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2025.3.30

「アンゼルム・キーファー:ソラリス」開幕レポート。二条城で結びつく、キーファーと日本

京都の世界遺産・二条城でアンゼルム・キーファーのアジア最大規模の個展「アンゼルム・キーファー:ソラリス」が幕を開けた。会期は3月31日〜6月22日。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、《ラー》(2024)
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 今年80歳を迎えたアーティスト、アンゼルム・キーファー。そのアジア最大規模の個展「アンゼルム・キーファー:ソラリス」が、京都の二条城二の丸御殿台所・御清所と城内庭園で幕を開けた。主催は京都市とギャラリー「ファーガス・マカフリー」。ゲスト・キュレーターは南條史生。

 アンゼルム・キーファーは1945年、ドイツのドナウエッシンゲン生まれ。法律とロマンス諸語を学んだ後、フライブルクの美術学校とカールスルーエ芸術アカデミーで絵画を学んだ。70年代初頭にはデュッセルドルフでヨーゼフ・ボイスに非公式に学んでいる。初期の作家活動では、ヨーロッパ各地でナチ式敬礼をする⾃⾝の姿を撮影した写真シリーズ「占拠」など、ドイツの歴史上の記憶を揺り起こす作品群を発表。80年代からは、神話や宗教といった普遍的なテーマへと移⾏し、藁や鉛を素材に⽤いた物質感のある叙情的な⼤作を⼿がけてきた。

アンゼルム・キーファーと盟友である田中泯

 93年には日本で個展「アンゼルム・キーファー展 メランコリア―知の翼」を京都国⽴近代美術館セゾン美術館[東京]広島市現代美術館で開催。この展示の成功を経て、99年に高松宮殿下記念世界文化賞を絵画部門で受賞し、国際的な評価を確固たるものとした。近年では、2023年にヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリー映画『アンゼルム傷ついた世界の芸術家』が公開され、⼤きな話題を呼んだことは記憶に新しい。また今年はオランダのアムステルダム市立美術館とゴッホ美術館が共同で大規模個展「Anselm Kiefer - Sag mir wo die Blumen sind」を開催し、注目を集めている。

 そんなキーファーがなぜ、京都で個展を開催するのか? そのきっかけは、「ファーガス・マカフリー」オーナーのファーガス・マカフリーがキーファースタジオで見かけた1枚の絵画だったという。

 マカフリーがスタジオで見つけたのは、⻨畑の後ろに広がる豊かな⾦地と、遠近法的な奥⾏きを排した特徴的な構図の絵画。それが二条城二の丸御殿内を飾る狩野派の絵画を思わせるものだったことから、「⽇本の伝統的な紺碧障壁画を意識したのですか?」と尋ねたところ、キーファーの答えは「No」。しかしこのやりとりをきっかけに作家の興味が芽⽣え、やがて狩野派による絢爛豪華な障壁画が彩る⼆条城へと導かれることとなったという。

アンゼルム・キーファー

 昨年春にキーファーは二条城を訪れ、展覧会の構想はより具体化していった。なお今回、展覧会場には保税制度が適用されており、展覧会実現に大きく寄与している。屋外かつ世界遺産での保税適用は、日本国内で初めてのケースだ。

 新作や初公開作品を含む絵画・野外彫刻・ガラスケース作品・インスタレーションなど計33点が並ぶ本展。その一部を紹介したい。

展示風景より
展示風景より

 本展タイトルにある「ソラリス」とは、ラテン語で「太陽の」を意味する言葉。太陽は光によって地球にエネルギーをもたらす存在であり、あらゆる人間活動に欠かすことができないものであることは自明の理だ。そして人間が紡いできた歴史や宗教、神話などを扱うキーファーも、様々な作品に太陽のモチーフを用いてきた。

 それを証明するように、会場冒頭を飾る作品も太陽に関連している。前庭に展示された高さ9メートルを超える大作《ラー》(2019)だ。

 エジプトの太陽神の名前を冠するこの作品は、キーファーが、「人間の歴史を追うことができる質量を持った唯一の材料」と語る「鉛」でつくられている。パレットから生えた巨大な両翼は空に向かって大きく広がりを見せるが、飛翔することはなく地上に縛られている。

展示風景より、《ラー》(2019)

 台所に入ると目に飛び込んでくる大作。《オクタビオ・パスのために》(2024)と題された幅10メートルほどのこの作品は、本展のために制作された新作だ。

展示風景より、《オクタビオ・パスのために》(2024)

 キーファーが強い影響を受け続けているゴッホの作品を引き継ぎながらも、そこに描かれているのは焦土と化した原爆投下後の広島の大地の姿。画面中央には、フランシス・ベーコンが教皇の絵画で描いたような、叫び声を上げる苦悶の表情が読み取れる。また画面上部にはタイトルにもある詩人オクタビオ・パスによる詩「風、水、石」の一節が次のように引用されている。

一方は他方であり、そのどれでもない
空ろな名前のままで 過ぎ去り、消えていく

 この作品を見たキーファーの盟友・田中泯は、「何百年も前からそこにあるかのようだった」と語る。圧倒的な存在感の画面の前に立つと、その世界に飲み込まれるような感覚に陥るだろう。

レセプション時に披露された、田中泯と石原淋によるパフォーマンス

 《オクタビオ・パスのために》の隣にあるガラスケースの作品《月のきるかさの雫や落つらん》(2018-24)は、江戸末期の尼僧で歌人・大田垣蓮月の詩に着想を得たもの。巨大なケースの中にはキーファーのパレットが吊るされ、その下部には破損した絵画用の木枠と鉛の枕などが積み重なる。

展示風景より、手前が《月のきるかさの雫や落つらん》(2018-24)

 畳の間に広がる数えきれない麦の穂。《モーゲンソー計画》(2025)と題された本作は、第二次大戦中にドイツ出身のアメリカ合衆国財務長官のハンス・モーゲンソーが立案した、ドイツを農地化させる占領計画「モーゲンソー計画」を想起させる。敗戦と荒廃をイメージさせる風景でありながら、いっぽうでゴッホの《ヤマウヅラの麦畑》をも彷彿とさせる作品だ。

展示風景より、《モーゲンソー計画》(2025)
展示風景より、《モーゲンソー計画》(2025)の部分

 人類の記憶と苦難、そしてそこからの超克を圧倒的な作品によって伝えるキーファー。本展に並ぶ作品も同様であり、歴史や哲学、宗教などから取られた題材が象徴的に使われている。しかしゲスト・キュレーターの南條が語る通り、「それらをいかに読むかは鑑賞者に開かれている」のだ。

展示風景より、《オーロラ》(2019-22)
展示風景より、左から《アンゼルムここにありき》(2024)、《ライン川》(2024)
展示風景より、《谷間に眠る男》(2013)
展示風景より、《ダナエ》(2018-24)