ろう者と聴者が対等に生きていける社会を目指して。サンドプラス・今井ミカインタビュー
今年10月、国立西洋美術館が手話による常設展解説動画のタブレット貸出サービスを開始した。これらの映像コンテンツをはじめ、様々な文化施設にてろう者向けのアクセシビリティ向上をサポートする取り組みを行っているのが、映画監督・映像クリエイターの今井ミカが代表を務める株式会社サンドプラス(SANDO+)だ。ろうの当事者としてもこれらに携わる今井にとって、現在の日本の文化施設はどのように映るのだろうか。また、今井が思い描く未来とはどのようなものか。インタビューのなかで話を聞いた。
ろう者と聴者が対等に生きていける社会を目指して
──映画監督や映像クリエイターとしてご活躍されている今井さん。映像制作の道を志したきっかけはどのようなものでしたか?
私はいままで映画や映像の制作に長く携わってきました。家族は全員がろう者で、家のなかではつねに「日本手話」で会話をしています。学生の頃に通っていたろう学校では、「手話を使ってはいけない」という方針があったために、自分の第一言語で伝えることができないという負担が多くありましたし、街中に日本語の音声言語があふれるなか、私にとって居心地が良いと感じられる場所は家のほかにありませんでした。さらに当時は、映画やテレビ番組にはほとんど字幕がついておらず、あったとしても日本語字幕のみでした。日本語が第二言語である私にとって日本語字幕は理解するのに時間がかかりましたし、日本手話による翻訳もありませんから、娯楽を楽しむこともなかなかできませんでした(*1)。
そのような状況のなかで、小学校6年生くらいのとき、父親が私と弟にホームビデオ用のカメラを買ってくれたんです。そこから映像を撮るということに関心を持ち始めました。自身の日本手話を撮影した映像作品を見ればそれを楽しむことができたので、弟と2人で「何をつくろうか」と遊び感覚で始めたのが映像制作の道へ進むきっかけでした。そこからいまに至るという感じです。
──大学でも映像を専攻されたのち、サンドプラス(SANDO+)という会社を立ち上げられました。会社の概要や設立の経緯について教えてください。
サンドプラスは、日本手話を第一言語とするろう者がつくる、映画・映像の企画・制作や、ろう者の俳優を中心とした芸能プロダクションです。じつは私自身、起業するという夢はそもそも描いていなかったんです。映像作品の制作を続けていくなかで大きな転機となったのが、2021年に手掛けた長編映画『ジンジャーミルク』でした。監督から脚本、編集までを担当したのですが、この作品が長野のうえだ城下町映画祭大賞や、映文連アワード部門優秀賞、TAMA NEW WAVE特別賞などを受賞し、海外でも上映されるなど話題となりました。これまではろうの世界のなかで映画や映像をつくって、ろうのことだけを考えてきたのですが、この作品は聴者(聞こえる人)の審査員にも評価をしていただけました。しかも、審査員もろう者がつくったとは思わず受賞作品を決定したそうなんです。ろう者を理由にしてではなく、対等に評価いただき受賞できたことは素直に嬉しかったですし、ほかの作品と対等に評価・選出されたことが自信にもつながりました。
また、映画美学校のアクターズ・コースに通っていたこともありました。クラスでは、ろう者3名と聴者の皆さんで一緒に学びながら舞台や映像制作を行っていたのですが、そこでの経験がとても楽しかったんです。そういった経験を積み重ねていくうちに、「ろう者と聴者が対等である社会をつくりたい」と明確に思い始めました。
その思いを叶えるため、2022年に聴者の岡本さんとともにサンドプラスを設立しました。ろう者と聴者はどうしても使用言語の観点から世界の見方が異なりますが、岡本さんとはもう7年ほどのつきあいになり、お互いの文化を尊重しながら意見を言いあえる、戦友のような存在です。
──芸能プロダクションとおっしゃられたように、サンドプラスにはろう者の俳優さんも在籍されているのですね。
はい。基本的な運営は2人で行っていますが、ほかにもろうの役者が3名在籍し、今後も増えていく予定です。映像制作を行うなかで、やはり日本手話を第一言語とするろうの出演者をキャスティングしたいと考えているので、映像・映画や舞台演劇の分野で活躍する役者とともに様々な活動に取り組んでいます。
サンドプラスでは映画の撮影に加え、今回国立西洋美術館からご依頼いただいたように、公共の文化施設に対して日本語・英語・中国語などと同じような多言語のひとつとして手話映像をつけていく取り組みも行っています。こういった機会は私にとっても大変喜ばしいことですので、ぜひお引き受けしたいと思ったんです。
*1──「日本手話は、日本語とは異なる独自の体系をもつ言語です」『はじめての手話』2014年、木村晴美・市田泰弘著、生活書院、14頁。