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2026.1.27

「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」(東京都美術館)開幕レポート。スウェーデンの画家たちはいかにしてアイデンティティを見つけたのか

東京・上野の東京都美術館で、東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」が開幕した。会期は4月12日まで。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、エウシェーン王子《静かな湖面》(1901)
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 東京・上野の東京都美術館で、東京都美術館開館100周年記念「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」が開幕した。会期は4月12日まで。会場の様子をレポートする。担当は同館学芸員の中江花菜。

展示風景より、ブリューノ・リリエフォッシュ《そり遊び》(1882)

 本展は、19世紀〜20世紀にかけてのスウェーデン美術黄金期の絵画を紹介する展覧会だ。1880年頃からフランスで学んだスウェーデンの若い世代の芸術家たちは、写実主義の影響を受け、人間や自然をありのままに表現する表現へと向かった。彼らは帰国後、自然や身近な人々、日常のなかの光景を主題に、スウェーデン独自の芸術の創造を目指した。本展ではスウェーデン国立美術館の協力のもと、この時代のスウェーデンの画家たちの足跡をたどるものだ。

展示風景より、リッカッド・バリ《ヴァールバリの要塞》(1890年代)

 会場は6章構成で、基本的には時代の流れに沿うかたちで展示が行われている。第1章「スウェーデン近代絵画の夜明け」では、フランスやドイツの美術の影響を受けていた19世紀なかばまでのスウェーデン絵画を紹介する。

展示風景より、ニルス・ブロメール《草原の妖精たち》(1850)

 19世紀なかば頃までにスウェーデン独自の絵画の確立を目指したニルス・ブロメール(1816〜1853)は、北欧の神話や民間伝承を主題とした最初の画家とされている。いっぽうで19世紀後半に入ると、スウェーデン人の「心のふるさと」であるターフブ地方の夏至祭など、庶民の日常生活や祭祀をテーマにえがいたキーリアン・ソル(1818〜1860)や、スウェーデンの中部の湖水地方を題材にしたエードヴァッド・バリ(1828〜1880)といった画家によって、スウェーデンらしい生活や風土が題材とされていく。

展示風景より、キーリアン・ソル《レットヴィックの夏至祭の踊り》(1852頃)
展示風景より、エードヴァッド・バリ《夏の風景》(1873)

 第2章「パリをめざして フランス近代絵画との出合い」では、パリで近代絵画を学び、やがて母国の美術を変えていく新たな世代だった画家たちを紹介。

 1870年代後半から、スウェーデンの多くの若い画家たちは、新しい表現や価値観と指導を求めて、フランス・パリへ向かった。当時のパリは印象派が花開いた時代だったが、ほかの外国人画家とは異なり、スウェーデンの画家たちは意外にも一部を除いてその影響を大きくは受けなかった。むしろ、スウェーデン画家を魅了したのは人間や自然の姿をそのまま写し取ろうとする自然主義や写実主義で、バルビゾン派のジュール・バスティアン=ルパージュやジュール・ブルトンらの作品を好んだという。

展示風景より、アーンシュト・ヨーセフソン《村人たちの噂話》(1886)

 この傾向は顕著で、例えばフランスで絵画を学んだ画家の先駆けであるヒューゴ・サルムソン(1843〜1894)は、ジャン=フランソワ・ミレーやバスティアン=ルパージュの影響を受け、労働にいそしむ農民たちを描いている。また、エリーサベット・ヴァーリング(1858〜1915)やアーンシュト・ヨーセフソン(1851〜1906)は、フランスで学んだ色彩や光の表現を巧みに作品に取り入れた。

展示風景より、ヒューゴ・サルムソン《落穂拾いの少女》(1880年代初頭)
展示風景より、アーンシュト・ヨーセフソン《少年と手押し車》(1880)

 いっぽうでカール=フレードリック・ヒル(1849〜1911)のように、印象派の影響を強く受けた画家も存在し、《花咲くリンゴの木》(1877)の枝ぶりを描く荒々しいタッチや、複雑な光の表現などは、印象派からの強い影響が認められる。

展示風景より、カール=フレードリック・ヒル《花咲くリンゴの木》(1877)

 第3章「グレ=シュル=ロワンの芸術家村」では、黒田清輝や浅井忠も滞在した、パリ郊外にあるグレ=シュル=ロワンの芸術家村で、村人の日常を戸外制作によって描いた画家たちの作品を紹介。

展示風景より、カール・ノードシュトゥルム《グレ=シュル=ロワン》(1885-86)

 スウェーデン絵画の黄金期を代表する画家、カール・ノードシュトゥルム(1855〜1923)は、この村の素朴な風景に魅了された。また、その誘いを受けて、カール・ラーション(1853〜1919)もグレ=シュル=ロワンを訪れ、光にあふれた風景画を志向するようになった。

展示風景より、カール・ラーション《《ロココ》のための習作》(1888)

 第4章「日常のかがやき“スウェーデンらしい”暮らしのなかで」は、フランスで制作をしていたスウェーデン画家たちが帰国したのちに、自国のアイデンティティを活かした絵画を模索する様をたどる。

 帰国した多くのスウェーデン画家たちは、家族との生活や、制作仲間の姿など、日常的な光景を描くようになる。前述したラーションは、スウェーデンらしい暮らしのイメージをかたちづくった代表的な作家だ。例えば《カードゲームの支度》(1901)は、カードゲームをするために村の仲間を招く際、ラーションの妻や子供たちが酒や茶を用意するダイニングの様子が温かみのある色彩で描かれている。

展示風景より、カール・ラーション《カードゲームの支度》(1901)

 いっぽうで、こうした日常の風景だけでなく、内面の世界や北欧の神話を表現した画家たちもいた。第5章「現実のかなたへ 見えない世界を描く」ではこした作品が紹介されている。

 アウグスト・マルムストゥルム(1829〜1901)は北欧の歴史や伝説、神話をテーマとした作品を制作しており、勇士フリッティオフの冒険とインゲボリ姫との恋を描く北欧の伝説のひとつ『フリッティオフ物語』を題材にした連作を描いた。

展示風景より、左からアウグスト・マルムストゥルム《インゲボリの嘆き(エサイアス・テグネール『フリッティオフ物語」より)》(1887頃)、《フリッティオフの帰還(エサイアス・テグネール「フリッティオフ物語」より)》(1880年代)

 また、グスタヴ・アンカルクローナ(1869〜1933)は、北欧ならではの自然風景に、歴史的なロマンを感じさせるモチーフを組み合わせた作品を描いている。緯度の高い北欧らしい、日没後と夜明け前に長く続く、空が青みがかった時間を表現した《太古の時代》(1897)などはその典型だ。

展示風景より、グスタヴ・アンカルクローナ《太古の時代》(1897)

 最後となる第6章「自然とともに 新たなスウェーデン絵画の創造」は、本展の白眉となる章だ。本章では1890年代以降、スウェーデンの風景画は新たな展開を迎え、森、湖、山岳、岩礁の海岸線、雪の大地など、スウェーデンらしい自然の風景が改めて「発見」された時代の作品を紹介している。

展示風景より、ゴットフリード・カルステーニウス《群島の日没》(1907)

 スウェーデン中西部のラッケン湖畔に定住し、同地の冬の情景を描いたグスタヴ・フィエースタード(1868〜1948)。《冬の月明かり》(1895)は月に照らされる冷たくも柔らかい雪の表情や、針葉樹のグラフィカルな枝ぶりの表現など、寒さのなかにどこか親しみを感じられる作品だ。

展示風景より、グスタヴ・フィエースタード《冬の月明かり》(1895)

 国王オスカル2世の末子であるエウシェーン王子が、スウェーデン絵画の黄金期を代表する風景画家だったことも、国のアイデンティティと風景がいかに強く結びついていたのかを物語っている。《静かな湖面》(1901)は、夏の北欧のいつまでも沈みきらない日の光のつくり出す空気感が詩情豊かに表現されている。

展示風景より、エウシェーン王子《静かな湖面》(1901)

 写実的なだけではない風景表現も、20世紀になると行われるようになる。カール・ノードシュトゥルムはこの時代になると、鮮やかな色彩と太く強い輪郭線によってスウェーデンの風景を表すようになる。力強く立体的な岩礁と複雑な色の空の光が、情緒をこめて表現された《チルケスンド》(1911)のような作品は、本展で見てきたスウェーデン絵画の変遷のひとつの結実といえるだろう。

展示風景より、カール・ノードシュトゥルム《チルケスンド》(1911)

「北欧の神秘─ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」SOMPO美術館、2024)や 「スウェーデン国立美術館 素描コレクション展―ルネサンスからバロックまで」国立西洋美術館、2025)など、近世から近代にかけての北欧絵画に注目が集まる昨今。安直なフランスからの影響ではなく、自国のアイデンティティと結びついた作品を、とくに風景と結びつけながら表現しようとしたスウェーデンの画家たち。その功績を、豊富な作品群でたどることができる展覧会といえるだろう。