2026.6.27

「おとぎの国のモードをさがして/Fairy Tale MODE」(千葉市美術館)開幕レポート。おとぎ話のイメージに息づく「モード」を探る

千葉市美術館で「おとぎの国のモードをさがして/Fairy Tale MODE」が開幕した。会場の様子をレポートする。

文・撮影=大橋ひな子(編集部)

第4章「ふたりのお姫さま」の「シンデレラ」セクションの展示風景
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 千葉市美術館で「おとぎの国のモードをさがして/Fairy Tale MODE」が開幕した。会期は8月30日まで。担当は同館学芸員の山下彩華。

 時代や地域を超えて語り継がれてきた「おとぎ話」は、妖精や魔法使い、森、変身といった象徴的なモチーフに彩られながら、挿絵や装飾、舞台芸術、ファッションなどの視覚文化を通して豊かなイメージをかたちづくってきた。

 本展は、19〜20世紀のヨーロッパで花開いた挿絵本の世界を中心に、おとぎ話のイメージに息づく「モード」を探る試みだ。会場には、アーサー・ラッカム(1867〜1939)やウォルター・クレイン(1845〜1915)、カイ・ニールセン(1886〜1957)らによる『シンデレラ』『眠れる森の美女』『赤ずきん』などの挿絵本約90冊をはじめ、実際のドレスやバレエ衣裳、資料など約180点が一堂に会する。全6章の構成で、おとぎ話のイメージの変遷を辿っていく。

第1章「語りのとき」

 第1章「語りのとき」は、シャルル・ペロー(1628〜1703)が1697年に刊行した散文集『ペローの物語ならびに教訓』(1724)の紹介からはじまる。現在も世界中で親しまれる本作の後刷には、「眠りの森の美女」「赤ずきん」「青ひげ」「長靴をはいた猫」など8篇が収録されている。17世紀フランスの宮廷サロンにおいて、おとぎ話は洗練された社交のなかで育まれ、ひとつの流行として定着していた。各物語の末尾にある「教訓」は、ペローが当時のサロンの流行を背景に、社交界の読者を意識して付け加えたものと考えられている。

シャルル・ペロー『ペローの物語ならびに教訓』(1724) 鶴見大学図書館
モーリス・ブーテ=ド=モンヴェル『ジャンヌ・ダルク』(1896)リトグラフ、和紙に多色刷 青山学院大学図書館

 サロンにおけるおとぎ話は、たんなる娯楽にとどまらず、社会的制約のもとで創作の自由を確保するための手段でもあった。そのため言葉で語るだけでなく、身振りや装いも含めて表現が展開された。さらにこれらの物語は、挿絵によって視覚的にも語られるようになる。モーリス・ブーテ=ド=モンヴェル(1851〜1913)による『ジャンヌ・ダルク』(1896)は、その展開を示す作品のひとつ。歴史的な物語が全44点の挿絵で描かれており、その繊細な人物描写は間近で見る者を魅了する。

第2章「妖精の国で」

 第2章では、おとぎ話に度々登場する妖精や小人の表現に注目する。ヴィクトリア朝の挿絵画家リチャード・ドイル(1824〜83)がクリスマスのギフトブックとして制作した大判の豪華挿絵本『妖精の国で』(1870)は、多色刷木口木版によるものだ。森や水辺で戯れる妖精や小人たちの行列、舞踏、宴などが16枚の図版で展開され、これらのイメージは後世の妖精像の原型となった。また、アーサー・ラッカムによる『夏の夜の夢』(1908)は、シェイクスピア挿絵の新たな様式を確立した作品である。ここに登場する妖精や小人は、人間と自然のあいだに立つ特別な存在として、現実と幻想を行き来する。

手前が、絵:リチャード・ドイル(著:ウィリアム・アリンガム、版刻・刷り:エドマンド・エヴァンズ)『妖精の国で』(1870)木口木版、多色刷 明治学院大学図書館

第3章「おとぎの国のドレス・コード」

 第3章では、登場人物たちを特徴づける「ドレス・コード」に焦点を当てる。これらは物語を瞬時に想起させる視覚的な記号であり、登場人物の性質や運命を暗示する要素でもある。

手前が、ウォルター・クレイン『赤ずきん』の絵本より《赤ずきん》(1898)木口木版、多色刷 鶴見大学図書館

 例えば、赤ずきんの「赤いフード」もそのひとつだ。多くの作品において、18世紀後半に女性たちのあいだで広まった赤いウール製マントを思わせる形状で描かれている。ウォルター・クレインによる『赤ずきん』(1898)のフードには無数のドレープが描き込まれており、中世やルネサンスの古風で優雅な装いを理想とした1870年代半ばの唯美主義運動の影響が見て取れる。金髪に赤いフードという赤ずきんのイメージは、ラファエル前派の画家ジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜96)やアーサー・ラッカムの作品によってさらに定着していった。

ラプンツェルの関連作品の展示風景

 挿絵画家たちの手で繰り返し描かれることで、今日我々のなかに定着したこれらの記号。会場に用意された、金色の糸を編み込んだカーテンで仕切られた展示スペースを一見しただけで、「ラプンツェル」に関連する作品が展示されているのだろうと直感できる体験からも、その記号化の強さが実感できる。ラプンツェルの「長い金髪」は、ヒロインの美しさの象徴だ。古代ギリシアの詩人ホメロスが愛の女神アフロディーテの髪を「黄金」と描写したように、金髪は古くから美と愛、そして純粋さの象徴であった。宝石やドレス以上にその美しさを際立たせる髪型もまた、重要な装いのひとつと言える。

第4章「ふたりのお姫さま」

 第4章では、「装い」が重要な役割を果たす物語のなかでも、ひときわ印象的な「シンデレラ」と「眠れる森の美女」に焦点を当てる。華やかなおとぎ話のイメージは、絵画やバレエ、オペラ、映画など、多様なメディアで繰り返し表現されてきた。会場では、これら2つの物語を巡る多様な視覚表現を紹介している。

ウォルター・クレイン「ラウトリッジ社の新6ペンス・トイ・ブックス」No.106から『シンデレラ』(1873)木口木版、多色刷 鶴見大学図書館

 「シンデレラ」のセクションでは、ウォルター・クレインによるトイ・ブックの代表作『シンデレラ』(1873)を展示。鮮やかな色彩で描かれた舞踏会の場面で、シンデレラは当時流行していた、腰の後ろが張り出した形状のスカートが特徴的なバッスル・スタイルのドレスを着用している。本作の描写から、クレインが同時代の最新ファッションを物語世界に巧みに反映させていたことがうかがえる。

第4章「ふたりのお姫さま」の「シンデレラ」セクションの展示風景

 また、本展の見どころのひとつに、おとぎ話と密接に関わる実際の衣服が展示されている点が挙げられる。王侯貴族の女性を象徴する18世紀ロココ時代の宮廷服や、近代の女性をエンパワーメントしたクリスチャン・ディオールによるドレス、身分や姿を変える「変身」の装置としての毛皮のコートなどが並ぶ。サクセス・ストーリーの代名詞である「シンデレラ」において、ドレスやガラスの靴はたんなる美の象徴ではなく、自らの魅力や可能性を解き放つ媒介であった。展示される衣服の数々は、そうしたおとぎ話とモードの重層的な関係を証明している。

第4章「ふたりのお姫さま」の「眠れる森の美女」セクションの展示風景

 続く「眠れる森の美女」のセクションでは、おとぎ話の表象においてとくにモードと深く結びつく「バレエ」の資料が展開される。20世紀初頭のパリを席巻したバレエ・リュスは、1890年初演のマリインスキー劇場版をもとに、1921年に『眠り姫(The Sleeping Princess)』を上演した。舞台美術と衣装デザインを手がけたのは、画家のレオン・バクスト。会場では、スタニスラス・イジコフスキーが着用した「青い鳥」の貴重な衣裳も見ることができる。

第5章「異国の世界へ」

 第5章では、18〜19世紀にかけてヨーロッパで関心が高まった東洋(オリエント)の表象を紐解く。ナポレオンのエジプト遠征や植民地帝国の拡大を背景に、異国への関心は文学や美術に広く向けられ、『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』をはじめとするオリエンタリズムの潮流を形成した。会場では、エドマンド・デュラックによる『千夜一夜物語』の書籍などが紹介され、豪奢な衣装や装飾に彩られた当時の「東洋」のイメージが立ち現れる。

第5章「異国の世界へ」の展示風景

第6章「おとぎ話の想像力」

 最終章となる第6章では、おとぎ話に描かれる「異なる存在同士の結びつきや変身」を取り上げる。おとぎ話では、現実の論理を超え、動物が人間に変身するといった、異なる領域を越境する場面が描かれる。例えば「美女と野獣」に代表される異類婚姻譚では、人間が動物や魔法的な姿の存在と結びつく世界がごく自然に描かれる。また、動物が衣服を着て言葉を話す世界観は、イソップ寓話をはじめとする様々な物語へと展開されていった。

手前は、E.V.B『美女と野獣』(1875)リトグラフ、多色刷 鶴見大学図書館
第6章「おとぎ話の想像力」の展示風景

 このような境界を超える想像力は、20世紀以降の芸術作品にも受け継がれている。会場ではマックス・エルンストや岡上淑子によるコラージュ、マルク・シャガールによる作品などが紹介されている。本章はおとぎ話に見られる想像力を、たんに幻想的な物語を生み出すものとしてだけでなく、世界を分節する境界そのものを問い直し、異なるものを結びつける力として捉え直している。

 17世紀頃からサロンを中心に育まれたおとぎ話は、象徴的なモチーフをまといながら、挿絵や装飾、舞台芸術、ファッションなど多様な視覚文化を伴って展開してきた。その存在が、いまなお様々な境界を越えていく想像力を私たちに与え続けていることを再確認できる展覧会だ。