2024.12.18

「バグスクール」に込めた思いとは。インディペンデント・キュレーター池田佳穂とBUGスタッフが語る

リクルートホールディングスが運営するアートセンターBUGで、企画展「バグスクール2024:野性の都市」が12月18日より開催されている。7人のアーティストらによるグループ展や、それにあわせて実施される多数の参加型プログラム、そして会場では作品購入もすることができるといったこの複合的なアートプロジェクトについて、BUGの運営を担当する小林祐希と石井貴子、そしてゲストキュレーターとしてプロジェクトの立ち上げから関わる池田佳穂に語りあってもらった。

聞き手=山内宏泰 写真=手塚なつめ

左から、小林祐希(BUGスタッフ)、池田佳穂(インディペンデント・キュレーター)、石井貴子(BUGスタッフ)
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展示、交流、購入。3つをつなげるアートプロジェクト「バグスクール」

小林祐希(以下、小林) 「バグスクール」は、「グループ展」「参加型プログラム」「作品購入」といった3つの要素から構成されるアートプロジェクトです。BUGが立ち上がってから2つ目の展覧会として昨年末に第1回を開催し、今年も年末にあわせて第2回展を開くことができました。

石井貴子(以下、石井) BUGの立ち上げ準備中だった3年前からこのプロジェクトは構想されていました。BUGの前身にあたるスペース「クリエイションギャラリーG8」と「ガーディアン・ガーデン」では、1990年代から長らく「Creation Project」(クリエイションプロジェクト、*)というチャリティー企画展を続けていました。これを引き継ぐものをBUGでもつくろうと考えていたのです。また、BUGではアーティストのキャリア支援にも取り組んでいきたいという展望があったので、その要素も入れて企画を進めていきました。

小林 プロジェクト内容については、立案の時点からインディペンデント・キュレーターの池田佳穂さんと相談しながら、一緒に具体化していきました。BUGはアーティストのみならず、アートワーカーの方々にも広く挑戦の機会を提供、支援していきたいと考えており、池田さんとの協働もその一環です。今後も年に数本は、外部キュレーターと展覧会づくりをしていく予定です。

 池田さんにお声がけをしたのは、東南アジアでジャンル横断的なキュレーションを実施したり、森美術館の学芸課で働いてこられたというキャリアもさることながら、アーティストと来場者をつなぐ「ラーニング」を重視する姿勢が、BUGの考えややりたいこととつながりそうだと感じたからです。私たちスタッフの多くと同世代ということもあって、勝手に親近感も抱いていました。実際にご一緒してみると、つねに全力で目の前の課題に挑戦していくスタンスなども含め、色々なことを学ばせていただきました。バグスクールというネーミングも、池田さんから提案いただいたものです。

池田佳穂(以下、池田) お声がけいただいて大変うれしかったです。私が目指すキュレーションのスタイルは、アーティストの過去の実績を汲み取り展覧会として見せるだけではなく、彼らとともにこれまでにない実践を積み、いかに新しい「点を打つ」ことができるかというもの。BUGでなら、自分の目指すスタイルを健全に実現していけそうだと感じました。

 この企画の前身となるクリエイションプロジェクトも作品の展示・販売を行うといったものでした。それを受け継ぐような企画をつくりたいとの依頼をいただいたとき、アートフェアのようにただ作品を販売するだけではもったいない気がしました。リクルートにはこれまで手厚くアーティスト支援をしてきた歴史があり、BUGでも変わらず注力していくということだったので、もっと踏み込んだことをやれそうだと思ったのです。そこで、アーティストの制作背景やキャラクターをよりよく知る機会を設けて、たくさんの観客にファンになってもらったうえで、作品の販売・購入体験に結びつけたいと提案しました。「バグスクール」というネーミングは、そうした学びあいの場を創出する意味を込めてのものです。

石井 作品の販売に関してはBUGでは初めての経験だったので、受付スタッフの対応などフローづくりから取り組みました。作品を購入いただいた後もアーティストと購入者が長くコミュニケーションをとって良好な関係を築けるよう、両者が守るべき約束ごとを書類にまとめたりもしています。

池田 パフォーマンスやプロジェクトベースで創作するアーティストは、作品がモノとして残りづらいので販売になかなかつなげられないといった悩みがあります。バグスクールの参加アーティストにもそういった方は多かったので、相談のうえ、プロジェクトに関連したピースを違うメディアでつくってみたりと、ファンの手元に届きやすい作品の形態を模索し、販売につなげていきました。

小林 そうした甲斐あって、第1回の終了時点では総計20点の販売が実現しました。アーティストの取り分を除いた収益はセーブ・ザ・チルドレンへ寄付をしています。無事にまとまった額を寄付できてよかったです。

池田 昨年の12月、出展アーティストのひとり平手さんが、参加型プログラム「無痛友情室~検体1997号~」というパフォーマンスを実施しました。そこに参加していた学生の方が、年明けに再度訪ねてきて、平手さんの写真作品を購入してくださいました。パフォーマンスを見て感動し、年末年始にずっと作品購入を検討し続け、ようやく決心がついたのだと話してくれました。展示とプログラムによって「初めての作品購入」の機会を生み出せたのはうれしいことです。

石井 昨年の第1回「バグスクール:うごかしてみる!」では、イベントをとにかく多数開催しました。32日の会期のあいだに、9人のアーティストが15つものプログラムを実施したんです。

小林 プログラムに参加した方々が、アーティストと交流して他愛ない話などをする。そのなかで、人柄や作品の魅力に気づき、いっそう応援をしたくなるというサイクルをつくれたのではないかと思います。プログラムづくりの経験がないアーティストもいたので、池田さんやスタッフと意見を出しあい、皆であれこれ知恵をしぼりながら企画を立てていきました。作品販売についても同様で、価格の検討、書類作成、引き渡し時の梱包方法といった細かいところまで、BUGがアーティストと併走するかたちをとりました。

池田 BUGが標榜している、アーティストから観客まで、関係するすべての人に「寄り添う力」が、存分に発揮されていたと思います。キュレーターに対してもそうで、スタッフの皆さんに何でも気軽に相談できて、湧き出てくる課題の大小を問わず、どんどん調整してくださった。そのため、私はアーティストらとのコミュニケーションに集中することができたので、大変ありがたかったです。

第1回「バグスクール:うごかしてみる!」会場風景より 撮影=編集部

*──「Creation Project」(クリエイションプロジェクト)は、クリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンで開催していた、日本のものづくりとデザインの価値や魅力を子供たちに伝えるチャリティープロジェクト。

都市のなかのオルタナティブな「学び場」になりたい

小林 第1回の盛り上がりを受けて、今月には第2回となる「バグスクール:野性の都市」の開催へと漕ぎ着けることができました。もちろん今回も引き続き、池田さんにキュレーションをお願いしています。

池田 昨年は「うごかしてみる」をテーマにして身体性を考えてみようとしたのですが、今回は「都市」に着目しています。都市とは複層的かつ複雑で、それを見つめる視座は人によって様々です。そこで今展では、都市の表層を引き剥がして、プリミティブな都市の姿をさらけ出せないかと考えました。

 ただしバグスクールでは、統一したひとつの物語を提示するのではなく、学び場として多様な表現や意見に触れられるようにしたかったので、都市を個性的な視点から大胆に解釈して作品化してくれるようなアーティストにお声がけし、そのキュレーションを試みました。結果、7人の参加アーティストは個性的な視座や感覚を大切にしながら、強烈な世界観を築いていく人ばかりとなりました。

「バグスクール:野性の都市」メインビジュアル

石井 展示場所となるBUGの会場構成も、練りに練ったものとなりましたね。

池田 「都市」がキーワードなので、まず私が会場内に二層構造のインフラを構成しました。そのうえで「スロープの上下で展示できますか」「2階部分を使ってください」などと、各アーティストにスペースを振り分けていきました。投げかけたお題に対して、彼らがどう応答するかを見てみたかったのです。

 するとアーティストの側もこちらの問いかけに乗っかってくれて、展示壁の奥にひっそりとあったシャッターや扉を見つけて「これも使っていいか」などと、思いがけぬ提案をしてきてくれたこともありました。天井高のある大きい空間を存分に活用した展示ができあがったかと思います。

第2回「バグスクール2024:野性の都市」会場写真より 提供=BUG
第2回「バグスクール2024:野性の都市」会場写真より 提供=BUG

小林 前回に引き続き、会場内にラーニングスペースが設けられているのも特徴的です。

池田 作品鑑賞の前後にひと息つける場が欲しかったので。スペースには本棚を設置しており、参加アーティストによる推薦書籍も並べています。それらを手に取っていただくと、彼らのキャラクターや思想のより深い部分に触れてもらえるのではないかと期待しています。

 加えて今回は、ラーニングスペースをプライベートな部屋のような設えにして、各アーティストの小作品を数点ずつ置いてみました。仮に作品を購入して部屋に飾ったらどういう見え方になるか、体感していただけると思います。

第2回「バグスクール2024:野性の都市」会場写真より、ラーニングスペース 提供=BUG

石井 各種イベントが目白押しなのも前回と同様です。参加型プログラムが14回以上、それに親子鑑賞イベント、アーティストトークやキュレータートークなども多数用意しています。来ればいつでも何らか興味深いことが行われている、そんな状況を生み出したいですし、イベントを通して作品への興味をより深めていただければと思います。

小林 昨年の参加型プログラムでは、参加者の皆さんがアーティストにどしどし話しかける様子が見られました。展覧会にアーティストが在廊しているときに声をかけるのは少しハードルが高いけれど、プログラム中だとごく自然に交流することができるようでよかったです。

石井 展覧会を観覧くださる方もイベント参加者も、多様な属性になっているのがまたうれしいです。展示を目当てに来る方はもちろん多いですが、仕事帰りや観光の合間、新幹線や高速バスの待ち時間、併設のBUG Cafe から流れてきたりと来場パターンは様々になっています。

池田 バグスクールが、とかく正解を求められがちな学校や会社とはひと味異なる、都市のなかにあるオルタナティブな学び場として機能するようになれば何よりです。作品やアートのことに留まらず、私たちを取り巻く社会や環境などについて広く、ともに考えるきっかけがここから生まれてくることを願っています。