篠田桃紅　玄―墨いろ

　岐阜現代美術館 桃紅館で「篠田桃紅　玄―墨いろ」が開催されている。

　老子の言う「玄之又玄」（玄の又玄）の「玄」とは、空間・時間を超越した天地万象の根源、真理となるものとされる。また、『解字辞典』で「玄」は、暗く定かでないもの、幽遠な色の黒のことを意味する。桃紅は、自著のなかで「玄というのは、一筆の濃墨で書くのではなく、淡い墨を重ねて濃くしていき、真っ黒の一息手前で控えた色」とし、色に置き換えれば、「玄」は墨いろであり、ものの本質そのものを表すと語っている。さらに「玄は真っ黒ではない、という考え方が、私にはたいそう気に入る」と続けている。

　桃紅は、1956年から約2年間の渡米を経て、墨は湿潤な日本の風土のなかでのみ、その限りない魅力が引き出されるのだと悟り、制作拠点を日本に移した。帰国後には、重ねられた淡墨がはじきあって前後の層をなす作品が制作されるなど、墨の濃淡や明暗によって画面のなかに時間のうつろいや空間の広がりを取り込み、墨いろのなかに言葉では言い尽くせない「玄」を見つめ続けた。本展では、水墨と向きあい独自の抽象表現を探求し続けた桃紅による、墨のいろと表情に注目する。