2026.6.16

「Mr.の個展:いつかある晴れた日に、きっとまた会えるでしょう。」(福岡アジア美術館)会場レポート。オタクとヤンキー、フラジャイルな日常の上で

福岡市の福岡アジア美術館で、「Mr.の個展:いつかある晴れた日に、きっとまた会えるでしょう。」が開催されている。会期は4月24日~6月21日。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(編集部)

「混沌という名の『日常』」の展示風景。ヤンキー車をモチーフとした《みんなのソアラ》(2026)や、ぬいぐるみをモチーフとした《誕生日おめでとう!》(2026)などとともに、作家の私物が雑然と並ぶ ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
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 福岡市の福岡アジア美術館で、アーティスト・Mr.(ミスター)の個展「Mr.の個展:いつかある晴れた日に、きっとまた会えるでしょう。」が6月21日まで開催されている。キュレーションは田川市美術館館長の工藤健志。

 Mr.は1969年兵庫県生まれ。96年のデビュー以降、日本のアニメ、マンガ、ゲーム、オタク文化といったサブカルチャーを取り込み、日本固有のポップカルチャーを現代美術の文脈で昇華させた独自の表現を展開してきた。

《自分が見る自分。遠くへ行きたい。ーシュウィ〜〜ン!ー》(2026)。Mr.本人の近影が作品に使われている ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 本展はMr.による11年ぶりとなる国内個展であり、日本の公立美術館では初となる大規模個展となる。キュレーターの工藤は青森県立美術館での勤務時代に「美少女の美術史」(2015、青森県立美術館)を企画しており、Mr.はその出展作家のひとりであった。以来、工藤はMr.の創作を注視していたといい、2024年に工藤が九州に拠点を移してからは、同地でMr.の創作を注視していたという。

左から、《宮沢賢治の見たもの。》《「早春賦を聞きながら。」》(ともに2026)。コンビニを模したプリント壁紙の上に展示されている ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

「日常という名の『混沌』」

 本展は「日常という名の『混沌』」と「混沌という名の『日常』」と名づけられた、2つのセクションで構成されている。まずは前者のセクションから見ていきたい。このセクションの展示室は、喫茶店、ハンバーガーショップ、コンビニエンスストア、居酒屋といった店舗のイラストをあしらったプリント壁紙によって覆われており、そこに平面や立体の作品が展示されている。

左から《あそこに何かがある、見えてる!》、《ひかりとねこ─小さな宇宙と庭の住人─》(ともに2026) ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
《何気ない時間一君といた街角一》(2026、部分)。キャラクターの瞳のなかに星やハートの形の記号が書き込まれており、また画面全体にアクリルで細かな点状のテクスチャが吹き付けられている ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 Mr.はそのキャリアの初期から、アニメやマンガの美少女キャラクターをモチーフとした作品を制作し、所属するカイカイキキの代表・村上隆(1962〜)が提唱した、マンガとアニメーションを起点とする現代文化と日本美術史を接続する概念「スーパーフラット」の系譜に連なる作家として紹介されてきた。本セクションもまた、こうしたキャラクターをモチーフとした新作が並んでいるが、とくに平面作品において、過去作と比べてその絵柄が変化していることがわかる。アクリル絵具とシルクスクリーンを使って描くという手法は変わらないが、かつて円に近かった顔の輪郭はより凹凸を感じさせる大人びたものになり、瞳の中には星やハートの記号が複雑に組み込まれている。また、女性キャラクターのみならず男性キャラクターの存在感も増していることも特筆すべき点だろう。現実のアニメやマンガの絵柄の流行は絶えず変化していくが、こうした変化に呼応するように、Mr.もまた絵柄を変化させているといえる。

 いっぽうで展覧会をキュレーションした工藤は、Mr. のこうしたアニメやマンガのトレンドに対する姿勢について、次のように指摘する。「Mr.はたしかに『オタク』的なモチーフを扱ってはいますが、自分が『オタク』であるというアイデンティティを作品に積極的に表面化するタイプのアーティストではないと考えています。トレンドの変化を冷静にとらえ、自身の作品に取り入れてきたアーティストではないでしょうか」。

左から《ミックスサンドメロディーやで》《コンビニカルチャーハッピーデイズ》《ときめきラブソング》(いずれも2026)。女性キャラクターのみならず、男性キャラクターを中心に据えた作品もある ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
《買ってきましたよーお金返して一》(2026)。髪のはっきりとしたハイライトや、アニメの撮影処理のような背景が特徴的 ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 本セクションで展示されている作品は、同じようなキャラクターをモチーフとしながらも、その表現は多岐にわたる。《コンビニカルチャーハッピーデイズ》《ときめきラブソング》《ミックスサンドメロディーやで》(いずれも2026)といった雑多な要素が混在する漫画雑誌の表紙を思わせる作品や、アニメ調の髪のハイライトの塗り分けと、撮影処理で表現したような背景のボケを表現した《買ってきましたよーお金返して一》(2026)など、現代の表象文化を貪欲に作品に取り入れている。

左上が《さくら一春の日差しを浴びてー》(2026)。その他、同様のフォーマットで制作されたアバターを思わせる肖像作品が並ぶ ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
《こんな気持ちどうしたらいいの?》(2026)。スプレーで描かれたグラフィティのような背景にキャラクターを配している ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 また、《さくら一春の日差しを浴びてー》(2026)をはじめとしたゲームのアバターを思わせる証明写真のようなキャラクターの肖像画の作品群、《こんな気持ちどうしたらいいの?》(2026)のようなキャラクターとストリート・アートのグラフィティ風の背景とを組み合わせた質感豊かな作品などからも、表現の幅の広さを感じられるだろう。

左から《自画像デッサン─私の空間─》(1990)、《人物像─これ描いたのは1浪のときだったと思う─》(1989)。初期のMr.の画力をうかがうことができる作品 ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 さらに、本展では木炭デッサンの《自画像デッサン─私の空間─》(1990)や、油彩画《人物像─これ描いたのは1浪のときだったと思う─》(1989)など、Mr.が美術予備校時代に描いた作品も並ぶ。本展は回顧展ではないながらも、公立美術館初個展を機に作家自身の出自やアイデンティティと、現在の作品とを結びつけようという意図も感じられる。

 このセクションでもっとも目を引く作品が、展覧会のメインビジュアルにも使われている、幅2.5メートルを超える大作《何気ない時間一君といた街角一》(2026)だろう。コンビニエンスストアの前に集まり、店の内外で会話や飲食、買い物を楽しむ男女のキャラクターたちが描かれた本作は、このモチーフ自体が本セクションのテーマ「日常という名の『混沌』」にも呼応したものだ。

《何気ない時間一君といた街角一》(2026)。描かれたキャラクターそれぞれが運きを感じさせる姿で描かれており、記号性が前面に出たこれまでの作品とは異なる印象を受ける ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 数多の商品が集まるコンビニエンスストアと、それを消費するキャラクターたちは、我々の生活と娯楽が大量消費によって成り立っていることを象徴的に物語る。いっぽうで、こうした消費に対するポジティブなイメージは、近年、想像しづらいのも事実だろう。格差の拡大、環境問題の深刻化、日本の国際競争力の低下、不安定な国際情勢などにさらされるなか、このような消費行動ができる日常がこれまでどおり維持されるのか、という問いは誰しもが持つはずだ。キャラクターという仮想の存在がモチーフになっている本作からは、あたり前に思えていた日常が、じつは非現実的で特別なことであったのではないか、という問いが生まれてくる。加えて本作には、イラストレーター・鈴木英人に代表されるような、80年代のポスターやレコードジャケットのイラストに頻出するリボン状のラインや、カラフルな光の玉も確認できる。こうした要素がノスタルジーを喚起させることも、前述した印象をより強調しているのではないだろうか。

「混沌という名の『日常』」

 ふたつめのセクション「混沌という名の『日常』」は、巨大なインスタレーション《変身》(2026)を中心に、自動車やオートバイ、ぬいぐるみをモチーフとした作品と、Mr.の私物が混然と展示される空間となっている。

《変身》(2026)とそこから続くかたちで雑然と並べられたMr.の私物や自身の写真、制作中の作品など ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 《変身》(2026)は、家電製品、看板、調理器具、生活用品などの巨大な塊に2つの大きな目をつけたものだ。そのタイトルはフランツ・カフカ(1883〜1924)の小説『変身』(1915)から取られたものと思われる。日常生活を送るなかで身の回りにあふれる膨大な情報が、生き物のように存在感を放っている。

《誕生日おめでとう!》(2026)。キャラクターの「ぬいぐるみ」を模した本作は、Mr.の作品に頻出する左右の目の色が異なるオッドアイを持つ ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 《誕生日おめでとう》(2026)は、木材を支柱とした発泡スチロールを支持体に着色、布で服を着せた巨大な「ぬいぐるみ」をモチーフとした作品だ。Mr.が村上隆率いるカイカイキキで頭角を現した00年代、「オタク」的なキャラクター性を象徴するものはポスターやフィギュアであったが、20年代の現在は「ぬい活」という言葉も生まれたように、「ぬい」と呼ばれるぬいぐるみを依り代に、自分が愛好するキャラクターやアイドルへを持ち歩く文化が存在感を増している。本作は自らが好む人物やキャラクターを「推し」と表現するようになった、現代の「オタク」的嗜好に言及する作品と言えるだろう。

《みんなのソアラ》(2026)。80年代当時、国産高級クーペとして任期を博したトヨタ・ソアラが、80年代後半に「ヤンキー車」のベースとして使われた歴史的背景も反映した作品 ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 「ヤンキー文化」と呼ばれる、反社会的な行動や不良的な嗜好が表れた作品も本展の特徴だ。Mr.はかねてより自らを「元ヤンキー」であると述べてきた。《みんなのソアラ》(2026)は、本展のためにMr.が中古の初代トヨタ・ソアラを購入し、「ヤン車(ヤンキー車)」と呼ばれた車に典型的だったカスタマイズを実施した。地面に着くほど車高を下げ、突き出たフロントスポイラーや、竹槍のようにそそり立つ直管マフラーを装着。加えて、屋根には巨大なネコ耳が付けられ、またボンネットやドアには美少女の絵が手描きであしらわれている。他者を威圧し、攻撃的な行動がベースとなっているヤンキー文化だが、ファンシー・キャラクターのような「かわいい」表象との親和性もあったことも、本作は想起させる。ほかにもMr.は風防や長い背もたれの後部座席を装着したオートバイや、デコレーションされた自転車「デコチャリ」なども制作しており「乗り物」が、「ヤンキー文化」の重要な要素だったことをいまに伝える。

Mr.の手によりカスタムされた乗り物作品。「デコチャリ」の《改チャリ 仏恥義理号 -負けたことがねぇ-》や、カスタムされたオートバイ《国道の狼-国士無双- KAWASAKI Z400FX》やスクーター《街の風が軽やかに転がる-city スイート-HONDAクレージュタクトAF09》(いずれも2026)が並ぶ ©Mr./Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.

 村上隆が「スーパーフラット」(渋谷パルコミュージアム、東京、2000)をキュレーションしてから四半世紀が過ぎた。消費文化を取り巻く状況や、日本、そして世界の経済状況、そして「オタク」と呼ばれる層の実態も大きく変化した。Mr.がその変化にどのように対峙し、アーティストとしての自身の活動の何を変え、何を変えなかったのか。本展は、いまを生きる鑑賞者の目によってその足跡をたどり、現代の我々の周囲にあふれる表象を、改めて再構築するかのうような手つきをもっている。