2024.12.16

岡田利規が見た「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。日本におけるコンテンポラリー・ダンスの未来を考える

ヴァン クリーフ&アーペルが取り組むモダン/コンテンポラリー・ダンスの祭典「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」が、11月16日までロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、彩の国さいたま芸術劇場で展開された。日本を代表する劇作家のひとり、岡田利規が本公演の(ラ)オルド+ローンとアレッサンドロ・シャッローニの作品を見たうえで、自身の劇作やコンテンポラリー・ダンスへの期待について語る。

聞き手・文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

(ラ)オルド+ローン with マルセイユ国立バレエ団 ルーム・ウィズ・ア・ヴュー 2024 Photo by Ryo Yoshimi Courtesy of Kyoto Experiment
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 フランスのハイジュエリー・メゾン、ヴァン クリーフ&アーペルが振付芸術の振興を目的として発足させた「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。創造・継承・教育を軸にした本プロジェクトの一環としてこれまでロンドン、香港、ニューヨークで催されてきたモダン/コンテンポラリー・ダンスの祭典「ダンス リフレクションズ byヴァン クリーフ&アーペル」が、今秋、京都と埼玉で開催された。

 日本を代表する劇作家のひとりであり、2025年より東京芸術祭のアーティスティックディレクターに、26年より東京芸術劇場の芸術監督に就任する予定の岡田利規は、この「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」をいかに批評するのか。

 本公演で上演された(ラ)オルド+ローン『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』と、アレッサンドロ・シャッローニ『ラストダンスは私に』についての所感を中心に、コンテンポラリー・ダンスの価値や、自身の演劇のつくり方、これからの舞台芸術に期待することなどを聞いた。

岡田利規 撮影=宇壽山貴久子 ©Kikuko Usuyama

(ラ)オルド+ローン『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』について

──まずは(ラ)オルド+ローン『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』について聞かせてください。公演を見て、どのような感想を持ちましたか。

岡田 率直に言ってあまり感銘を受けませんでした。地下の採石場のような、文字通りアンダーグラウンドな場所を舞台に、クラブ・ミュージックがかかって、ダンスが展開する。初めにある種の閉塞状況があって、それが解放されていく。一体感が生まれていく。そういう物語の流れがあるんですけそういう物語の流れがあるんですけど、それであればそこにあるべきグルーヴのようなものが、マルセイユ国立バレエ団のバレエダンサーの身体性からは感じられなかったんですよね。

──ダンサーが持つ本来の身体の不在、というのは非常に重要な指摘だと思います。岡田さんはご自身が演出されるとき、役者の身体をどのように表現しているのでしょう。

岡田 役者の身体性をつくり出すテクニックは、僕にはありません。ただ、その人の身体が備えている味わい、その素材感を殺さないようにすることは意識しています。演出家が役者やパフォーマーが持っている「素材」の良さを殺しちゃうのは簡単です。リハーサルの過程で、自分が良かれと思って施した演出によって役者の身体の素材感が死んでしまったと感じたら、その演出はやめます。

(ラ)オルド+ローン with マルセイユ国立バレエ団 ルーム・ウィズ・ア・ヴュー 2024 Photo by Ryo Yoshimi Courtesy of Kyoto Experiment

──『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』は大規模な舞台美術が施されており、またストーリー性があるという、コンテンポラリー・ダンスでありながらも、同時に演劇的な作風を志向した作品ではありました。

岡田 本来であればダンスは、演劇性なんか取り込まなくたってダンスをしていれば紛れもなくダンスになりますよね。盆踊りもブレイキンもダンスですから。ではなぜダンスは、とくに舞台芸術としてのダンスは、演劇的要素を持とうとすることがしばしばあるのか? ダンスに演劇的なアプローチがあってももちろんいいけれど、それによってダンスが死んでしまう、ということが得てしてあると思うんです。それは避けるべきでしょう。それでは、演劇的な要素によってダンスをより豊かにするには、どうしたらよいのか? ダンスと演劇の関係というのは、つねにちゃんと考えておきたい問題です。

アレッサンドロ・シャッローニ『ラストダンスは私に』について

──いっぽうのアレッサンドロ・シャッローニ『ラストダンスは私に』は、イタリアの伝統的なフォークダンス「ポルカ・キナータ」を、楽曲をミニマル・ミュージックにしたり、尺を長くしたりといった演出を加えていましたが、ほとんどオリジナルのまま使用した作品でした。

岡田 じつは『ラストダンスは私に』でもっとも感動してしまったのは、カーテン・コールの後にダンサーの2人が踊ってくれた、オリジナルのポルカ・キナータでした。これを言ってしまうと身も蓋もないのだけど、伝統的な音楽とともに踊るフォークダンスは本当に素敵なものだと思いましたし、ダンスそのものの面白さもはっきりと感じられた。

 だからこそ、作中ではなぜ音楽をミニマル・ミュージックにしてしまったのかと思ってしまいましたし、2人が親密になっていくプロセスが描かれるような、ある種の演技性がこの作品にもありましたが、それは僕には、このポルカ・キナータというダンスの魅力をスポイルしてしまっていると感じられました。

アレッサンドロ・シャッローニ ラストダンスは私に 2024 Photo by Ryo Yoshimi Courtesy of Kyoto Experiment

──伝統的な演目をどのような態度で再演すべきなのか。非常に難しい問いですね。岡田さんは、現代における歌舞伎演目上演の可能性を発信し続けている木ノ下裕一による「木ノ下歌舞伎」の『桜姫東文章』で、脚本と演出を担当されています。歌舞伎という伝統芸能を現代において演出するにあたって、どのようなことを心がけましたか。

岡田 ひとことで言えば『桜姫東文章』というテキストをリスペクトすることを心がけました。もっともぼくがここで言う「リスペクト」はかなり曲者ですけど。

 例えば、あのテキストには差別的な視点や倫理的にダメなところがあります。それは200年以上前に書かれたからかもしれないけれども、原作者の鶴屋南北はそれをわかっていてあえてやっているところがあるとも言われている。でも僕は、原作のそういうところをごまかしたりぼかしたり書き換えたりということはしませんでした。忠実に、現代の言葉に置き換えるということだけをしました。テキストの責任を僕は引き受けない。その責任は原作者にある。それが僕の言うリスペクトです。

岡田利規が考えるコンテンポラリー・ダンスの可能性

──岡田さんにとって、思い出深いコンテンポラリー・ダンス作品はあるでしょうか。

岡田 いろいろとあるはずですが、いまパッと思いつくのはフィリップ・ドゥクフレの『トリトン』(*1)。あとコンスタンツァ・マクラスの『ヘル・オン・アース』(*2)。どちらも、「こんなのいままで見たことない」という感動と、「こんなものが世の中に存在するのか」ということへの驚きを得た作品です。

──ご自身が演劇作品をつくるうえでも、その「見たことない」という驚きをつくることは意識しているのですか。

岡田 そのようには考えていません。観客がこれまでどんなものを見てきているかがわからないので。僕には、演劇というフォーマットにおいてこういうことも可能なのではないか、というアイデアがいろいろとあります。それを試してみたいのです。

──これは演劇にもコンテンポラリー・ダンスにも共通しますが、美術や音楽の作家、演者やダンサーなど、外部の表現者と一緒に作品をつくることも多いと思います。岡田さんも、例えば音楽家の藤倉大さん、ダンサー/俳優の森山未來さん、美術家の金氏徹平さんなどと協働して作品をつくっています。表現者同士がともにひとつの作品をつくるうえで気をつけていることはありますか。

岡田 作家性って漏れ出るものだと思うんです。だからコラボレーションのときは、その相手から漏れ出たものがしっかりと作品のなかの一定以上のスペースを占めるよう、そのスペースを空けておくことが大事で、空けてさえおけばいいとすら思っているかもしれません。

 その意味では、(ラ)オルド『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』で僕は、作品のコンセプトが要請する身体をはみ出してバレエダンサーたちから漏れ出る個々の身体が見たかったんだと思います。実際、それが少し発露されたような短いデュオのシーンや3人のシーンが作中にはありました。そこは僕は好きでした。

──最後に、演劇という分野の前線で制作を続けてきた岡田さんにとって、コンテンポラリー・ダンスはどのような存在でしょうか。

岡田 僕が20代後半くらいだった頃は、海外で起きていたコンテンポラリー・ダンスのムーヴメントが日本でも頻繁に紹介されていて、それにインスピレーションを受けて国内でも「変なこと」がいろいろ起こっていた気がします。演劇をやっている僕としては、当時のダンスのその活況に羨望の眼差しを向けていました。

 僕の印象としては、現在のコンテンポラリー・ダンスはそうした存在ではなくなっている。またそうなってくれたら面白いですよね。時代の周期としても、そろそろその時期が到来するんじゃないかと期待しています。「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」のプロジェクトが、そのための刺激を与えてくる立役者になってくれたらいいなと思っています。

アレッサンドロ・シャッローニ ラストダンスは私に 2024 Photo by Ryo Yoshimi Courtesy of Kyoto Experiment

*1──フランスのダンサー/振付家であるフィリップ・ドゥクフレ(1961〜)が1990年に発表した、サーカスをモチーフとしたダンス作品。芸人たちが奇想天外な芸を、その身体を使って様々に繰り広げる。
*2──アルゼンチン生まれの演出家、コンスタンツァ・マクラス(1970〜)による、ダンサーとともに移民の子供たちが参加するダンス作品。