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2025.7.22

「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」(根津美術館)レポート。名品で追う「唐絵」の豊かな展開

14世紀、室町時代を中心に中国からもたらされ、日本でもそれを手本として多数制作された「唐絵」。日本画における規範のひとつである唐絵を優品で紹介する展覧会が根津美術館で始まった。会期は8月24日まで。※撮影は美術館の許可を得ています

文・撮影=坂本裕子

展示風景より
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「唐絵」の隆盛

 「唐絵(からえ)」とは、もともとは中国から伝来した絵画と中国の文物を描いた日本の絵画を指していた。寛平6年(894)に遣唐使が停止されると中国との交流は限られたものとなり、国風文化の発展に合わせて制作されるようになるのが唐絵に対する「やまと絵」だ。

 鎌倉時代には、禅宗とともに再び宋や元の文化が伝わるようになり、14世紀に足利氏が政権を握り、日明貿易が開始されると、より多くの交易品がもたらされ、そこには中国の画院で描かれた院体画(宮廷画家の絵画)や画僧による水墨画などの名品も含まれていた。将軍家をはじめ武家社会で舶来の文物が唐物(からもの)として珍重されるなか、絵画も唐絵と呼ばれて手本となり、それらに倣った和製の唐絵も多く制作されるようになる。中世に大陸から伝来した絵画は、日本画のひとつの規範として定着し、その後の豊かな展開の源流となっていくのだ。

 根津美術館が擁する7600件超のコレクションには、院体画をはじめとする中国絵画はもとより、室町幕府のお抱え絵師らが描いた水墨画も多く含まれており、その質と量は、国内の私立美術館でも最高レベルの優品揃い。「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」は、この唐絵コレクションの中核をなす作品をまとめて紹介する展覧会だ。国宝2件、重要文化財9件を含む展示空間は、中国絵画の名品と、日本の水墨画の展開を重要作で追える貴重な機会となる。

展示風景より

「唐絵」の源流 宋元画

 まずは、唐絵の源流といえる宋元時代の中国絵画を確認しよう。ここには大きく南宋宮廷で描かれた院体画と、禅僧により制作された水墨画の2つの流れがある。背景には、元による南宋の滅亡にともなう僧侶の日本への亡命もあるようだ。

「『唐絵』の源流 宗元画」 展示風景より

 南宋の院体花鳥画の名品で、6代将軍・足利義教の旧蔵品、いわゆる「東山御物」の伝来を持つ《鶉図》(国宝)は、巧みに描き分けられた羽が鶉(うずら)のふっくらとした立体感をもたらし、精緻な植物との対比がみごと。こうした花鳥画は日本で非常に愛好され、のちの花鳥画の規範となる。

「『唐絵』の源流 宗元画」 展示より、伝 李安忠《鶉図》(国宝、南宋時代・12~13世紀、根津美術館蔵)

 水墨画で殊に人気が高かったのが牧谿だ。彼の光と空気を感じさせる柔らかい墨の濃淡による描法は、本国よりも日本で好まれたようで、現存作品は日本にしかないという。やはり足利将軍家に伝来した「瀟湘八景図」のうちの1図、《漁村夕照図》(国宝)は、修理後初公開。残照を三筋の靄(もや)の湿潤な空気に描き取った風景は、まさに「水墨による印象派」だ。ほかにも伝 牧谿作が並び、熱狂ぶりを伝える。

「『唐絵』の源流 宗元画」展示風景より、牧谿《漁村夕照図》(国宝、南宋時代・13世紀、根津美術館蔵)。5年ぶりの修理後初展示
「『唐絵』の源流 宗元画」展示風景より、牧谿、伝 牧谿の作品が並ぶ

明時代の「唐絵」

 漢民族国家である明王朝と貿易を始めた室町時代には、“同時代の”文物が大量に日本にもたらされる。これらも宋元絵画と同様に日本の絵師たちの手本としてその制作に大きな影響を与えた。

「明時代の『唐絵』」 展示風景より

 中国常州(江蘇省毘陵)を中心に多く描かれ、日本では「常州(毘陵)草虫画」と呼ばれた草虫画の最優品とされる《瓜虫図》(重文)は、子孫繁栄の象徴である瓜を花と大小の実で描き、周囲に蝶や蟷螂(カマキリ)などの虫を配する。瓜の蔓が絶妙な曲線をなした美しい一作だ。

「明時代の『唐絵』」 展示風景より、呂敬甫《瓜虫図》(重要文化財、明時代・15世紀、根津美術館蔵)

 また、南宋院体画の代表的な画家・馬遠を受け継ぎながらも、明時代の浙派(せっぱ)の作と考えられる《松下人物図》には、浙派の特徴である大胆で激しい筆致に、日本の中世絵画にもたらされたものを読み取れるだろう。

「明時代の『唐絵』」展示風景より、馬遠印《松下人物図》(明時代・15~16世紀、根津美術館蔵) 

周文とその弟子たち

 こうした中国絵画の影響は、何よりも禅宗における画僧たちにもたらされた。なかでも相国寺の僧・周文は、足利将軍家の御用画僧として“日本製の唐絵”を多く制作する。その様式は雪舟をはじめとした弟子たちに引き継がれ、画中に僧たちが賛をしたためる「詩軸画」が隆盛するとともに、水墨画の礎となる。それは狩野派にもつながっていく。

「周文とその弟子たち」展示風景より

 周文作と伝えられる《江天遠意図》は、詩軸画の典型といえる一作。画には、対角線を基本に風景を収める“馬遠様”の構図が確認できる。

「周文とその弟子たち」展示風景より、伝 周文筆、大岳周崇ほか11僧賛 《江天遠意図》(重要文化財、室町時代・15世紀、根津美術館蔵)。当時の詩軸画を代表する名品

 画聖と知られる雪舟が改名する前、拙宗等楊と名乗っていた時代の作品には、師・周文の画風から独自の表現を模索している姿を見いだせるだろう。

「周文とその弟子たち」展示風景より、拙宗等楊《潑墨山水図》(室町時代・15世紀、茂木克己氏寄贈、根津美術館蔵)
「周文とその弟子たち」展示風景より、手前は拙宗等楊 《山水図》(室町時代・15世紀、小林中氏寄贈、根津美術館蔵)

花鳥画と草虫図

 日本画の伝統的主題である花鳥画や草虫画も、唐絵の花鳥画を手本に室町時代に大きく開花したジャンルだ。これらは山水画とともに障壁画として、将軍家や武家の屋敷、寺院を飾るようになる。

「花鳥画と草中図」展示風景より

 白い牡丹の花の下で、ひらひらと舞う蝶をじっと見つめる猫を描く《牡丹猫図》は、墨のぼかしと細かな筆致で猫の柔らかい毛並みが見事に表され、大きな眼とともに触りたくなるほど。精緻な牡丹の白との対比にも中国絵画の影響がうかがえる。

「花鳥画と草中図」展示風景より、蔵三《牡丹猫図》(室町時代・16世紀、根津美術館蔵)。同館でも人気の一作

 そして中国伝来の水墨画とやまと絵の要素を融合させ、「真・行・草」の3つの画体を整えて、狩野派の基礎を築いた狩野元信作と伝えられる《四季花鳥図屛風》は、元信筆とは言えないものの、上へ上へと積み上げていく中国山水図を屛風という横に長い画面に展開し、さらに奥行きまでも描き出した、“元信様”の行体花鳥図の代表作とされる秀作だ。唐絵から何を引き継ぎ、何を変えているのか確認したい。

「花鳥画と草中図」展示風景より、伝 狩野元信 《四季花鳥図屛風》(室町時代・16世紀、根津美術館蔵)。柔軟な筆遣いは、狩野派の行体花鳥画の優品

小田原の狩野派と雪村

 狩野派を大成した元信は、京都のみならず関東にも進出し、北条氏の庇護のもと、小田原を拠点に工房を構える。同じころ、常陸(現・茨城県)出身の画僧・雪村は、雪舟を継ぐものという自負をうかがわせる名とともに、小田原や鎌倉を遊歴してさまざまな作品に触れつつ独自の画風を確立する。ここでは小田原で活躍した狩野派の絵師たちの作品と、雪村円熟期の作とされる大胆で迫力がありながら、どこかユーモラスな《龍虎図屛風》に、唐絵から展開する個性を感じる。

「小田原の狩野派と雪村」展示風景より
「小田原の狩野派と雪村」展示風景より、手前は良祐 《仙女図》(室町時代・16世紀、根津美術館蔵)。草の衣に薬草の入った籠を担ぐ仙女という奇異な作品。筆致から狩野派に連なる絵師と考えられる
「小田原の狩野派と雪村」展示風景より、雪村周継 《龍虎図屛風》(室町時代・16世紀、根津美術館蔵)。水の表現、折れた竹や虎のポーズなど、雪村の個性が発揮されている

祥啓と関東の水墨画

 関東では、鎌倉五山を中心に水墨画が描かれていたが、京都で将軍家コレクションに直接学んだ祥啓が登場することで一気に発展したという。2階の展示室5では、この祥啓に倣った絵師たちが長らく活動し、生み出した水墨画を追う。

「祥啓と関東の水墨画」展示風景より

 鎌倉の詩軸画の代表作例で古例とされる《披錦斎図》(重文)は、祥啓以前の作。素朴さが感じられるが、水墨画には珍しい、朱、白、緑の桃林の可憐な着彩に注目したい。

「祥啓と関東の水墨画」展示風景より、宗甫紹鏡ほか6僧賛 《披錦斎図》(重要文化財、寛正5年[1464]、根津美術館蔵)。円覚寺の少年僧を慕う人物が贈り物として夢に見た書斎の光景を描かせたものという

 祥啓が京都で学んだ芸阿弥から、鎌倉へ下る際に与えられたという《観瀑図》は、足利家の御伽衆であった芸阿弥の現存唯一の貴重な作例。隙のない堅実な構図とさらりとした彩色に、南宋の夏珪らの画に学んだことがうかがえる。

 この芸阿弥の作を敷衍しつつ祥啓が描いた《山水図》(重文)も並んで展示されているので、師から学び取った成果をみられるのも嬉しい。

「祥啓と関東の水墨画」展示風景より、芸阿弥筆、月翁周鏡ほか2僧賛《観瀑図》(重要文化財、文明12年[1480]、根津美術館蔵)
「祥啓と関東の水墨画」展示風景より、賢江祥啓《山水図》(重要文化財、室町時代・15世紀、根津美術館蔵) 

 唐絵や水墨画というと難しいという印象を持つかもしれないが、日本人がいかに中国絵画に憧れ、触れ、学び、そこから吸収、展開していったのかを追うとき、おのずとそこに楽しさや魅力が見えてくるはずだ。ましてやいずれも劣らぬ優品揃い。ここまでまとめて見られる機会はそうはないだろう。ぜひお見逃しなく。

 なお、同館所蔵の国宝指定作品7件のうち、先の2つの展覧会と本展で6件が出揃った。残る1点は……本地垂迹図の最高峰とされる《那智瀧図》(国宝、鎌倉時代・13~14世紀)だ。お目見えを心待ちにしたい。