2025.10.26

「art venture ehime fes 2025」が開幕。藝大と協働で落合陽一ら24組が参加

愛媛県と東京藝術大学の共同開催による「art venture ehime fes 2025」がスタートした。東京藝術大学の学長である日比野克彦と、元サッカー日本代表監督で株式会社今治 夢スポーツの代表取締役である岡田武史との会話に端を発するという芸術祭をレポートする。

文・撮影=中島良平

展示風景より、キャズ・T・ヨネダ《丹下健三頌:発露のキセキ》
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アートで見つける地域の“らしさ”

 会場は愛媛県内4エリアの8ゾーン。「アートは冒険だ!」というコンセプトのもと、「ここにある豊かさ」をテーマに、落合陽一×笹村白石建築設計事務所や古武家賢太郎と尾崎強志によるIGIRISほか、国内外24組のアーティストがサイトスペシフィックな作品を展開する「art venture ehime fes 2025」が10月18日よりスタートした。

関係者や参加アーティストたち

 古くから友人関係にあるアーティストで東京藝術大学学長の日比野克彦と、元サッカー日本代表監督で、現在はJ2に所属するFC今治の運営会社である株式会社今治. 夢スポーツで代表取締役を務める岡田武史との会話が発端となったという。

 「地球上で人間だけが爆発的に増加して人口88億人となり、このまま物質的成長だけ求めていたら地球がパンクするか、人類の奪い合いになってしまう」「物質的な豊かさと異なる幸せを提供できるのがスポーツとアートであり、文化的成長によって幸せになれることを日本は表現できるはずだ」と考えた岡田が、アートによって地域の幸福度が高まることを示す取り組みに協力してほしいと、日比野にもちかけた。

 日本各地に地域コミュニケーターを配置し、地域とアートの接続を試みてきた日比野と東京藝術大学の取り組みは、岡田の発想とその根底においてシンクロする。岡田が愛媛県知事の中村時広を日比野に紹介するとふたりは意気投合し、アートを通して人と人、人と地域をつなぎ、新たな価値や関係を社会に広げるアート・コミュニケーション・プロジェクトとして「art venture ehime」をスタートすることが決まった。そして、プロジェクトの主体となるコミュニケーター「ひめラー」が、愛媛にやってきた参加アーティストを案内し、サイトスペシフィックな作品の数々が生み出された。

開会式のトークセッションより。左から、中村時広(愛媛県知事)、日比野克彦(東京藝術大学 学長)、岡田武史(株式会社今治 夢スポーツ 代表取締役)
台湾から参加した南和部落(ジョルアラジョ)による「勇士の舞」が開会式で披露された

 「地域を元気にすることによって日本を立て直す、地方創生という言葉があります」と、東京藝術大学が愛媛県と共同で取り組む意図について日比野克彦が説明する。「地域性を出す、土地らしさを出すことが求められていますが、“らしさ”を発揮するのはアートが得意とするところ。地域らしさというのは、究極的にいえばそこの土地に住んでいる人らしさです。それを打ち出すために東京藝大では、各地で共創拠点プロジェクトを開始し、その一環として愛媛県と『art venture ehime』を進めています」(日比野)。

日比野克彦

 そして、アートを通して地域らしさを打ち出し、同時にその結果として、地域の幸福度が上がるのではないか。そんな見通しのもとでプロジェクトが展開し、今回のフェスティバルの開催につながっている。

「我々は『文化的処方』という言葉を打ち出していて、健康の認識のアップデートに取り組んでいます。心身ともに健康であること。身体の健康は人間ドックで検査できますが、心の健康のために誰が何を処方してくれるのかは非常に曖昧です。東京藝大では、京都大学の疫学の先生たちとデータをとり、文化と接することで健康になれるというエビデンスを見つけていこうと動き始めました。それは難しくて長い道ですが、研究を始めたこと自体にインパクトがある。目的はその価値を共有することであり、数値化することはあくまでも手段です。関わる人たちがそうした実感をもつことができれば、文化的処方の価値を評価することにつながってくるので、走り出した意義は大きいと思っています」(日比野)。

「art venture ehime」はその実践の場のひとつとなっている。会場のひとつであり、開会式が行われた愛媛県立とべ動物園の展示から、「地域らしさ」を打ち出すアート表現の数々を見ていきたい。

とべもり+(プラス)エリア・愛媛県立とべ動物園

愛媛県立とべ動物園正面ゲート

 「飼育員さんに動物園を案内していただいて、動作の特徴や好きなことなどを聞きながら、ここでかつて暮らしたインドゾウの太郎とハナ子と、園内の動物たちや飼育員さんをデザインしました」と語るのは、モデル・俳優としてもCMや広告を中心に活躍する八木亜希紗。旧インドゾウ舎に、太郎とハナ子が帰ってきたと聞きつけて、シロクマなどが集まってくるストーリーをインスタレーションで描いた。八木は園内の顔ハネパネルやオリジナルマップも手がけた。

展示風景より、八木亜希紗《Zooooo!》。中央に立っているのが作家の八木亜希紗
正面ゲート付近に設置された顔ハメパネル(左)も八木亜希紗によるもの

 同じくインドゾウが暮らした屋内空間で、これからオランウータンがやってくる檻の格子越しに見えるのは、長谷川隆子による切り絵作品。大まかな下絵を描き、細部は作業をしながら即興で切り上げたというこの作品には、空間を占有するダイナミズムと細かな描写の繊細さとが同居する。壁面に映し出される光と影の絵柄にも注目してほしい。

展示風景より、長谷川隆子《まなざしの森》
展示風景より、長谷川隆子《まなざしの森》

とべもり+(プラス)エリア・愛媛県総合運動公園ゾーン

 愛媛県立とべ動物園から徒歩15分ほどの場所に位置する愛媛県総合運動公園。愛媛FCの本拠地である「ニンジニアスタジアム」やテニスコートなどが集まるこの公園には、「古代の森」と名付けられたエリアがある。そう、ここは古墳が発掘されたエリアなのだ。「古墳で作品を発表したい」と、公募で参加したのが落合陽一×笹村白石建築設計事務所だ。

展示風景より、落合陽一×笹村白石建築設計事務所《色2池:空を溶かす、1500年の眠りの鏡》

 建築設計を担当したNOIZのメンバーとして、落合陽一の大阪・関西万博シグネチャー・パビリオン「null2」を担当した建築家の笹村佳央が、同じく建築家の白石洋子と愛媛県で独立し、公募への参加が決まった。今回会場として使用した古墳を含む大下田(おおげた)古墳群の近隣からは、鏡も出土していた。落合はこう続ける。

 「土の中から出てきたものを叩いて、火であぶり、水で冷やして磨くことで鏡が生まれたと思うのですが、そう考えると、古墳時代には土の性質をいろいろなもので変えてきたと感じます。今回のテーマが古墳と鏡と、その周囲の自然ということで、このようにアートとテクノロジーの融合によって鏡が震える作品が生まれ、それを歴史的な地層にもってきたときに、改めて古墳がどういう風景に変わるかというのが、今回一番面白いところだと思います」。

左から笹村佳央、落合陽一、白石洋子

 重低音が古墳から響き、その前に設置された鏡の上に乗ると、足元が音と連動して振動する。鏡の表面に取り込まれた周囲の景色が震、大地の振動が自分の身体を通して空とつながるような体感が生まれる。身体を通して地面と空のつながりを感じたのは、古代の人々が踊り、トランスを目指して得た感覚と同様のものではないだろうか。古代の人々とそんな時空を超えた感覚の共有を想起させる作品となっている。

「楽器のようなものだと強く感じた」と、落合は古墳について話す

 落合陽一×笹村白石建築設計事務所の《色2池:空を溶かす、1500年の眠りの鏡》よりほど近くに、SHAO YINGYI(ショウ・エイギ) / 隅田うららの作品《記憶の積層/Unearthing Memory LAYERS》が展示されている。東京藝術大学大学院美術学研究科Global Art Practice専攻にともに在籍するふたりによる、初のコラボレーション作品だ。古墳に隣接する「記憶の積層」から鑑賞者が樹脂の棒を引き出すと、祈りの象徴の変遷や、調味料の発達、愛玩物の変化といった、古代—近代—現代という時代の変遷が表現されている。土地のリサーチと想像が結びつき、作品の魅力が生まれている。

展示風景より、SHAO YINGYI / 隅田うらら《記憶の積層/Unearthing Memory LAYERS》
左より、隅田うらら、SHAO YINGYI

とべもり+(プラス)エリア・えひめこどもの城ゾーン

「えひめこどもの城」の「あいあい児童館」

 同じエリアにあるえひめこどもの城も会場となっている。「重い荷物」と書かれたのぼりを目指して階段を上がると、黒いゴムチューブの巨大彫刻が設置されている。坂井存+TIAR《あなたの重い荷物はなんですか?》。鑑賞者はそれぞれの人生の重みを「重い荷物」に見立てた作品を実際に背負って体感できる、参加型パフォーマンス作品だ。

展示風景より、坂井存+TIAR《あなたの重い荷物はなんですか?》でデモンストレーションする坂井存

 「あいあい児童館」内の巨大遊具などのディテールも含めてメタバース空間として再構成し、フィジカルとメタバースを行き来しながらAIにより命を宿した霊獣と対話し、冒険を続ける体感型プロジェクト《Find a Spirit Beast in EHIME》。ゲームクリエイターのMISOSHITAが手がけた。

《Find a Spirit Beast in EHIME》のメタバース空間を紹介するMISOSHITA(顔は作家による合成)

 自由に地面に寝転んだり、ベンチに変な座り方をしたり、といった子どもの遊び方をできなくなった大人たちに、「こどもごころ」を思い出すような振付を提案する体験型プログラム&ワークショップを発表したのが、アグネス吉井。街を歩き、外で踊る2人組ダンスユニットだ。

展示風景より、アグネス吉井《こどもごころでからだあそび》。身体のパーツがフィットする岩の形を見つけ、そこに身を委ねる様子を示すアグネス吉井

 ハーブ園も併設する「えひめこどもの城」。2019年に愛媛で誕生したデザイン知育雑貨ブランド「FÖRNE(フォルネ)」は、葉っぱや木の実、石ころなど自分が「自然のなかの宝物」だと感じるものを拾い集め、透明なアートフレームに貼り付けて表現する《森のかけらミュージアム》プロジェクトを展開。来場者たちが一緒にハーブ園を散策するワークショップの開催日は10月26日と11月3日。

中央が、「FÖRNE」を立ち上げたグラフィックデザイナーの伊藤麻世

砥部町エリア・砥部ミュージアム通りゾーン

 焼きものの街としても広く知られている砥部町。大小さまざまなミュージアムが点在する大南地区にある特設会場には、5組の作家による作品が展示されている。

 会場の入口に設置された作品は、台湾から参加した林靖格(リン・チンケ)が竹を用いて手がけたインスタレーション作品《倉波青漾(くるなみせいよう)》。砥部焼の呉須(藍色)の筆致や唐草文様に着想し、円形編みの竹で流動する線を空間に描いた。床には砥部焼の欠片が円を描き、陶と竹による空間的な協奏が生まれている。

展示風景より、林靖格《倉波青漾(くるなみせいよう)》

 幻想的なペインティング作品で知られるアーティストの古武家賢太郎と、グラフィックデザイナーの尾崎強志が手を組み、地域のデザインやディレクションを行うデザインユニット「IGIRIS」。地域の子供たちと砥部の町を歩き、そこで自分がときめいたものを発見して新しい砥部焼の紋様をデザインするワークショップを行った。

古武家賢太郎

 子供たちが日常の通学路から新たな魅力を発見し、作品に描くことでそこに思い入れをもつことはこのプロジェクトの最大の成果だといえるだろう。古武家が手がけた作品、子供たちが手がけた作品、古武家と子供たちが共同で手がけた作品が上段から1段ずつ並び、それぞれに地域の魅力とともに砥部焼の魅力を再創出している。

展示風景より、IGIRIS《とべまちもよう》

 アニメーション作品を手がける小椋芳子は、地域の人々の「記憶」のリサーチをベースに制作を開始。器に刻まれた時間を通して、家族の記憶や日々の暮らしの多様で暖かなあり方をインスタレーション作品《眼差しの器》に表現した。

《眼差しの器》のコンセプトを説明する小椋芳子

 タイ出身のアーティスト、プープラサート・デュアンチャイプーチャナも「記憶」をテーマに作品《Memories of the Earth》を手がけた。農地や共同体の営みといったものの痕跡として、土に着目。脆さと強さを併せもつ土の自然に生じるひび割れや痕跡が、時間の流れ、無常、変化を象徴し、大地は人間の生活を支え、物語を刻んできた「共有の記憶」であることが示されている。

展示風景より、プープラサート・デュアンチャイプーチャナ《Memories of the Earth》

 会場の2階に移動すると、スイス連邦工科大学チューリッヒ(ETH)で博士課程研究・建築設計スタジオの指導にあたる中本陽介の展示が行われている。3週間ほど滞在し、土地のリサーチと陶板制作を行った。中本は次のように説明する。

 「砥部に滞在し、伊予鉱業所さんという掘削業者の協力によってリサーチをしたことで、土地の景色と焼きもの文化との密接な関わりに気づきました。砥部の地下には中央構造線という地層が走っており、磁器の原料となる陶石という白い石が採取されます。そこで展示の目的として、焼きものづくりの文化を、原料を採取する山につなげていくことができないか、還元していくことができないかと考えました」。

 マグマの運動でどのように土の脈動が生まれ、特別な質の陶石が誕生したのかというリサーチから、土に水を混ぜて粘土にする過程など、4つのチャプターに分けて展示が行われている。壮大な時間の流れと砥部焼文化の伝統とのつながりが、陶板や写真、テキストなどの立体的な展示によって明示されている。

展示風景より、中本陽介《Tobe’s Stratified Memory(砥部町の地層的な記憶)》
中本陽介

今治市エリア・丹下建築ゾーン

 最後に今治市に移動する。建築家の丹下健三が少年時代を過ごした土地であり、今治市庁舎、今治市公会堂、今治市民会館というひとつの広場を囲む3棟をはじめ、市内には7建築と1文学碑が残されている。今回作品を発表したのは、建築家のキャズ・T・ヨネダ。今治市の伝統工芸品である菊間瓦と、砥部焼の粘土を駆使し、職人たちと共同で《丹下健三頌:発露のキセキ》を手がけた。天井に設置された瓦製の丹下作品の再現彫刻と、床に置かれた丹下のインスピレーションソースの今治市大島の大島石でつくられた立体作品が紐でつながり、オーガンジーの布を通して関係性を見せるインスタレーションを今治市民会館に展開する。母親の出身が広島で、最初の建築体験が広島平和記念史料館だったというヨネダ。

 「今回のリサーチを通して、丹下さんが天文ボーイだったということを知り、建築だけに固定されていない視点をもっていたということで天球儀の模型を置かせていただいたり、村上水軍の船が高松の体育館に読み取れたり、必ずしも意識的に見ていたものだけが彼の建築の造形的を生み出していたわけではないのを感じました。そこで、丹下さんの無意識的な部分、人間味のようなものも表せればと考えました」。

展示風景より、キャズ・T・ヨネダ《丹下健三頌:発露のキセキ》
キャズ・T・ヨネダ
今治市公会堂

 このほか、とべもり+(プラス)エリアのえひめ森林公園ゾーンや、今治市エリアの里山ゾーンでも設置型の作品展示が開催。またパフォーマンスやワークショップなどのイベントが期間中、各会場で開催される。 

「art venture ehime fes」の次回は、2028年の開催が決まっている。同年に愛媛県で開催されることが内定している国民文化祭と併せて行う大規模なものとなる予定だ。

 愛媛で始まったアートの冒険を引き続き追いかけていきたい。

愛媛県庁