2025.9.11

「諏訪敦|きみはうつくしい」(WHAT MUSEUM)開幕レポート。新作に至る過程をたどる旅路へ

現代日本の絵画におけるリアリズムを牽引する画家・諏訪敦の3年ぶりとなる大規模個展「諏訪敦|きみはうつくしい」が、東京・天王洲のWHAT MUSEUMで始まった。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長))

展示風景より、中央が《汀にて》(2025)
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 寺田倉庫が運営する「WHAT MUSEUM(ワットミュージアム)」で、画家・諏訪敦にとって約3年ぶりとなる大規模個展「諏訪敦|きみはうつくしい」が開幕を迎えた。会期は2026年3月1日まで。

 諏訪敦は1967年北海道生まれ。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻油絵コース修了。94年に文化庁芸術家派遣在外研修員としてスペインに滞在。翌95年にスペインの第5回バルセロ財団主催 国際絵画コンクールで大賞受賞。2018年より武蔵野美術大学造形学部油絵学科教授。主な展覧会に「諏訪敦絵画作品展 どうせなにもみえない」(諏訪市美術館、2011)、「諏訪敦 HARBIN 1945 WINTER」(成山画廊、2016)、「諏訪敦 眼窩裏の火事」(府中市美術館、2022)などがある。

 本展は、約80点を展示することで諏訪の現在に至るまでの制作活動の変遷を多角的に紹介するもの。うち約30点は、本展のために制作した静物画をはじめとする初公開作品となっている。展示構成はキュレーターの宮本武典が担う。

 展示は、2011年の個展タイトルでもある「どうせなにもみえない」から始まる。このスペースは、花や豆腐などの脆いモチーフ、あるいは死を感じさせる人間の肉体など、「諏訪のパブリック・イメージ」に当てはまるような作品が並ぶ、入門編のような空間として構成された。「どうせなにもみえない」という印象的なタイトルは、「どれだけ写実的であろうとその内部を描くことはできない」という矛盾を抱える諏訪の制作姿勢を端的に表すものだ。

展示風景より
展示風景より、《どうせなにもみえない Ver4.5》(2012)

 展示は諏訪の作品を扱う成山画廊のオーナー・成山明光を描いた「なかだつ人」を経て、故人を描いた作品が並ぶ「喪失を描く」へとつながる。ここでは固有名詞を持って生きた人々をどう描くのかというリアリズムへの挑戦が見出せるだろう。

 2024年12月に母を看取った諏訪。スペース3の「横たえる」に並ぶ作品は、すべて諏訪自身の家族を描いたものだ。とくに母親を描いた作品からは、人物画と静物画の狭間での揺らぎが感じ取れるだろう。またスペース4の「語り出さないのか」では、「食物穀物起源神話」(ハイヌウェレ型神話とも呼ばれ、殺された女神の身体から作物が生まれるという神話が世界各地に見られる)に関連するモチーフとして頭蓋骨や草花のほか、豆腐、蚕などがステンレスのワゴンに並べられ、周囲の壁面にはそれを描いた絵画が並ぶ。静物=死というイメージを生へと転換させる諏訪の探究が垣間見える。

展示風景より、《mother / 23 DEC 2024 死者はいつも似ている》(2024)、《mother / 16 DEC 2024》(2024)
展示風景より
展示風景より、「語り出さないのか」
展示風景より、《家蚕図》(2025)

 本展の中心となるのが「汀(みぎわ)にて」だ。新作である《汀にて》(2025)は、新型コロナウイルス感染拡大により、モデルを使った対面の制作ができなくなった諏訪が、家族を介護しながら自宅アトリエで進めてきた静物画研究の集大成。

展示風景より、《汀にて》(2025)

 コロナ禍以降「人間を描きたいという気持ちを失ってしまった」という諏訪。本作は、アトリエで見出した材料(古い骨格標本、プラスター、外壁充填材など)でブリコラージュした人型(ひとがた)がモチーフとなった大型絵画だ。会場では、この絵画、モチーフとなった人型、そして制作途中を記録した素描もあわせてインスタレーションのように展示された。静物でも人物でもない、文字通りの「汀」にあるものであり、これまでの諏訪にとっても挑戦的ものとなった。

 代表的な諏訪の作品から故人の肖像画、家族、そして静物をたどるこの展覧会全体が、《汀にて》の制作背景をめぐるヒントになっているとも言える構造だ。

展示風景より、中央は《汀にて(Bricolage)》(2025)

 なお本展では、芥川賞作家の藤野可織が、静物画の制作に没頭する諏訪のアトリエを度々訪問し、その絵の印象をもとに掌編小説を書き下ろし。小説はハンドアウトに印刷して本展の来場者に配布される。こちらも会場とともにじっくり目を通してほしい。