2025.3.12

創業の精神を継ぎ「美」を通してつながりをつくる。「shiseido art egg」が築いてきたもの

新進アーティストを支援する公募プログラムとして、資生堂によって毎年開かれている「shiseido art egg」。今年は第18回として、大東忍、すずえり(鈴木英倫子)、平田尚也の3名が資生堂ギャラリーでそれぞれ個展を開催する。これを前に、各展示を担当するキュレーターが、「shiseido art egg」の全貌と現在地を、アーティストたちが展示の展望を語った。

文・聞き手=山内宏泰

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 新進アーティストを応援する公募プログラムとして、資生堂によって毎年開かれているのが「shiseido art egg」だ。新たな美の可能性を押し広げるアーティストに個展開催の場を提供し、サポートを続けてきた。2025年も第18回として、多数の応募者から選出された大東忍、すずえり、平田尚也の3名が、資生堂ギャラリーでそれぞれ個展を開催する運びとなった。

 個展終了後には、新しい価値創造を最も感じさせたアーティストに「shiseido art egg賞」が授与される。本年のこの審査には、建築家・永山祐子、美学者・星野太、美術家・村山悟郎と異なるクリエイティブシーンのトップランナーがあたる。各個展を担当する資生堂ギャラリーのキュレーター眞家恵子(大東忍展担当)、及川昌樹(すずえり展担当)、伊藤賢一朗(平田尚也展担当)の3名が、「shiseido art egg」の全貌と現在地を明らかにする。また個展に臨む3名のアーティストには、「shiseido art egg」との関わりや展示への思いを聞いた。

資生堂初代社長の意思を継いで

資生堂ギャラリーのキュレーターである眞家恵子、及川昌樹、伊藤賢一朗

眞家恵子(以下、眞家) 2006年に始まった「shiseido art egg」は今回が18回目となります。 これまでの応募総数が5824件、前回(2024年)までの来場者数が約17万3993人と多くの方々に注目いただいており、ありがたいかぎりです。

及川昌樹(以下、及川) 選出された3名のアーティストが展覧会を開くのは資生堂ギャラリーです。資生堂初代社長の福原信三が1919年に創設した、現存する日本最古のギャラリーと言われています。

伊藤賢一朗(以下、伊藤) 100年以上にわたり資生堂が運営し続け、日本の美術史に名を刻むアーティストが展示をしてきた場です。これから世に出ていこうとするアーティストにとって、それなりの緊張感と意気込みを感じてもらえる空間ではないかと思っています。

眞家 資生堂ギャラリーは草創期、当代切ってのアーティストや文化人たちが集うサロンにもなっており、 新しいカルチャーの発信源だったといいます。また、福原信三自身が画家になりたかったこともあって、まだ評価の定まらない若き芸術家たちに、積極的に発表の機会を提供していました。その精神が受け継がれ、いま「shiseido art egg」として体現されているといえます。

及川 そうした由緒ある空間であることとは別に、現在の資生堂ギャラリーは空間的にかなり特殊なつくりになっています。5メートル超の天井高を持つ大小の空間と回廊状階段の踊り場から成っていて、展示を構成するのはなかなか難しい。ベテラン作家でも頭を悩ますことが多いので、経験値がまだ少ない新進の作家となると、苦戦は必至です。

第17回「shiseido art egg」 野村在展
撮影=加藤健

伊藤 「shiseido art egg」に臨むアーティストは皆、大小の展示室と踊り場の3つの関係性をどう処理するか、考え抜くこととなります。どこにどういう作品をインストールし、どんな展示構成にするのか、さらにはそもそもどんな作品をつくればいいのか深く自問せざるを得ませんが、その過程を経ると、空間構成力も創作力も格段にアップするのもたしかです。資生堂ギャラリーの空間をうまく生かすことができれば、さらに大きな場所で展覧会をする足がかりにもきっとなるでしょう。

伊藤賢一朗

眞家 「shiseido art egg」を、全力で挑む甲斐のある「ひとつの壁」と思ってもらえればいいですね。もちろんその際、ひとりで悩む必要はありません。「shiseido art egg」は場所と機会だけお渡しするものではなく、できるかぎり手厚いサポートを提供する態勢も整えていますから。

及川 様々な面からサポートをしていきますが、まずはキュレーターが担当としてつき、ともに展示をつくり上げていく点は特徴的です。応募時の展示計画内容を精査し、練り込んでいくところから二人三脚で進みます。

及川昌樹

手厚いサポートとアーティスト同士のつながり

伊藤 応募時の展示プランは、その時点ではまだ具体性に欠ける部分もありますから、空間に落とし込み展示を実現させるにはどうすればいいか、根本のコンセプトから綿密に見直していきます。

眞家 練り上げた展示プランや作品は最終的に、展示設営のプロであるインストーラーとの協働で資生堂ギャラリーの空間に実現されていきます。その空間が、豊富な経験を持つ照明の専門家によって演出されると、展示の「見え」は格段に上がります。さらには展示や作品の撮影者や広報スタッフなど、各分野の専門家がサポートに入ります。毎年の展示経験者からは、「こんな展示技術があるのは知らなかった」「照明でこんなに見え方が変わるとは」「作品写真撮影のコツが知れたので今後も活用できる」など、展示の基本を学べてよかったという声が多く聞かれます。

眞家恵子

及川 さらなる「shiseido art egg」の特徴としては、幅広い層・立場の方々に展示を観てもらう機会があり、作品に対する多様なフィードバックを得られることも挙げられます。まずは応募時点で、私たちキュレーター全員が、すべての提案書類にじっくりと目を通します。

眞家 どの応募書類も熱量があって、どれを選べばいいのか毎回悩みに悩みます。また展示期間中には、資生堂の社員を対象とした鑑賞会などが企画され、毎回多くの人数が参加します。率直な感想が飛び交うので、生の声をアーティストが聞ける場になっているかと思います。さらには、各分野で活躍している方々に各個展を審査いただき「shiseido art egg賞」を選出しているのも、「新たな視点からフィードバックをもらえて学びになる」とアーティストからたいへん好評です。

及川 「shiseido art egg賞」の審査員には、いま現在の世の中に強く鋭い発信をしている方々にお願いをして、就いていただいています。美術業界に留まらず、様々な業界で活躍されているトップランナーに見ていただくことで、多様な視点から作品をとらえることができるようになると考えています。ただし審査員のうちひとりは、資生堂ギャラリーで展示の経験のある方に入っていただきます。この空間で展示することの難しさと苦労を熟知した方からもアドバイスをいただきたいので。

伊藤 審査員の方々とアーティストは、内覧会や展示説明会など、何度か接する機会を設けています。これは、他ジャンルのクリエイティブシーンで活躍する方々とインタラクティブな関係性が生まれれば、今後も力強く表現活動をしていくきっかけになるだろうと考えているからです。

及川 広く社会に向けて発信する表現者として、羽ばたいてもらえたらというのが私たちの願いです。もちろんアート関連の世界で注目してもらうことにも注力していきますが。その点「shiseido art egg」は、回を重ねるごとに関係者がチェックすべき存在になっているようです。他所のキュレーターやコーディネーターら美術関係者が観に来られて、他会場での企画に結びつくこともしばしばです。私は資生堂に入社する前、美術館に勤めていましたが、当時、資生堂アートエッグの展示にはなるべく足を運んでいました。「こんな新しい作家が、こんな展示を展開するのか……」などと毎回驚かされたものでした。

眞家 もうひとつ「shiseido art egg」の特徴を付け加えますと、展示をするアーティスト3名が、毎年、とても仲良しになるんです(笑)。「同窓生」的な連帯感で結ばれるといいますか。先般はこれまでの受賞者に声をかけて、このギャラリーを会場にして「同窓会」を開きました。これが想像以上にみなさんに喜んでいただき、連帯感を深めていただきました。参加いただいたアーティストいわく、「アーティストは孤独なんです。こういう機会があるのはすごくうれしい」とのこと。今後も「shiseido art egg」の輪を広げていって、アーティスト同士のネットワークづくりにも貢献していきたいと思っています。

 ここからは、3月から連続して開催が予定されている「第18回 shiseido art egg」展の3つの個展について、担当キュレーターとアーティストそれぞれに、展示の内容とそこに込めた思いを教えてもらおう。

大東忍

眞家 第1期展(3月5日~4月6日)の大東忍さんは、風景を供養するというテーマに一貫して取り組んでいます。風景には人の営みの痕跡があり、それらを留めるために土地を歩き、踊り、絵を描くのです。作家本人が「身体を澄ます」と呼ぶユニークなプロセスを重ねて、作品制作をしています。今展では、従来取り組んできた木炭画を中心に、写真と映像の作品もゆるやかに組み合わせ、空間にパノラマのように構成したいというプランを実現させます。

大東忍

大東忍 資生堂ギャラリーには何度も足を運んだことがあって、空間の魅力を感じていたので、自分もここで展示できたらいいなとずっと思っていました。加えて今回の審査員のみなさんが、ぜひ作品を見ていただきたい方ばかりだったので、今年応募してよかったと思いました。

 今展のキーワードは「夜影」です。私たちのふだんの営みは、歴史化されるような要素なんてなさそうですが、そこを改めて見つめることで、人間の在り処みたいなものを探っていきたいと思っています。そうした人の営みがどこにあるだろうと考えたとき、夜の影にはっきり現れるんじゃないかと考えて、作品のテーマにしています。

 「shiseido art egg」では照明の専門家の方と空間をつくらせていただけます。私が表現しようとしている夜の影を、ライティングによって実現していただけそうで、私自身もたいへん楽しみにしています。

大東忍 例えば灯台になること 2025 映像
大東忍 不寝の夜 2025 キャンバスに木炭

すずえり(鈴木英倫子)

及川 第2期展(4月16日~5月18日)のすずえりさんは、ピアノや自作電子回路などを連動させたインスタレーションや即興演奏を手がけ、そこに物語性を見出す表現をしています。今展では、ハリウッド女優かつ発明家でもあったヘディ・ラマーの波乱に満ちた生涯にフォーカスしています。

すずえり

すずえり 日本の公募の多くは「若手支援」の名目を掲げ、年齢制限がかかっていますが、それではある一定の年齢を過ぎた作家は活動を続けることが難しくなってしまう。その点で、「shiseido art egg」には年齢の規定がなく、今回の大きな応募理由となりました。

 私はこれまで音や光を使った装置を制作してきましたが、今回の展示では、それらの装置をベースに、ヘディ・ラマーの生涯についてのリサーチを展開します。彼女の発明や、1人の女性の人生への共感を、装置を通じた「スペキュラティブ・パスト」として、現在から過去を再発明するような作品にしたいと考えています。資生堂ギャラリーの天井の高さや複雑な構造も含め、彼女が発明した通信技術を使いながら、装置の中に落とし込むつもりです。

 歴史ある資生堂ギャラリーで展示するということで、たくさんの人に観ていただける可能性があると思います。自分のような作品をつくる人間がいることを知ってもらうこと、そしてそこからまた次の機会へとつなげられたら、とてもうれしいです。

すずえり toypiano sokubaikai 2022
水道橋Ftarriでのパフォーマンス
撮影=砂田紗彩 共演=遠藤ふみ
すずえり Birds without Borders 2023
「The Process」Harvestworks, Govenors Island
モニター、自作基板、トイピアノ、光センサほか

平田尚也

伊藤 第3期展(5月28日~6月29日)の平田尚也さんは、デジタルテクノロジーが進展した今日において、身体性やアイデンティティを問う作品を制作しています。自分自身が経てきたVRなどのデジタル体験を踏まえつつ、ストレートにデジタルアートに取り組むというよりは、絵画や彫刻といった伝統的なアートとインターネット以降のアートの関係性を追求しようとするのが、平田作品の特質です。今展では、インターネット以降のアートをリアルの空間に、どうインスタレーションとして実現するかに挑戦しています。

平田尚也

平田尚也 「ここで展示をしてみたい」と常々憧れていた資生堂ギャラリーで、個展ができることとなって光栄です。展示をするときはいつも、その空間と作品が軸をもった構造として成り立っているか、 正しいと思える比率で配置されているかに気を配ります。今回も、資生堂ギャラリーという展示空間の中にちゃんとした構造をつくり上げられているかどうかを意識しながら、プランを詰めているところです。具体的には映像、平面、立体といろんなアウトプットのかたちによる作品が、あるテーマに沿って並ぶ構成になると思います。

 担当いただいているキュレーターの伊藤さんと密に話し合いながら、個展づくりは進んでいます。もちろん場所を与えてもらい、制作資金をいただき、設営のインストーラーを呼んでもらったりするのも心強いですが、自分としては展示や作品について議論ができたり意見をもらえたりすることが、何よりうれしい。学生時代を過ぎると、濃密な話ができる相手なんてなかなか見つからず、ひとりで考え続けるしかなかったりするものですから。「話し合える」というのが、最も大きいサポートだと実感しているところです。

平田尚也 十把一絡げ #1 (cap) 2023
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平田尚也 I hate that song 2024
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