「宿泊できる雑誌」マガザンキョウトで「アートを買う」体験を
「宿泊できる雑誌」をコンセプトに昨年5月、京都の町家にオープンした、宿泊施設・ストア・ギャラリーを兼ねた多機能スペース「Editorial Haus MAGASINN(以下、マガザンキョウト)」。ここを舞台に、「京都で現代アートを買う」をテーマとしたトークが1月28日に行われた。
オーナー・岩崎達也が編集長となり、彼が「仕事をしてみたい」と思う人を共同編集者として迎え、年に何度かの「特集」として展示内容等のコンテンツを作り上げていくマガザンキョウト。1月28日より開催しているアート特集では、「KYOTO ART HOSTEL kumagusuku(以下、クマグスク)」の代表で、アーティストの矢津吉隆が共同編集者となった。オープニングイベントでは、岩崎が聞き手になり、矢津に加え、ゲストキュレーターの野口卓海によるト―クが開催。「アートを買う」ことをテーマに、熱い議論が交わされた。
京都のアートシーンは「アーティスト」が主体
東京でビジネスやマーケティングの仕事をしていた岩崎さん。2014年に京都へ移住してから、京都を拠点に活動するアーティストの多さに驚いたと話す。
岩崎 矢津さんもそうですが、京都には「アーティスト」が非常に多い。なぜ、日常にこんなにもアートの存在が浸透しているのでしょうか?
野口 美術大学が多いというのが大きな理由の一つです。僕はもともと大阪の現代美術界隈で活動していましたが、大阪には個々の動きはあれど「アートシーン」というものがなかった。京都に来たら作家同士の仲がよく、連携して活動していました。
矢津 京都は美術館やギャラリーよりも「アーティスト」が主体となってアートシーンを盛り上げています。「アーティスト・ラン・スペース」が伝統的にさかんで、僕らの世代は「共同スタジオブーム」も起こった。美術大学の卒業制作をキュレーターやギャラリストが各地からわざわざ見にくるので、プレゼンテーションの場として共同スタジオを活用し、アピールしたわけです。
岩崎 その多くのアーティストはどうやって生計を立てているのでしょうか? 「ものやサービスを売る」仕事をしていた自分には、アート作品の値段のつけ方や、「売る」ことを見据えて制作しているかなど、素朴なことが気になりました。今回はアートの売買の現場を近くで見てみたいと思ったので「現代アートを買う」というテーマを設定しました。
作品の値段はどう決めるのか?
岩崎 例えば、新しいカメラが発売されるとき、「このカメラにはこんな性能があり、使い道はこうで、こういう層が買うから」と様々な理由で値段を決めます。美術作品の値段はどのように決めるのでしょうか?
矢津 僕の場合は所属しているギャラリーと話し合いながら値段を決めています。買いやすい値段にしてたくさん売るとか、高値のマーケットに乗せていくとか「作家をどう売り出したいか」によってテクニックがあると思うのですが、市場に出たら値段は簡単に変えられるものではないので、慎重に決める必要があります。しかし、作家としては「買ってもらいやすい作品」をつくるのも変な話だと思うのです。それでも続けていくには、売らなければならない。芸術祭などのアートプロジェクトに呼ばれたとしても、経費は支払えるが、給与は出ないという場合も多くあります。そうなってくると、作品を売って生活するというのは非現実的な発想ということになります。
岩崎 矢津さんはアーティストとしてのプロジェクトから派生して、2015年に宿泊型アートスペース「クマグスク」をオープンさせましたが、その動機としては収入の面もあるのでしょうか?
矢津 「クマグスク」の収入を得て作家として活動するというのは僕にとって理想的なスタイルでした。「クマグスク」がいろんな人から認められて、仕事になりつつあるのも幸せなこと。でも「クマグスク」は多くの人に向けて美術をわかりやすい言葉に翻訳している面もあります。今後の課題として、もっと「言葉にできない」部分もきちんと伝え、自分の作品制作ともバランスをとっていきたいと考えています。
多面的に活動する、京都のアートシーンの役者たち
矢津 今回のアート特集は「移動型クマグスク」を用いて、「クマグスク」のコンセプトをマガザンキョウトにそのまま持ち込みました。「クマグスク」でしているように、キュレーションは僕が行わず、別の人にオーダーすることに。キュレーターとなってくれた野口卓海さんは、キュレーター・批評家であるほかに詩人としての創作など、ジャンルを横断しながら活動している人物です。そんな野口さんの多面性が「今の京都らしい」と思うのです。
野口 「クマグスク」の三角形のロゴの影響もあり、「みたり(三人)のやりとり」というコンセプトを発想しました。会期を3つに分けて、松見拓也さん、九鬼知也さん、迎英里子さんという気鋭の若手作家3名に、移動型クマグスクでの個人展示と、ギャラリー袋綴(ふくろとじ)での2名のセッション展を、ローテーションで回してもらいます。最初にメイン展示を飾ることになった松見さんも、contact Gonzoのメンバーとして、写真家として、一人のアーティストとして、多面的な活動を行い、京都のアート界では名前を聞くことの多い作家です。
野口 松見さんはピンクチラシに使うような印刷方法だったり、似たような写真を並べていたり、遠すぎてよく見えない展示方法だったり。写真の権威性やフォーマットを壊していく手法が面白い。九鬼さんのドローイングには、陰影や空間といった絵画的なイリュージョンと、サブカル的リアリティーが同居しており、鋭敏な時代感覚を感じることができます。迎さんは、石油ができるメカニズムや家畜の解体の過程など、世の中の不透明な事柄をリサーチし彫刻作品化することで理解しようとする作家です。
矢津 迎さんの名前が挙がったときには、彼女の大型作品をどうやってこのスペースに持ってくるつもりなのかと驚きました。
野口 ギャラリー袋綴でのセッション展では、迎さんの作品は映像で紹介していて、この映像作品も購入可能なものとなっています。「彫刻を映像化して作品として売買する」というのも、今回のテーマを考慮して行った実験的な試みです。
アートを買うってどういうこと?
本がたくさん並ぶ階段を上がると、常設展に混じり陶芸家の西條茜さん、画家の岡本秀さんの1000円から購入できる小作品が展示販売されている。
矢津 2階で展示している作家は「買う」というテーマを受けて僕が選びました。西條さんは、陶器を焼き締めるときの「火の力」を大切にしている陶芸作家。今回の《The 3rd mineral.》は愛宕山の麓から拾ってきた石を焼き締めたものを1000円で販売しています。これは、もともと彼女の個展で無料で配っていたもので、作品と作品ではないものの中間に位置するようなもの。「人の手に渡ってほしい」という彼女の思いを汲みつつも、無料ではなくお金を多少払って持って帰ってもらうことで、より「大切に」扱ってもらえるはずだと考えました。
岩崎 作家としては、どんな気持ちで作品を購入してほしいと思いますか?
矢津 作品には必ずしも物質的な価値があるというわけではない。そこを理解したうえで、買うことで作家と「共犯関係」を結んでほしい。購入者は「買う」ということを通して、作品が作品として成り立つため「支え」となるのです。
岩崎 意思とか想いを買うということでしょうか。大金を出して購入したときはどんな気分になるのでしょうか?
矢津 それは、実際に買って体験してみてください(笑)。
岩崎や矢津らによって「編集」された空間で、京都の気鋭の作家の作品が楽しめる本展。足を運び作品を購入することで、彼らの「共犯者」となり、京都のアートシーンをより深く体感してみてはいかがだろうか?