「異界出現」。
内藤正敏が東京都写真美術館で
見せる「あちら側」の姿
恐山のイタコや即身仏、出羽三山など様々な「異界」を写し取ってきた写真家・内藤正敏。その回顧展「異界出現」が、東京都写真美術館で始まった。60年代の初期作から近作まで約200点におよぶ作品を展覧する本展の見どころとは?
1938年、東京に生まれた写真家・内藤正敏。早稲田大学理工学部で化学を専攻した内藤は、61年に同大卒業後、62年よりフリーの写真家として活動。独自の世界を築き上げてきた。
内藤の50年を超える足跡をたどる本展「異界出現」は約200点、5つのセクションで構成。前半3章はモノクローム、そして後半2章はカラーの作品によって展示が成り立っている。
1960年代、化学反応によって生まれる現象を接写し、化学と空想が融合した「SF写真」と呼ばれる幻想的な作品を多数生み出した。その作品は早川書房の『ハヤカワ・SF・シリーズ』の表紙を飾っており、本展でもその実物を目にすることができる。
内藤にとっての転機は25歳。1963年に山形県・湯殿山麓での即身仏と出会ったことに大きな衝撃を受けた内藤は、「SF写真」の制作を止め、4×5カメラで即身仏のモノクローム撮影を始める。本物の即身仏をアップでとらえた作品は、どれも強烈なインパクトで何かを訴えかけてくるようだ。
東北地方での民間信仰に興味を持った内藤は、その後、恐山のイタコたちを即興的に撮影した代表作とも言えるシリーズ「婆バクハツ!」を制作。同シリーズの制作を通じて、内藤は「死から生の輝きを逆照射する思想」という、自身の東北文化論の核心を得たという。「婆バクハツ!」はそのタイトルもあいまって、不気味さを漂わせながらもどこか明るさやユーモアを感じさせるシリーズだ。
加えて本展では、柳田國男の『遠野物語』の原風景を探ろうと試みた「遠野物語」シリーズや、修験道の聖地・出羽三山(羽黒山、月山、湯殿山)をテーマに、東北の仏像や神像の姿を一転、鮮やかな色彩とともに切り取ったシリーズなど、民俗学者としての内藤の視点が色濃い作品群が多く並ぶ。
しかしそのいっぽう、内藤の都会への眼差しにも注目したい。内藤は70年から85年までの間、都市の姿を撮り続けてきた。本展では、過去と現在や光と闇が交錯する異界への入り口としての東京(繁華街)をとらえた「東京」シリーズを展示。交通事故現場で立ち尽くす少年や、行き倒れた男、ホームレスなど、当時の東京のアクチュアルな(しかし光が当たることのない)側面を伝える。
なお、本展最後のセクションでは、2004年に東北芸術工科大学で開催された回顧展「内藤正敏の軌跡」展で展示された初期作と「出羽三山」シリーズの大型プリントを、再構成して展示。内藤が一貫してとらえてきた異界の姿が大迫力で迫ってくる。