EXHIBITIONS
ジュリアン・シャリエール「Midnight Zone」
ペロタン東京で、ジュリアン・シャリエールによる個展「Midnight Zone」が開催されている。
以下、ナディム・サマンによる本展の展覧会ステートメントとなる。
「ジュリアン・シャリエールの芸術は、パフォーマンス、彫刻、写真の交差する地点に位置し、地球上でもっとも過酷な地域への探検からインスピレーションを得ている。火山のクレーター、氷河地帯、放射能汚染地域、深海といった原初的な風景との関わりを通じて、シャリエールの作品が問いただすのは、私たちが自然界をどのように想像し、どのように住まうのかということだ。こうした取り組みを通じて、人間が地球システムに及ぼす影響と、環境変容をめぐる理解を視覚文化がいかに支えているかを検証している。そして彼の実践全体を通じて培われる不確実性の詩学が、観者に自然の可変性と向きあうよう促すのだ。
映像作品《Midnight Zone》でシャリエールは、観者を海洋の深淵への幻視的な旅に誘なう。海の層をゆっくりと降下しながら、航海補助具である灯台のフレネルレンズがカメラを下方へと導き、1メートルずつ、魚や鮫の大群がひしめくなかを進んでいく。光源の周りで渦巻く彼らの姿は千の流れる鏡のようにきらめき、炎に引き寄せられる水中の蛾さながらだ。強力な光線が深海で回転し、闇を切り裂くと、周囲を泳ぐ生物たちの渦は生きた万華鏡と化す。ランプが最初に沈水した後、深度が増すごとにより多くの生物を引きつけ、やがてクライマックスに達し、その後目の眩むような渦は徐々に消えていく。この減少が示すのは、探査機の到達した海域の深さである。シャリエール自身が操縦する水中ドローンによって撮影された映像の終盤、ランプが到達するのは別の領域への入口だ。光を通さない層、太陽からの光子が到達できないほど深い場所、いわゆる『ミッドナイト・ゾーン』である。この領域は海面から1キロメートル下に始まり、さらに深くまで続く。ここでは植物プランクトンや水生植物の光合成による成長は不可能だ。極度の水圧と完全な暗闇のなかで進化してきた動物たちは、異様な姿をしている。海底近くに住む生物は、未発見のものも多い。この場所にはどのような未知の生命が棲息しているのだろうか。
本作はこの問いに対して沈黙を守る──これほど巧妙に構成された壮大な光景を見せながらも、映像はあくまで記録にとどまる。いっぽう、シャリエールの彫刻が耽るのは思弁の世界である。《A Stone Dream of You》は、映像を取り囲むギャラリーを原始の光景へと変貌させる。そこでは、溶岩が生み出した物体がこの奇怪な世界の住人さながらに潜み、深海に適応した生物の不気味な静寂をたたえながら、うずくまった鉱物の塊として佇んでいる。海面からはるか深くに隠れた海底火山──20世紀後期にようやく発見された──は、太陽光なしに存在する生態系を宿している。そこには地球の地殻活動から活力を引き出し、他の生物にとって有毒なガスや鉱物を摂取する『極限環境微生物』も含まれる。でこぼこした表面に黒い瞳を思わせる黒曜石の球体が散りばめられたこれらの彫刻は、熱水噴出孔の化学的な靄の中で誕生した異形の生命体を彷彿とさせる。生物学と地質学と神話の境界を曖昧にしながら示されるのは、物質と精神のデカルト的分離への抵抗であり、科学が消し去ろうとしてきた潜在的なアニミズムの上演である。こうして馴染みのある海のイメージは、漸深層の幻想へと溶け込んでいく。
《Midnight Zone》が証明するように、私たち人間はいまや道具の助けを借りて過酷な海中世界に入ることができる。その結果、この空間は私たちの大気圏を越えた活動の対象となる。実際、深海採掘企業が狙いを定めているのは海底やその下の鉱物資源だ。しかし、これは海洋生態系にとって破滅的な結果をもたらしかねない。すべての海洋層が食物連鎖、エネルギーの流れ、海流によって結ばれている以上、いかなる介入も生態系の均衡を破綻させる可能性がある。シャリエールの作品が踏み込むのは、まさにこの問題だ。《Midnight Zone》の撮影地となったのは、採掘候補地とされているクラリオン・クリッパートン断裂帯上の海域。海底には多金属団塊が豊富に眠る。こうした文脈で見ると、フレネルレンズの存在が浮き彫りにするのは、地球上のあらゆる地域を開発対象としてとらえる収奪の眼差しである。シャリエールの彫刻の暗い瞳──その形もまた採掘者たちが求める団塊を想起させる──は、この眼差しを見つめ返す。黒曜石、古来より占いや予言に用いられてきた暗い火山ガラスでつくられたこの瞳は、予見と思索を物質に託した象徴なのだ。
《Midnight Zone》が海洋深部への人間の侵入がもたらす結果を問題にするのに対し、《Veils》が注目するのは、そうした侵入の残す痕跡だ。ここでは、より親密で物質に根ざした『証言』が示される。《Veils》はサンゴ礁を題材とした写真のようなシリーズだが、そこに描かれた風景そのものからつくられている。シャリエールは現代のプリント技法から離れ、現地の生態系に根ざした物質的言語を構築した。白化して死んだサンゴを砕いて顔料にすることで、サンゴ礁の遺骸を作品の色調に転換する。石灰岩プレートに古典的な写真石版技法を用いてこの顔料を重ねると、イメージとその対象が物質レベルで結ばれる。こうして生まれるのが、イメージと物質が分離不可能な写真のシリーズであり、存在が喪失を背景に明滅する作品だ。ここでシャリエールがさらに踏み込んで探求するのは、記録という概念の崩壊と、彼が特定の環境の『残滓』と呼ぶものである。消失が見て取れるような場が、作品により顕在化する。そのようにしてこのシリーズは、生態学的・文化的記憶の諸形態との対話を開いている。
つまるところ、シャリエールの実践が拒むのは、不可視のものを単純に可視化したり、自然の崇高さから道徳的教訓を引き出したりする衝動である。かわりに彼の作品が私たちに促すのは、見ることと見ないこと、存在と消去、採取と記憶のあいだで、宙吊り状態にとどまること。そこで明らかになるのは、もっとも離れた場所──深海の海溝、火山の噴出孔、白化したサンゴ礁──が遠い辺境ではなく、鏡にほかならないということである。映し出されるのは人間の行為がもたらす影響だけではない。私たちの認識のあり方の脆弱性、道具の限界、そして知識そのものの不安定な構造までもが映し出される。極度の可視性と絶え間ない露出に特徴づけられる時代において、シャリエールは提起する。理解と呼べるものが形を取り始めるのは、あの残滓や残像、そして沈黙のなかなのだと」(プレスリリースより)。
以下、ナディム・サマンによる本展の展覧会ステートメントとなる。
「ジュリアン・シャリエールの芸術は、パフォーマンス、彫刻、写真の交差する地点に位置し、地球上でもっとも過酷な地域への探検からインスピレーションを得ている。火山のクレーター、氷河地帯、放射能汚染地域、深海といった原初的な風景との関わりを通じて、シャリエールの作品が問いただすのは、私たちが自然界をどのように想像し、どのように住まうのかということだ。こうした取り組みを通じて、人間が地球システムに及ぼす影響と、環境変容をめぐる理解を視覚文化がいかに支えているかを検証している。そして彼の実践全体を通じて培われる不確実性の詩学が、観者に自然の可変性と向きあうよう促すのだ。
映像作品《Midnight Zone》でシャリエールは、観者を海洋の深淵への幻視的な旅に誘なう。海の層をゆっくりと降下しながら、航海補助具である灯台のフレネルレンズがカメラを下方へと導き、1メートルずつ、魚や鮫の大群がひしめくなかを進んでいく。光源の周りで渦巻く彼らの姿は千の流れる鏡のようにきらめき、炎に引き寄せられる水中の蛾さながらだ。強力な光線が深海で回転し、闇を切り裂くと、周囲を泳ぐ生物たちの渦は生きた万華鏡と化す。ランプが最初に沈水した後、深度が増すごとにより多くの生物を引きつけ、やがてクライマックスに達し、その後目の眩むような渦は徐々に消えていく。この減少が示すのは、探査機の到達した海域の深さである。シャリエール自身が操縦する水中ドローンによって撮影された映像の終盤、ランプが到達するのは別の領域への入口だ。光を通さない層、太陽からの光子が到達できないほど深い場所、いわゆる『ミッドナイト・ゾーン』である。この領域は海面から1キロメートル下に始まり、さらに深くまで続く。ここでは植物プランクトンや水生植物の光合成による成長は不可能だ。極度の水圧と完全な暗闇のなかで進化してきた動物たちは、異様な姿をしている。海底近くに住む生物は、未発見のものも多い。この場所にはどのような未知の生命が棲息しているのだろうか。
本作はこの問いに対して沈黙を守る──これほど巧妙に構成された壮大な光景を見せながらも、映像はあくまで記録にとどまる。いっぽう、シャリエールの彫刻が耽るのは思弁の世界である。《A Stone Dream of You》は、映像を取り囲むギャラリーを原始の光景へと変貌させる。そこでは、溶岩が生み出した物体がこの奇怪な世界の住人さながらに潜み、深海に適応した生物の不気味な静寂をたたえながら、うずくまった鉱物の塊として佇んでいる。海面からはるか深くに隠れた海底火山──20世紀後期にようやく発見された──は、太陽光なしに存在する生態系を宿している。そこには地球の地殻活動から活力を引き出し、他の生物にとって有毒なガスや鉱物を摂取する『極限環境微生物』も含まれる。でこぼこした表面に黒い瞳を思わせる黒曜石の球体が散りばめられたこれらの彫刻は、熱水噴出孔の化学的な靄の中で誕生した異形の生命体を彷彿とさせる。生物学と地質学と神話の境界を曖昧にしながら示されるのは、物質と精神のデカルト的分離への抵抗であり、科学が消し去ろうとしてきた潜在的なアニミズムの上演である。こうして馴染みのある海のイメージは、漸深層の幻想へと溶け込んでいく。
《Midnight Zone》が証明するように、私たち人間はいまや道具の助けを借りて過酷な海中世界に入ることができる。その結果、この空間は私たちの大気圏を越えた活動の対象となる。実際、深海採掘企業が狙いを定めているのは海底やその下の鉱物資源だ。しかし、これは海洋生態系にとって破滅的な結果をもたらしかねない。すべての海洋層が食物連鎖、エネルギーの流れ、海流によって結ばれている以上、いかなる介入も生態系の均衡を破綻させる可能性がある。シャリエールの作品が踏み込むのは、まさにこの問題だ。《Midnight Zone》の撮影地となったのは、採掘候補地とされているクラリオン・クリッパートン断裂帯上の海域。海底には多金属団塊が豊富に眠る。こうした文脈で見ると、フレネルレンズの存在が浮き彫りにするのは、地球上のあらゆる地域を開発対象としてとらえる収奪の眼差しである。シャリエールの彫刻の暗い瞳──その形もまた採掘者たちが求める団塊を想起させる──は、この眼差しを見つめ返す。黒曜石、古来より占いや予言に用いられてきた暗い火山ガラスでつくられたこの瞳は、予見と思索を物質に託した象徴なのだ。
《Midnight Zone》が海洋深部への人間の侵入がもたらす結果を問題にするのに対し、《Veils》が注目するのは、そうした侵入の残す痕跡だ。ここでは、より親密で物質に根ざした『証言』が示される。《Veils》はサンゴ礁を題材とした写真のようなシリーズだが、そこに描かれた風景そのものからつくられている。シャリエールは現代のプリント技法から離れ、現地の生態系に根ざした物質的言語を構築した。白化して死んだサンゴを砕いて顔料にすることで、サンゴ礁の遺骸を作品の色調に転換する。石灰岩プレートに古典的な写真石版技法を用いてこの顔料を重ねると、イメージとその対象が物質レベルで結ばれる。こうして生まれるのが、イメージと物質が分離不可能な写真のシリーズであり、存在が喪失を背景に明滅する作品だ。ここでシャリエールがさらに踏み込んで探求するのは、記録という概念の崩壊と、彼が特定の環境の『残滓』と呼ぶものである。消失が見て取れるような場が、作品により顕在化する。そのようにしてこのシリーズは、生態学的・文化的記憶の諸形態との対話を開いている。
つまるところ、シャリエールの実践が拒むのは、不可視のものを単純に可視化したり、自然の崇高さから道徳的教訓を引き出したりする衝動である。かわりに彼の作品が私たちに促すのは、見ることと見ないこと、存在と消去、採取と記憶のあいだで、宙吊り状態にとどまること。そこで明らかになるのは、もっとも離れた場所──深海の海溝、火山の噴出孔、白化したサンゴ礁──が遠い辺境ではなく、鏡にほかならないということである。映し出されるのは人間の行為がもたらす影響だけではない。私たちの認識のあり方の脆弱性、道具の限界、そして知識そのものの不安定な構造までもが映し出される。極度の可視性と絶え間ない露出に特徴づけられる時代において、シャリエールは提起する。理解と呼べるものが形を取り始めるのは、あの残滓や残像、そして沈黙のなかなのだと」(プレスリリースより)。