2025.2.16

「Fire, Walked Against Us 火は我らに背いて」。ロサンゼルス近郊の山火事、現場からの最新リポート

2025年1月7日、米カリフォルニア州ロサンゼルス西部で山火事が発生した。火は高級住宅地パシフィック・パリセーズのほか、アルタデナ、シルマー、ウッドリー地区、ハリウッド・ヒルズにも広がり、LA史上もっとも甚大な規模の被害となった。1月31日には消防当局が山火事を鎮圧したと発表。しかし、復旧はその途に着いたばかりだ。ロサンゼルスのアートシーンへも長期間にわたる影響があるだろう。ロサンゼルス在住の廣李果に、いまの自身の周辺の状況について寄稿いただいた。

文=廣李果

[図1]ポール・マッカーシー自宅 Photo by Alex Stevens
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Fire, Walked Against Us 火は我らに背いて

 それは、アレクサの強風注意報から始まった。息子と一緒に聞いて、先のことだと笑ってやり過ごした。この時期にたびたびあるサンタ・アナ風のことだ。数日後、海側に住む上司が連絡を寄越した。翌日、強風に備えて予防停電になる。職場にも行かれないし、連絡もできかねるかも、と。何事もないことを願ってる、そう返した。他人事だった。

 火曜日の朝、強風で目覚めた。窓ガラスが1枚、割れたのだ。在宅勤務を決めたが、風は相変わらず強く、日暮れどき、ほうぼうで停電のニュースが入ってきた。そうこうするうちに、子供たちの親のグループチャットにメッセージが入った。「イートンキャニオンが火事みたい」。近所のハイキングスポットだ。少しして、翌日の学区全休校の知らせが届き、コメディライターのお父さんが応えた。「みんな、明日うちで子供を預かるぞ! 家があればだけどな!」。みなにとっても、まだ他人事だった。

 一家族から避難の報告がきて、流れが変わった。それぞれ避難バッグの用意を始め、仮眠をとった。夜半過ぎ、メッセージがきていた。心配して付近を運転して回ったお父さんからだ。息子たちが通った小学校と付近の家が炎に包まれていたという。

 ただ、それはほんの始まりだった。夜明け前、私たちのブロックにも避難命令が出た。外へ出て、炎が思いのほか近いことを知った。避難準備する時間があったことを幸運に思った。

 カリフォルニア州森林防火局の火災地図を確認しながら、数時間を過ごした。たがいの安否を確認し合うなかで、 最初に避難報告をしてくれた一家の家が焼けてしまったことを聞いた。近づくまでもなく、数ブロック先からも見渡せるほど、あたりは焼け野原だったと。

 同じ頃、パートナーの電話が鳴った。親しくしているアーティスト一家のひとりだ。息子と娘を含む3家族の家屋が、複数あるスタジオのひとつとともに焼け落ちたという。そんな状態にもかかわらず、炎が我が家のエリアへ向かっているため確認しに行く、と申し出てくれた。

 また別の友人に、こうも言われた。家がまだあるなら、戻って戦え、ホースの水で戦うんだ、と。自由の国とは、こういうことかと妙に納得した。その後、息子の現在の学校も焼けたことを知った。

 家がすべてというアメリカ人は多い。貯金はしないお国柄だ。古い家を綺麗に直し、売却する。それを繰り返して資金を増やし、リタイア時に小さな住まいへ移る。山火事で焼けても、保険会社は全保証をすることはない。「火事で家が焼けたら、ジ・エンドだよ。まったく信じられないよね」とヨーロッパ人から聞いたのはほんの数週間前だ。なんというタイミングだろう。

[図2]ポール・マッカーシー自宅におけるブロンズ彫刻 © McCarthy Studios Photo by Alex Stevens

 マッカーシー家は冗談でなく瓦礫の山だった[図1]。ひしゃげたフェンスの枠の向こうに、焼けたテスラの残骸が見えた。展覧会のために渡英していたポールを待っていたのは、辛うじて残った庭のブロンズ像だった[図2]。メインのスタジオは別にあるとはいえ、自身の作品やアーカイヴもたくさん焼けたし、彼が集めた素敵なアートコレクションも一瞬にしてなくなった。娘でギャラリストのマーラ・マッカーシーの住処は、もとはアーティストのジェイソン・ローズの自宅だった。防火壁を備えたスタジオスペースもあったが、そんなのはまったく役に立たなかった[図3]。同様に彼らや私たちを消沈させたのは、ポールが1989年に自らの手で家を建ててから、家族も仲間も暮らすこの地で育んできたコミュニティが一瞬にして壊れてしまったことだ。

[図3]マーラ・マッカーシーの自宅スタジオ Photo by Alex Stevens

 アルタデナや北西部パサデナはロサンゼルス群内でも人種的に多様な地だ。アフリカ系の住人の割合が、ロサンゼルス郡の他エリアの倍以上を占め、また、戦後、収容所から戻った日系人たちが変わらぬ差別に苦しむなかで、不動産を買いやすい、比較的オープンだったのがこの地域だった(*1)。例えば、戦後の移住組でアーティストの池川司郎(1933〜2009)。いまとなってはほぼ忘れられた作家だが、彼のカリフォルニア・クラフツマンスタイルの自宅ガレージは、1970年代にパイオニア・プレス・クラブの活動拠点としても機能し、いまで言うインスタレーション的な大掛かりな版画を含む、コミュニティにも開かれた実験的な版画制作の拠点のひとつであった[図4]。池川の亡き後、エリック・ザミット(ライト・アンド・スペースのノーマン・ザミットの息子)のスタジオとして使われていたが、彼の作品群とともに、池川の大きな版画や絵画も焼失した[図5]。

[図4]パイオニア・プレス・クラブ、アルタデナ(左からGordon Thorpe, Janet McKaig, Jerry Avesian, Leonard Edmondson) 撮影者・撮影年不明 Courtesy of Stanly Edmondson
[図5]池川司郎元スタジオおよび自宅 Photo by Rika Hiro

 近年、家庭を持ち始めたアーティストやミュージシャン、ギャラリストたちがゆっくりと、だが確実に増えてきていた。不動産が高騰するなか、スタジオを兼ねたガレージ付きの住宅に辛うじて手が届き、それでいてカウンターカルチャーの雰囲気を持つエリアであったと、『ロサンゼルス・タイムズ』紙でも報じられ通りだ(*2)。

 アーティストのケリー・アカシもそのひとり。リッソン・ギャラリーでの初個展を目前に、別の場所にあった作品数点と展示用の台座を除いて、すべてなくなってしまったという。展覧会は数週間の延期とし、周囲からの有形無形のサポートを得ながら、今回の災害で破損した作品の一部を使用したものも含む、まったく新しい作品群を発表する予定だ。

 公的な支援はどうか。私の勤務先であるロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)は、火事後初の週末の入館料・駐車場料金フリーをいち早く発表。2日間で6000人を超える来館者数を記録し、人々にとってアートが一時の休息となるとこを示した。好評に応え、続く週の入館料なしも決めた。

 加えて、火事発生から1週間後、 ジャン=ポール・ゲッティ財団が音頭をとり、ロサンゼルス現代美術館(MOCA)、ハマー美術館、LACMA並びに中華系のEast West Bankらをパートナーに1200万ドルの緊急救済基金「LA Arts Community Fire Relief Fund」を設立した(*3)。今回の火災の影響を受けたすべてのアーティストおよびアート従事者への支援を目指したもので、申し込みは簡素に済むよう整えた。個人支援の参加も可能で、短期、長期の救済を目指す。

 また、2月下旬のフリーズ・ロサンゼルスは、この街と、LAアートの復興をフェアの核にすると発表した。参加ギャラリーは、可能な限りロサンゼルスの作家を取り上げるよう、舵を切り替えた。

 でも、とマーラは言った。「どこまで本当に助けてもらえるのか、わからない」。 基金や支援と多くの人は言うけど、抽象的で、すべてが超現実みたいなんだから、と力なく続けた。

 フリーズ・ロサンゼルスが、甚大な災害の被害者たちにとって真の支援や復興の起爆剤になるのか懐疑的な声もあるし、実際、参加を取りやめた地元ギャラリーもある。

 結局、太平洋側のパシフィック・パリセーズ 、内陸のイートンキャニオンを含めた同時多発の山火事で、1万6200棟以上の建物が焼失・破壊された。アメリカ史上、最悪の被害規模だ。すでに問題となっていた家屋に加え、今回の災害はアートや収蔵品に対する保険の問題にも直結し、作品の運搬や貸借にも影響が出るだろう。そのため、南カリフォルニア内のインスティチューション間の共助や収蔵作品の共有が、以前にも増して必要となると予想される。

 火は、自然は、私たちに容赦なかった。「Fire Walk With Me」のフレーズで知られるドラマ『ツイン・ピークス』の監督であるデイヴィッド・リンチが亡くなったのも、今回の火災からの避難の最中だった。

*1──Mikey Hirano Culross, “This Is Home,” The Rafu Shimpo, January 21, 2025, https://rafu.com/2025/01/this-is-home/
*2──Gessica Gelt, “How Altadena became the L.A. dream for Gen X and millennial artists, writers, musicians,” Los Angeles Times, January 15, 2025, https://www.latimes.com/entertainment-arts/story/2025-01-15/altadena-eaton-fire-artists-writers-musicianz
*3──https://www.getty.edu/about/development/LAArtsReliefFund2025.html