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2025.10.26

なぜいま、テキスタイルアートに注目すべきか──その過去、現在、そして未来

2010年代後半から現在にかけて、テキスタイルを用いたアート作品の存在感が国際展や美術館で確実に増している。装飾的・工芸的とされてきた「布」は、ポスト植民地主義やジェンダー批評、多文化主義といった文脈のなかで、再びラディカルな批評性を帯びて語られ始めた。本稿では、香港のCHAT紡織文化芸術館の館長兼チーフキュレーターである高橋瑞木が、テキスタイルアートの現在地とその歴史的背景、そしてこれからの展望について論じる。

文=高橋瑞木(CHAT紡織文化芸術館 館長兼チーフキュレーター)

「Lining Revealed – A Journey Through Folk Wisdom and Contemporary Vision」展(CHAT紡織文化芸術館、香港、2025)の展示風景より、アリ・バユアジ《Weaving the Ocean》(2020-) Image courtesy of CHAT (Centre for Heritage, Arts and Textile), Hong Kong
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増加するテキスタイルアート展

 2010年代の後半より、テキスタイルを用いた作品への注目が高まっている。当初は一過性の流行のように捉えられていたが、テキスタイルアートへのまなざしは、従来の美術館の収蔵上の分類や、工芸、デザイン、ファインアートの硬直した序列を脱構築しながら、グローバルな時代における私たちのアートに対する理解に一石を投じている。

 筆者が勤務する香港のCHAT紡織文化芸術館(Centre for Heritage, Arts and Textile/通称CHAT)では、2019年の開館以来、アジアとつながりのあるアーティストによるテキスタイル作品を数多く紹介してきた。開館当時、コンテンポラリー・アートのなかでのテキスタイルは、1960年代に欧米で発祥したモダンアートのサブカテゴリーであるファイバーアートと同一視されることが多かった。しかし、各都市で開催されるビエンナーレや大型のアートフェア、美術館で続々と紹介されるテキスタイル作品によって、あらためて批評的対象として認識されるようになってきていることが実感をもって感じられる。

 筆者がテキスタイルを用いた作品のプレゼンスの強さを意識したのは2017年、当時パリのポンピドゥー・センターのチーフキュレーターだったクリスティーヌ・マセルが芸術監督を務めた第57回ヴェネチア・エンナーレ国際美術展であった。「Viva Arte Viva」というテーマ展が開催されたアルセナーレ会場やセントラル・パビリオンでは、120人の参加作家のうち10名以上の作家がテキスタイル作品を展示していた。

「Viva Arte Viva」展の展示風景より、リー・ミンウェイ《The Mending Project》
Images courtesy of the Venice Biennale. Photos by Andrea Avezzù and Italo Rondinella