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2025.9.4

特別展「舟と人類―アジア・オセアニアの海の暮らし」(国立民族学博物館)開幕レポート

国立民族学博物館で、特別展「舟と人類―アジア・オセアニアの海の暮らし」がスタートした。会期は12月9日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

第4章「南洋圏の舟」展示風景より
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 大阪・万博記念公園内にある国立民族学博物館で、特別展「舟と人類―アジア・オセアニアの海の暮らし」がスタートした。本展実行委員長は小野林太郎(国立民族学博物館学術資源研究開発センター・教授)。

 長い人類史において、舟が登場したのはいつ頃か? その出現と本格的な利用は、ホモ・サピエンス以降に始まったことだとされている。本展では、同館が所蔵してきたアジアやオセアニアの海域世界における多様な舟や関連資料を全11章にわたって紹介。人類学/考古学的な視点を踏まえながら、人々の移動や暮らしの文化について焦点を当てるものとなっている。

展示風景より

 ヒトが海を渡った最古の痕跡は、インドネシアの原人にまで遡るという。その人々によって初めて生み出された舟とはいったいどのようなものだったのか? 第1章「古代から受け継がれてきた舟たち」では、舟の原型とも言える筏(いかだ)や葦舟、丸木舟、牛皮舟を紹介している。地域によって異なる素材を用いられている点にも注目だ。

 また、ここでは2016から19年にかけて国立科学博物館で実施された「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」についても取り上げている。我々の祖先であるホモ・サピエンスがどのような舟を用いて琉球の島々に至ることができたのかを検証したものとなる。

第1章「古代から受け継がれてきた舟たち」展示風景より
第1章「古代から受け継がれてきた舟たち」展示風景より

 舟による移動はインドネシアの原人に始まり、その技術とともに様々な場所へと展開されていった。第2章「日本における古代の舟」では、日本の弥生・古墳時代頃に登場し、活用されてきた「準構造船」について、考古資料として出土した埴輪や板材を用いてその構造を読み解いていくことを試みる。

第2章「日本における古代の舟」展示風景より
第2章「日本における古代の舟」展示風景より

 人類史上初めてベーリング海を越えてアメリカ大陸にやってきたホモ・サピエンス。その際に必須であった道具のひとつがカヌーであり、またそれは、北方圏での漁撈(ぎょろう)や狩猟にも活用されたという。第3章「北方圏の舟」では、アメリカ大陸にわたったのちに様々な形状へと進化を遂げた舟の数々を紹介している。樹皮やアザラシの皮といった舟の素材にも注目だ。

第3章「北方圏の舟」展示風景より

 本展でもメインとなるのは、特別展示室1階の中央大部分を占める第4章「南洋圏の舟」だ。ホモ・サピエンスが移住・生活をもっとも活発に行っていたのがこの南洋圏だという。ここでは、オセアニアや東南アジア海域への移動を支え、現在も使用されているアウトリガー式(*)の多様な世界を紹介している。とくに中央に設置されている3つの舟は、本展のために帆が貼られた状態での展示となり、舟本体や装飾の仕様にも様々な文化圏の特色が見受けられるという。ぜひ比較してみてほしい。

第4章「南洋圏の舟」展示風景より、中央はパプアニューギニアのマッシム地域で行われているクラ交易のためのカヌーで、貝を用いた美しい装飾にも注目。大きな帆は、同地に植生を持つ葉が用いられている
第4章「南洋圏の舟」展示風景より、サマ・バジャウ民族の家船(半分)
第4章「南洋圏の舟」展示風景より、長編記録映画『チェチェメニ号の冒険』に登場したチェチェメニ号。これは、ミクロネシアを出発し、約3000メートルの公開を経て「沖縄国際海洋博覧会」に到着するといった記録映像で、今年はその航海プロジェクトから50周年にあたる

 また、第5章「日本の舟とその世界」では、同館に数多く所蔵される和船の資料から4つを厳選して紹介している。とくに新潟県の「たらい舟」は、本来異なる用途を持つ日用品が舟として転用されているユニークな事例とも言えるだろう。

第5章「日本の舟とその世界」展示風景より
第5章「日本の舟とその世界」展示風景より、新潟県の「たらい舟」

*──舟を安定させるために本体横に取り付けられる浮力体。

 特別展示室2階からは、舟の道具や模型、そのほか交易や信仰などといった周辺の資料から、舟と人の関係性を探るようなテーマが展開されている。第6章「舟を造る・飾る」では、アジア・オセアニアで使用されてきた造船のための道具を、また、第7章「模型にみる舟の多様な世界」では同地域のカヌー模型が展示されている。漁で使用されるのか、はたまた戦闘用に使用されるのかなどで形態が大きく異なる点にも注目だ。

第6章「舟を造る・飾る」展示風景より
第7章「模型にみる舟の多様な世界」展示風景より
第7章「模型にみる舟の多様な世界」展示風景より

 第8章「漕ぐ・踊る──多様な櫂たち」では、舟を漕ぐための櫂(オール、パドル)のなかから、とくに装飾性の強いユニークなデザイン性を持つものをピックアップしている。実用されている櫂に関しては、各章の舟の横に設置されているため、そちらと比べてみてみるのもおもしろいだろう。

 さらに、この章ではユニバーサル展示として、舟にまつわる道具や素材に触ることができるコーナーも用意されている。

第8章「漕ぐ・踊る──多様な櫂たち」展示風景より
第8章「漕ぐ・踊る──多様な櫂たち」展示風景より、ユニバーサル展示「触れるコーナー」

 第9章「漁撈と舟──漁具にみる機能と造形美」では、漁に用いられてきた道具とその造形美に、そして第10章「交易と舟──島じまをまわる宝たち」では、貝製品や土器、樹皮布などといった、海上交易によってもたらされた文化の交換について、その品々や映像を用いながら焦点を当てている。

第9章「漁撈と舟──漁具にみる機能と造形美」展示風景より
第9章「漁撈と舟──漁具にみる機能と造形美」展示風景より
第10章「交易と舟──島じまをまわる宝たち」展示風景より

 あの世とこの世を行き来することは、舟旅にもなぞらえられてきた。本展の最終章となる「あの世とこの世をつなぐ舟」では、霊舟や精霊舟のような信仰としての舟のすがたを取り上げるほか、各地域の遺跡などで描かれてきた舟のモチーフなどを実物やパネル写真とともに紹介されている。

第11章「あの世とこの世をつなぐ舟」展示風景より
第11章「あの世とこの世をつなぐ舟」展示風景より

 舟の誕生そしてその発展は、人類に「移動」の手段をもたらし、様々な地域における人々の暮らしや交流を盛んにしてきた。展覧会を通じて、その影響の大きさから、「舟をつくる」「舟を動かす」などの行為における、人々が積み上げてきた数々の工夫にも触れることができるだろう。

展示風景より