2026.5.7

コシノヒロコ、絵画創作の原点。安藤忠雄設計の「KHギャラリー芦屋」を訪ねて

コレクション作品約200点、絵画約130点を含む過去最大規模の個展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」を控えるコシノヒロコ。その創作の核にある「絵画」の原点をたどるべく、安藤忠雄設計による元自邸、KHギャラリー芦屋を訪ねた。

文=橋爪勇介(編集部) 写真提供=KHギャラリー芦屋

ギャラリーに立つコシノヒロコ
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安藤忠雄と建てた元自邸

 兵庫県芦屋市、閑静な住宅が軒を連ねる山の頂にひっそりと現れるコンクリートの建築。それが1981年に竣工したコシノヒロコの元自邸そのままに、現在はギャラリーとして公開されている「KHギャラリー芦屋」だ。建築設計を担ったのは、コシノとも親交が深い安藤忠雄。安藤のキャリアにおいても比較的初期の作品であり、周囲の環境に溶け込むように設計された空間は、光と影、直線と曲線が緊張関係を保ちながら共存する、安藤建築の本質を体現している。

KHギャラリー外観 撮影=筆者

 コシノはこの家を建てた理由について、「自分のスタイルを確立するために、環境そのものをつくる必要があった」と語る。この建築が生まれる時期は、コシノが海外にも活躍の幅を広げていくタイミングと重なる。そうした状況のなかで、日本の美の源泉である四季を身体的に感じ取ることが不可欠だったという。そのために選んだのが、自然をもっとも身近に感じられる山の上という立地だった。

 2013年からこの場所はKHギャラリーとして運営され、現在は2600点を超える作品のなかから、季節やテーマに応じた展示が行われている。ファッションデザイナーとしての活動と並行しながら積み重ねられてきた絵画作品は、この場所においてひとつの体系として立ち上がる。

左にかかるのは《幸せの青い鳥》(2013、株式会社ボンマックス所蔵)。金色の山々のあいだを自由に飛翔する鳥たちの姿を通して、コシノヒロコの創作の原点である日本文化の伝統と美意識を体現した代表的作品

絵画はファッションのようなもの

 KHギャラリーに並ぶ様々な作品のなかでも、とくに印象的だったのが、大空間の壁面に並ぶ72.8センチ四方の絵画群「3COLORS」シリーズ(2024)だ。各作品は基本的に3色という制約のもとで構成され、色彩そのものが主役として際立つ。色と色は対立し、調和し、あるいは緊張関係を生み出す。これらは「閃きの具現化」を鍛えるためのトレーニングとして描かれたというが、その反復のなかで色彩の精度は極限まで研ぎ澄まされている。

KHギャラリー内部。左側が「3COLORS」シリーズ(2024)
1984年に増築された円弧の壁を持つ棟

 また、円弧状の壁とスリット状の開口が特徴的な元寝室は、自然光のみで作品が鑑賞できる場所。時間帯によって移ろう光が絵画の表情を変え、空間全体がまるでひとつのインスタレーションのようだ。

 コシノにとって絵画とは何か。それは固定されたスタイルを追求するものではない。「そのときの環境や精神状態によって変わる、ファッションのようなもの」と語るように、コシノの絵画とファッションは分かちがたく結びついている。実際、作品には過去のコレクションで使用した衣装の端切れが用いられることもある。それは「洋服を絵画として永遠に残したい」という意志の表れであり、素材と表現の往還が彼女の創作を支えている。

公開されていないアトリエには多くの作品が展示・保管されていた
アトリエにある多種多様な画材はコシノヒロコの表現の幅広さを物語る

 幼少期から続く描画体験もその根底にある。3歳の頃、歌舞伎の舞台を観て、アスファルトに蝋石で絵を描いていた記憶。あるいは母に買ってもらった48色のパステル。そして日本の古典文化に触れてきた経験は、現在の表現にも通底している。

 「ファッションは生き方そのもの」。そう語るコシノにとって、デザインとはたんなる造形ではなく、時代との応答であり、思考の軌跡でもある。テキスタイルから発想し、そこから衣服のかたちを導き出すプロセスもまた、彼女の創作哲学を象徴している。

次世代へと開かれる創造──東京都現代美術館での大規模展覧会

 こうした長年の実践を総覧するのが、東京都現代美術館で開催される「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ―」だ。本展は、ファッションにとどまらず、絵画、音楽、映像、インスタレーションなど多領域にわたる約400点の作品・資料を通じて、その創造の全貌に迫る過去最大規模の試みとなる。

展覧会のための模型と向き合うコシノ
絵画の展示順を検討しているところ

 半世紀以上にわたるキャリアを、5つの章構成で立体的に提示し、時代ごとの社会背景や芸術動向と重ね合わせながら、「なぜその表現が生まれたのか」「いまどのような意味を持つのか」を問い直す。ファッションと絵画が交差する吹き抜け空間や、鏡面を用いた展示構成によって、作品と鑑賞者、空間が相互に反射し合うダイナミックな体験が生み出される予定だ。

展覧会パース
展覧会パース

 さらに、パリを拠点に活動するアーティスト、マティルド・ドゥニーズとのコラボレーションも大きな注目点だ。今回発表される《Where Stories Linger》は、ドゥニーズが展開してきた彫刻的な縫製作品の実践を基盤とするもので、各10点から成る2群のインスタレーションには、コシノの過去のコレクションに用いられた衣服やテキスタイルが素材として取り入れられ、アーティストの実践とデザイナーのアーカイブとのあいだに新たな対話が生み出されるという。

 またコシノは、自身の美学を育んでくれた祖父と母、そして未来への恩返しとして、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が実施する「ネクスト・クリエイション・プログラム こどもファッションプロジェクト」を監修している。本展では、同プロジェクトで制作された作品展示を通して、子供たち一人ひとりの感性や才能とコシノの出会いを取り上げられる。

 「自分のことを知らない人たちに届けたい」というコシノの言葉どおり、本展は回顧にとどまらず、未来へ向けた開かれたプロジェクトとして位置づけられている。「作品を見せるのではなく、次の世代がどう受け取るか」。その視線は、常に未来へと向けられている。

楽しそう展覧会について語ってくれたコシノヒロコ