2025.9.26

「岡山芸術交流2025」の見どころは? 「青豆の公園」でつながる非日常と日常

岡山市内を会場に3年に1度開催されている国際現代美術展「岡山芸術交流」。「青豆の公園」(The Parks of Aomame)をテーマに、「岡山芸術交流 2025」が開幕を迎えた。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

フィリップ・パレーノ メンブレン 2024 Courtesy of the artist ©2025 岡山芸術交流実行委員会 撮影=市川靖史
前へ
次へ

 2016年のスタート以来、岡山市中心部の岡山城・岡山後楽園周辺エリアで3年に一度開催されている国際現代美術展「岡山芸術交流」。その4回目となる「岡山芸術交流2025」(9月26日~11月24日、52日間)が幕を開けた。総合プロデューサーは石川康晴、総合ディレクターは那須太郎。

 国際的に活躍しているアーティストたちがアーティスティック・ディレクター(AD)を務めることが大きな特徴となっている岡山芸術交流。過去3回のADを務めたリアム・ギリック、ピエール・ユイグ、リクリット・ティラヴァーニャに続き、今年はパリを拠点に国際的に活動するフィリップ・パレーノがその役割を担う。

 今回、パレーノが設定したタイトルは「青豆の公園」(The Parks of Aomame)。村上春樹の長編小説『1Q84』に登場する主人公「青豆」に触発されたもので、同作のストーリーのように、非日常と日常がシームレスにつながるような構成が目指された。テーマが異なる会場(公園)ごとに多様な作品が展開されており、公園のようにすべてが無料で体験できる。

 パレーノは開幕に際し、「小説のなかで現実世界と精神世界をナビゲートする青豆のように、市民の方々には2つの世界の間を漂流し、自由に楽しんでもらいたい」と語っている。

旧内山下小学校(校庭・プール)

 今回の会場でもっとも広大な旧内山下小学校(校庭・プール)。ここには大作が揃う。なかでも存在感を放つのが、フィリップ・パレーノが俳優・石田ゆり子と共作した《メンブレン》だ。本作はコンクリート、鉄、ガラス、ケーブルで構成された巨大なサイバネティック・クワー。このタワーは学習型AI とセンサー・ネットワークを搭載しており、温度、湿度、風速、駿音レベル、大気汚染、地殻振動などの環境データを収集。内部プログラムを通じて周囲の状況を知覚し、合理的に解釈する。パレーノが開発した独自の言語を介してコミュニケーションを行うことが可能で、その音声には石田ゆり子の声が使われた。

展示風景より、フィリップ・パレーノ 石田ゆり子《メンブレン》

 藤本壮介の《オープンサークル》は、アーティスト、ティノ・セーガルのためにつくられたプラットフォーム。白く薄い布を、高さの異なる9本の細い柱が支える極めてシンプルな構造。そこで行われるセーガルのパフォーマンスと周囲の環境、そこに集う人々との新たな関係を構築する見事な設計だ。

 日本を代表するコンセプチュアル・アーティストの島袋道浩。プールを舞台とした《魔法の水》は、島袋が13年前にその存在を知って以来魅了されてきたという岡山理科大学の山本准教授とその研究チームが開発した「好適環境水」を使った作品。海水に棲む生き物と淡水魚の共生が可能となるこの水を題材に、世界が必要としている平和的共存の可能性についての考察をもたらす。

展示風景より、島袋道浩《魔法の水》

 日本のヒップホップアーティスト・Awich とフィリップ・バレ—ノ、2人の声が生成的なモジュラードローンの変化する音の上で交錯しながら展開していくサウンドウォーク・コレクティヴの《レナンシエーション・オブ・タイム》にも耳をすませたい。

展示風景より、サウンドウォーク・コレクティヴ with Awich & フィリップ・バレ—ノ《レナンシエーション・オブ・タイム》

丸の内ハウス

 今年4月に開館した新たなアートスポット「ラビットホール」。ここに隣接する丸の内ハウスでは、彫刻、映像、写真、インスタレーションを横断するマリー・アンジェレッティが作品を展開。上階にある4つの隣接する部屋に1つずつ設置されたのは、ニューヨークのスタジオで制作中の4つの彫刻の様子をライブ配信する4面のビデオ・プロジェクション。それぞれの彫刻は大規模なシングルチャンネルの映像として投影され、「そこにあるが、そこにはない」状況をつくりだす。

マリー・アンジェレッティ《転回》

岡山シンフォニービル(渡辺栄文堂北側)

 フランス系モロッコ人のクリエイティブディレクター、デザイナー、起業家、パブリッシャーであるラムダン・トゥアミは、岡山市民に完全に開かれた公共ラジオ局《オカヤマ・トリエンナーレ ・ラジオ》を立ち上げた。会期中はバスやタクシーの運転手、学生や教師、市の職員、バーやレストランのオーナー、清掃員、商店主、そしてあらゆる世代・職業の市民たちにマイクを託し、彼ら自身の声で物語が語られるという壮大なオーディオプロジェクトだ。

オカヤマ・トリエンナーレ ・ラジオ

岡山神社

 ミレ・リーはキネティックな彫刻インスタレーションで知られるアーティスト。今回リーが制作したのは、岡山神社の拝殿におけるサイトスペシフィックな新作《無題》。役目を終え、もはや神聖さを失ったと見なされる産業廃棄物を用いている。マンガ家・駕籠真太郎の『パラノイアストリート』や塚本晋也監督作品の映画映画『鉄男』の人間的感性に触発され、廃棄物に再び命を吹き込んだ。

ミレ・リー《無題》

表町商店街(雷電館1F)

 前回の岡山芸術交流にも参加したナイジェリア系アメリカ人の詩人でありアーティスト、プレシャス・オコヨモン。オフィス風の部屋を舞台とした《実存探偵社(岡山)》は、週末に白衣を着た「実存探偵」がこの空間に常駐し、来訪者と対話を行いながら夢や記憶、隠れた感情について問いかけるというものだ。なお壁紙のパターンもオコヨモン自身のドローイングで構成されており、その図像にも注目してほしい。

プレシャス・オコヨモン《実存探偵社(岡山)》

表町商店街(第2サカエ町ビル1F)

 今年5月の岡山視察を経て制作されたアレクサンドル・コンジの《無題(GO)》。空き店舗に設置された本作は、黒と白、2つの回転する円形プラットフォームによって構成されている。これらは本来、狭い場所で車を移動・駐車させるため、あるいは商業空間で商品を陳列するために使われる装置として設計されたものだが、ここではその機能を剥ぎ取られ、空間に力強い存在感と動きを放つ。

岡山専門店会館

 現代を代表するキュレーターのひとりである、ハンス・ウルリッヒ・オブリスト。本展では、オブリストが構築してきた様々な人物たちとの4000時間以上にわたるアーカイヴから、磯崎新、野又穫、オノ・ヨーコ、塩見允枝子、吉増剛造といった日本の文化的巨匠たちとの歴史的インタビューを特集。パレーノが構想した教会のような空間で上映プログラムとして公開される。

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト《終わりなき対話》

表町シェルター&表町アルバビル

 《今、この疾走を見よ》は、アンガラッド・ウィリアムズが執筆・パフォーマンスを行う実験的な詩的散文による6部構成、40分の映像作品。物語は断片的であり、監獄回想録、シューレレアリスティックなロマンス、終末的な風景といった異なるモードのあいだを揺れ動く。

 現代のエレクトロニック・ミュージック界でもっとも先見的なアーティストのひとりであるアルカ。表町商店街の雑居ビルにある廃墟のようなスペース。真っ赤なカーペットの中に設置されるのはマグネティック・レゾネーター・ピアノ(MRP、電子的に拡張され、弦から新たな響きを引き出し、幾重にも重なるクンッシェンドやハーモニーで振動を誘発する楽器)を使った《トランスフィクション》だ。MRPは会期中、アルカ自身のオリジナル楽曲を一日中演奏。AIが、アルカの個々の鍵盤タッチを学習し、会期のあいだ絶えず変化し続ける演奏を可能にする。

アルカ《トランスフィクション》

西川緑道公園

 映画音楽の世界で活躍するニコラ・ベッカーは、遠藤麻衣子と制作した新作《カカシ》を西川緑道公園の水辺に展示。岡山県内の鳥、絶滅した鳥など様々な鳥の声を流すことで、周囲の鳥たちとの対話を試みる。鳥を追い払うというカカシの伝統的な意味から脱却し、新たなカカシ像を提示するものだ。

ニコラ・ベッカー and 遠藤麻衣子《カカシ》

旧西川橋交番

 使われなくなった旧交番を会場とするのは、フランスのアーティスト、シプリアン・ガイヤール。自身のアーカイヴからのポラロイド写真、コラージュ、ゼラチン・シルバープリント、江戸後期に制作された異国人を描いた木版画を用いて、ここをごく個人的な空間へと変容させた。また岡山市から提供された、樹木に付けられていた多数の樹木板を集めて旧交番に保管・展示することで、ラテン語と日本語の両方でのラベリングから解放する試みも見られる。

旧西川橋交番
シプリアン・ガイヤール《木々が名を持たぬ場所》

市内各所

 ニューヨークとロンドンを拠点とするメディア企業であり、その創設以来、文学の美学、流通、目的といった従来の枠組みに挑戦し続けてきたlsolarii。今回、シモーヌ・ヴェイユが1933年から1943年の死の直前まで書き続けた全ノートから初めて編まれるアンソロジ一『脱創造』が製作され、市内各所で無料配布される。この特別版にはパレーノによる序文がカバー裏に印刷されており、本展の核をなすものとして位置付けられる。

lsolariiによる『脱創造』

 ポーラ美術館での個展開催で注目を集めるライアン・ガンダーは、《The Find(発見)》として3種類のデザインを施した約2万枚ものコインを公共の場で無償で配布。3種類のコインはそれぞれ「一時停止と行動」「一緒とひとり」「話すと聞く」というテーマに基づいており、「お金」そのものではなく「時間」や「注意」の価値を思い起こさせる存在であると同時に、選択や自発性を助ける意思決定のツールとして機能するようデザインされている。

 なおこのコインをフィーチャーしたティーザー広告キャンペーンがアーティスト自身のデザインによって制作され、ポスターやバナー、ステッカーとして街中に溶け込んでいる。

ライアン・ガンダー The Find(発見)2023 
Courtesy of the artist ©2025 岡山芸術交流実行委員会 撮影=市川靖史
本作はファクトリー・インターナショナルがマンチェスター・インターナショナル・フェスティバルのために制作を委嘱した作品
道端でも様々なティーザー広告キャンペーンを見つけることができる

 またアメリカのプロダクションデザイナー、ジェームス・チンランドは岡山市内の路線バスの車体下部にカラフルなLEDライトを取り付けるプロジェクト《レインボーバスライン》を展開。バスが街を走り抜けるたびに、人々に「何かが起きている」というサインを送り、好奇心を刺激し、街を探検させることを目的としている。

ジェームズ・チンランド レインボーバスライン 2025
Courtesy of the artist ©2025 岡山芸術交流実行委員会 撮影=市川靖史

 芸術祭といえば巨大でサイトスペシフィックな作品がつきものだが、今回の岡山芸術交流ではそのような作品は数少ない。むしろ、パレーノが言うように「2つの世界の間」をブリッジさせ、市民に微かな違和感を与えようとする作品こそが主役といえる。それは上述のライアン・ガンダーやジェームス・チンランドの実践からもよくわかるだろう。市内に惑星のように散らばる作品をめぐり、それぞれが異なる銀河をかたちづくってほしい。