2025.12.19

国立新美術館で「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」が開催。約400点を通じて森英恵のものづくりの全貌に迫る

東京・六本木にある国立新美術館で「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」が開催される。会期は2026年4月15日~7月6日。

「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」展示風景 島根県立石見美術館 撮影:小川真輝
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 東京・六本木にある国立新美術館で、アジア人で初めてパリ・オートクチュール正会員となり、日本のファッションを牽引した森英恵の没後初となる回顧展「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」が開催される。会期は2026年4月15日~7月6日。

 森英恵は、1950年代にキャリアを開始し、映画衣装の制作を通じて頭角を現すようになる。戦後の高度経済成長期の日本において、家庭を持ちながらデザイナーとして社会的にも大きな仕事を成し遂げる姿は、新しい女性像の先駆けとして注目されるようになった。そんななか、森が1961年に雑誌『装苑』にて新たに提唱したのが「ヴァイタル・タイプ」という人物像である。快活で努力を惜しまないその姿は、森のその後の生き方とも大きく重なるものであった。1965年にはニューヨークコレクションにデビューし、以降、晩年まで世界中で活動を続けた。

 本展は、全5章にエピローグを加えた構成で、オートクチュールのドレス、資料、初公開となる作品を含む約400点を通じて、森のものづくりの全貌を明らかにするものとなる。

 第1章「日本の森英恵 ヴァイタル・タイプ」では、森が1961年1月号の雑誌『装苑』で提唱した人物像「ヴァイタル・タイプ」に着目した内容となる。当時の取材記事を取り上げ、森自身が「アーティストであり、働く女性であり、妻であり母である」という新しい女性イメージを牽引する存在だったことや、洋服をつくることを通して創出していた様子をたどる。また、森自身がこの時期に中心的に取り組み、その後の活動を軌道に乗せる大きなきっかけとなった映画衣装の仕事についても紹介される。

森英恵《赤い花柄の男性用アロハシャツ(映画『狂った果実』衣装)》1956年 島根県立石見美術館 撮影:小川真輝
「ひよしや」開店の頃 1950年代半ば 撮影:石井幸之助 提供:森英恵事務所

 第2章「アメリカの森英恵」では、メトロポリタン美術館所蔵の作品が展示され、森のアメリカ時代の足跡に迫るものとなる。森は、1960年に訪れたパリ、ニューヨークに刺激を受けたことをきっかけに、日本の美意識について改めて知ろうと、日本美術・文学・そして日本の布地について自ら学び直した。このときの研究成果をもとに、1965年に森はニューヨークで初となるコレクション「MIYABIYAKA(雅やか)」を発表。「East Meets West(東と西の出会い)」と報じられて好評を得、同地の高級百貨店での取り扱いがはじまった。

 また、雑誌『ヴォーグ』の名編集長ダイアナ・ヴリーランドがその才能に気づき、色鮮やかで美しい日本の布を生かした優美な表現を世界中に伝えたことで、森のその後の活躍が決定づけられた。島根県立石見美術館所蔵の《イヴニングアンサンブル(ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス」)》 も写真家リチャード・アヴェドンによる撮影で『ヴォーグ』に大きく取り上げられ、アメリカ時代の森英恵の活躍を象徴する一作となっている。

森英恵《イヴニングアンサンブル(コート、ドレス)》1968年 ハナヱ・モリ 島根県立石見美術館 撮影:小川真輝
森英恵 《イヴニングアンサンブル (ジャンプスーツ、カフタン「菊のパジャマドレス」)》1966年 ハナヱ・モリ 島根県立石見美術館 撮影: 小川真輝

 第3章「ファッションの情報基盤を作る―出版・映像・表現の場作り」では、自社の成長とともに、新たな情報メディアを立ち上げることで、日本のファッションに関する発信力向上に大きく貢献したハナヱ・モリグループの事業に焦点が当てられる。

 森は、1966年、ファッションハウス森英恵で最新のファッション情報を紹介する媒体である『森英恵流行通信』を刊行しはじめたり、1976年に森の長男が編集長を務め、サブカルチャー誌へと発展する『STUDIO VOICE』の制作をはじめたりと、様々なメディアの立ち上げも行った。さらに1978年には表参道のランドマークとなったハナヱ・モリビルを完成させ、森のショーを開催するほか、ファッションに敏感な人々の交流の場をつくった。

ダイジェスト版「ファッション通信」2025年編集 提供:インファス・ドットコム
設計:丹下健三、撮影:村井修 ハナヱ・モリビル 1978年 画像提供:村井久美(村井修 写真アーカイヴス)

 第4章「フランスの森英恵 オートクチュール」では、「刺す」「織る」「たたむ・重ねる」「墨絵」「花」「白と黒」「お嫁さん」など、技法や素材に注目したテーマをもとに、1977年のデビューコレクションから、2004年のファイナルコレクションまでが網羅的に紹介される。1977年、パリ・オートクチュール組合の正会員となり作品発表を始めた森の、アジア人初の快挙に注目しながら、オートクチュールならではの素材や技巧をつくした作品づくりの様子が紹介される。

ハナヱ・モリ ファイナルオートクチュールコレクション 2004年7月7日 提供:森英恵事務所
森英恵《イヴニングアンサンブル (ジャケット、ブラウス、スカート)》1977年秋冬 ハナヱ・モリオートクチュール 撮影: 小川真輝

 第5章「森英恵とアーティストたち」では、森英恵のクリエイションの誕生の鍵となった、多くのアーティストたちとの協業に焦点を当てる。本章では、松本弘子(モデル)、奈良原一高(写真家)、田中一光(グラフィックデザイナー)、岡田茉莉子(女優)、黒柳徹子(女優)、横尾忠則(美術家、グラフィックデザイナー)、佐藤しのぶ(オペラ歌手)らとの交流について、アーティスト本人所蔵の森の衣装や作品、また資料を通じて紹介される。

奈良原一高《森英恵》提供:島根県立美術館 ©Narahara Ikko Archives
アートディレクション:横尾忠則『流行通信』No.195、1980年4月 株式会社流行通信 島根県立石見美術館

 エピローグでは、生前、森英恵の近くにいた家族や友人へのインタビューを通じて、多角的に森の素顔に迫る。映像作家・現代美術家の志村信裕による本展のための撮り下ろし映像が上映されるため、こちらも要注目だ。

森泉《エピローグ》より 2025年 志村信裕
森星《エピローグ》より 2025年 志村信裕