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2026.9.17

なぜいま世界は「KOGEI」に注目するのか? クリスティーズジャパン・山口桂が語る、日本工芸を世界に売り込む戦略

陶芸、漆芸、竹工芸、螺鈿──。長い歴史を持つ日本の工芸がいま、「KOGEI」として世界のアートマーケットから新たな視線を集めている。なぜいま工芸なのか。そして、日本のKOGEIが世界で存在感を高めるためには何が必要なのか。クリスティーズジャパン代表取締役社長の山口桂を迎え、その可能性と課題を考える。※本記事は美術手帖の動画番組「アート・インサイト」(第5回)をもとに編集したものです。9月18日24時まで、すべての方に全文お読みいただけます。

聞き手=東留伽(フリーアナウンサー) 聞き手・構成=橋爪勇介(編集部)

池田晃将《Error-Debris-》(2020) 金沢21世紀美術館での展示風景より 撮影:編集部
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 陶芸や竹工芸、漆芸、螺鈿など、日本で長く受け継がれてきた「工芸」。近年、その工芸がアルファベットの「KOGEI」として、海外で存在感を高めている。

 白磁で知られる黒田泰蔵の作品は海外オークションでも高く評価され、竹工芸の四代田辺竹雲斎は世界各地で大規模なインスタレーションを展開。伝統的な螺鈿の技術とデジタルのイメージを融合させる池田晃将の作品は、ヒューストン美術館をはじめ国内外の美術館に収蔵されている。ラグジュアリーブランドのロエベも2016年に「LOEWE FOUNDATION Craft Prize」を創設し、日本人作家がたびたびファイナリストや受賞者に名を連ねてきた。

 こうした動きを、長年ニューヨークを中心に日本・東洋美術のマーケットを見てきた山口桂はどう捉えているのか。

美術手帖「アート・インサイト」

「工芸」をファインアートと対置しない

──長年、国際的なアートマーケットで日本美術を扱ってきたなかで、日本の工芸、そしてKOGEIの位置づけはどのように変化してきたと感じていますか。

山口桂(以下、山口) そもそも日本美術には、工芸品が非常に多いんです。家のなかで実際に使うものに、日本人が美を求めてきた長い歴史がある。

 ただ、いま私たちが「KOGEI」と呼んでいるものは、「ファインアートか、工芸か」という従来の括りとは少し違うと思っています。デザインや現代美術に近いものとして、アートのひとつのジャンルとして捉えられている。実際、世界でもそういう考え方をする人が増えています。

 例えば黒田泰蔵の作品も、日本人がつくったから日本美術、現代作家がつくったから現代美術、という単純な分類を超えている。黒田作品がオークションの「デザインセール」に出てくること自体、そうした境界を越えつつあることのひとつの証拠だと思います。

KOGEIを冠する芸術祭「GO FOR KOGEI 2025」より、舘鼻則孝《ディセンディングペインティング"雲龍図"》(2024) 撮影:編集部

──現在、個人的に注目している日本の工芸作家はいますか。

山口 池田晃将さんですね。金沢を拠点に、長い歴史を持つ漆や螺鈿の技術を使っています。が、そこにデジタルの数字というモチーフやレーザーカッターなど現代の技術を取り入れている。伝統工芸的な方法だけにとどまらないんです。

 造形についても、もともとは茶器などをつくっていました。現在ではオブジェや彫刻のような作品も制作しています。ぱっと見ただけでは非常に現代美術的なのですが、知れば知るほど、その裏側に高度な伝統技術があることがわかる。そこが非常に面白いですね。

──伝統技術を継承しながら、表現としてはその先へ行こうとしている。

山口 そうですね。つくり手自身の意識も変わってきていると思います。

ヒューストン美術館が所蔵する池田晃将《Remains of the Temple》(2025) © MFAH

「使うもの」から「コレクションするもの」へ

──KOGEIはいま、海外で「コレクションするもの」として評価されるようになっています。この変化をどう見ていますか。

山口 日本の工芸品は、もともと「使うもの」でした。それがいま、「飾って見る」という楽しみ方も持つようになってきています。

 例えば竹工芸の花入れなら、実際に花を入れて使うこともできる。しかし花を入れなくても、彫刻のように鑑賞に耐えうる作品がある。そこが重要です。

 「使うもの」は古くなれば新しいものに買い替える。でもコレクションはそうではなく、買い増していくものです。そういう意味で、現代のKOGEIは「コレクションになりうる工芸」なのだと思います。

──海外のコレクターは、日本のKOGEIのどのような部分に価値を見出しているのでしょうか。

山口 ひとつは、日本人が伝統的に持ってきた美意識です。それがなければ、ほかの国の似た表現との差別化が難しい。

 よく言われるミニマリズムのような感覚もそうですし、竹や土といった自然素材の多様さもあります。そしてもうひとつ大きいのは、従来の日本工芸とは異なり、現代の居住空間に合う造形になってきているということです。海外のコレクターにとって、これは非常に重要です。日本文化や思想に興味を持って作品を見る人もいれば、純粋に造形を見て「自分の家に置きたい」と考える人もいる。

 いままでは、そもそもそうした作品を見る機会が少なかった。それがオークションハウスのデザイン部門に登場したり、美術館で展示されたり、アートフェアに出たりするようになったことで、知られる機会が増えてきたのだと思います。

国際的に高い評価を得ている四代田辺竹雲斎による、成田空港のインスタレーション《空の環》(2026) 撮影:編集部

──工芸とファインアートには、価格面でも大きな差があると言われてきました。その背景には何があるのでしょう。

山口 「作家性」は大きいと思います。誰がつくったかがわかっていて、その人がつくったものだから芸術作品として評価するという考え方ですね。

 ただ、日本には少し違う美意識もあります。桃山時代の素晴らしい焼き物なら、作者の名前がわからなくても「素晴らしいものは素晴らしい」と考える。日常で使う道具であっても美術品になりうるわけです。

 ただ世界のマーケットを見ても、家具とファインアートの境界も曖昧になっていますし、工芸的な作家の作品が現代美術のマーケットで扱われることもある。日本の工芸に限らず、あらゆる分野で少しずつ境界を取り払っていく動きがあるのかもしれません。

「作家だけを海外に出せばいい」ではない

──日本側でも、KOGEIを世界へ発信するための新しい取り組みが始まっています。そのひとつが、文化庁と日本芸術文化振興会が支援し、東京美術倶楽部が主催する「KOGEI GENE(コウゲイ・ジーン)」です。工芸・古美術の価値を国際的なアートマーケットに対して発信できる「KOGEI アート・プロデューサー」の育成を目指すというプロジェクトですね。山口さんも講師として関わっていらっしゃいます。どのように見ていますか。

山口 非常に画期的なプロジェクトだと思います。

 19世紀の万国博覧会では、日本が工芸品を海外へ持っていき、日本文化を紹介すると同時に販売もしていました。今回はその現代版とも言える。万博が、いまならアートフェアになるわけです。

 重要なのは、現代工芸だけでなく過去の工芸を含めた日本の歴史について、少なくとも英語で外国の人に説明でき、紹介し、さらにセールスすることもできる人材を育てようとしていることです。

KOGEI GENEウェブサイトより

──これまで国は、アーティストを海外へ送り出すことには取り組んできました。ただ、作品の価値を伝える「裏方」の人材育成は十分ではありませんでした。

山口 僕からすると「やっとわかってくれたか」という感じもあります(笑)。海外で現代美術作家を売り出すときには、アーティストひとりだけが動くわけではありません。批評家、美術館のキュレーター、アートディーラーなどが一緒になって進んでいく。そのうえで国が支援することもある。

 つまり、作家だけをただ海外に出せばいい、作品だけを出せばいいわけではない。プロデューサーが必要なんです。

──では、日本のKOGEIを海外に紹介する人には、具体的にどのような能力が必要なのでしょうか。

山口 まず、海外のファインアート市場の「ゲーム」に参加できなければいけない。海外でアートがどのように評価され、売買されているのかという仕組みを理解する必要があります。

 そして、日本のKOGEIが世界のアートのなかでどこに位置し、ほかにはない何を持っているのかをきちんと文章化することです。コンテクストがなければ、海外に売り込むことはできません。

 もうひとつ重要なのは、海外の美術館とのコネクションです。マーケットだけで終わらせず、アカデミズムのなかにKOGEIという分野を根付かせていく。それくらいのことを考えないといけないと思っています。

──「KOGEI GENE」は、縄文時代から続く日本の美意識と技を国際的に正しく評価し、流通させることをビジョンとして掲げています。こうした取り組みを、クリスティーズというオークションハウスの立場からどのように評価していますか。

山口 個人的には、ぜひサポートしたいと思っています。日本美術は、オークションハウスでも長い歴史のなかで扱われてきました。これまで「工芸品」という括りだけではなく、「Fine Japanese Art」や「Works of Art」など、様々なカテゴリーのなかで紹介されてきました。現在では、日本美術のカテゴリーのなかで現代の工芸作家の作品が扱われるいっぽう、デザインの分野でも取り上げられるようになっています。冒頭でも申し上げたように、今後はオークションハウスのなかでも、ジャンルとジャンルの境界がさらに曖昧になっていく可能性が高いと思います。

 そうした意味でも、この動きは非常に歓迎すべきものです。KOGEIのマーケットがさらに形成されていけば、オークションハウスにとっても、日本にとっても大きなプラスになるのではないでしょうか。

──マーケットの観点から見て、KOGEIは投資資産としても期待できるのでしょうか。

山口 現時点では、なんとも言えません。マーケットがそこまで成熟していないからです。

 これは僕がオークションのスペシャリストとしてずっと言い続けていることですが、基本は「好きなものを買う」ことです。好きで買って持っていて、それが将来高くなったらよかったね、と。

 ただしKOGEIが現代美術やデザインのコンテクストにきちんと乗っていけば、資産価値が上がっていく可能性はあると思います。

「KOGEI」を世界にさらに打ち出していくために

──プロデューサー育成以外に、日本がKOGEIを世界へ広げていくために必要なことはありますか。

山口 様々あると思いますが、ひとつは「現代から過去へ遡っていく」という見せ方が必要ではないでしょうか。現代のKOGEIから入り、そこから縄文まで遡っていくという考え方です。なぜなら、現代のKOGEIにも、日本が伝統的に培ってきた美意識や技術が含まれていることが非常に多いからです。それは表面的に作品を見ただけではわかりにくいかもしれません。しかし、どのような技術が使われ、どのような歴史的背景から生まれてきたのかを知れば知るほど、さらにその先を知りたくなる。

 例えば、葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》も、まずは平面作品としてその造形に惹かれると思います。そのうえで、制作の背景を知っていけば、そこには非常に工芸的な技術があることがわかります。そうすると北斎だけでなく、ほかの浮世絵にも興味が広がっていく。

 現代のKOGEIも同じように、日本の文化や歴史へと関心を広げる入口になりうる。そういう意味で、KOGEIには日本文化全体を表象するものになっていく可能性があると思います。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1830-32頃) メトロポリタン美術館蔵

──海外で評価されたあとに日本で再評価されるという、いわば「逆輸入」ではなく、日本国内で価値をつくり、それを世界へ発信することも重要ですね。

山口 そうなんです。よく「真の国際人とは、自国の文化をきちんと他国の人に伝えられる人だ」と言います。これはアートの世界でも同じだと思っています。

 僕自身も含め、日本人は日本の歴史についてまだまだ勉強が足りない。でも、長い歴史のなかにあったものが、いま現代美術や現代工芸としてどのように集約されているのか。それを僕たち自身が知る必要があります。

 そして、それを日本から世界へ発信する。さらに海外の美術館が展覧会を開けば、そこで外国人から見た新しい視点も生まれてくる。そうしてマーケットや研究がまた醸成されていくのだと思います。

──最後に、若い世代の日本人作家がKOGEIの文脈で世界市場へ出ていくために、何が必要だと思いますか。

山口 まず、いま世界で注目されているデザインと現代美術を学んでほしいです。そこには大きなヒントがたくさんあると思います。そのうえで、日本の工芸的な技術や美意識をいかに現代の表現へ転化していくのかを考えてほしい。

 日本には長い歴史があり、縄文以来、様々な造形や美意識が育まれてきました。そして日本には、古いものを大切にするいっぽうで、外国から来たものを柔軟に受け入れてきた歴史もあります。伝統的なものに、いま世界で起きている現代美術的な動きを取り入れていく。これは、日本人が得意としてきたことでもあると思います。そこに、これからの現代工芸作家の可能性があるのではないでしょうか。

美術手帖「アート・インサイト」