尾拓哉=著
SUPER OPEN STUDIO 2023 実行委員会 3000円+税
ドキュメント『沖縄戦の図』全14部 丸木位里と丸木俊が描いた〈いのち〉の叙事詩
《原爆の図》を描いた丸木位里・丸木俊が後年取り組んだ連作《沖縄戦の図》。沖縄県宜野湾市の佐喜眞美術館に収蔵されている全14部の成立過程を追っていく映画『丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部』(2023)の監督による書籍。沖縄に居を構え、綿密で膨大な取材をもとに描かれた連作に、丸木夫妻はどのような思いを込めたのか。時代を超えて受け継がれる大作の良質な手引書となっている。(編集部)
河邑厚徳=著
岩波書店 2300円+税
見晴らしのよい時間
『エチオピア高原の吟遊詩人』で知られる映像人類学者・川瀬慈がパンデミックの時代に、 「イメージの生命」にふれながら書き連ねてきたテキストを編んだ一冊。平松麻の挿画と木村稔将のデザインによって、イマジネーションが喚起される存在感を放っている。多くの人にとって抑圧にさらされた経験であったが、それを「見晴らしのよい時間」として想像の可能性を見出すことを促している。(編集部)
川瀬慈=著
赤々舎 2500円+税
(『美術手帖』2024年10月号、「BOOK」より)