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2025.6.24

「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」(すみだ北斎美術館)開幕レポート。“あ!”の驚きから始まる北斎の世界

すみだ北斎美術館で、「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」展が開幕。葛飾北斎の浮世絵に込められた驚きの「仕掛け」を楽しむ展覧会だ。

展示風景より
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 すみだ北斎美術館で、「あ!っと北斎~みて、みつけて、みえてくる浮世絵~」展が始まった。会期は8月31日まで。

 本展は、江戸時代を代表する浮世絵師・葛飾北斎の作品に潜む“驚き”や“気づき”に焦点を当て、浮世絵の新たな楽しみ方を多角的に提案するもの。展示は「みる」「みつける」「みえてくる」という3つのキーワードを軸に構成されており、来場者が能動的に作品と向き合うことで、北斎や浮世絵に対する理解を深められるよう工夫されている。

プロローグ「浮世絵と北斎 早わかり案内所」の展示風景より

 展覧会の導入部となるプロローグでは、浮世絵とはどのようなもので、葛飾北斎がいかなる人物であったかを、豊富なビジュアルとわかりやすい解説で紹介。もともとは仏教用語であった「浮世」という言葉が、江戸時代には「今風」や「現代風」といった意味合いを持つようになり、庶民の日常や風景、美人画、役者絵など多彩な主題を描いた大衆芸術として発展していった過程を紐解く

 本章では、絵師が筆で直接描いた「肉筆画」と、彫師や摺師との分業により制作される「版画」の違い、さらに「錦絵」や「版本」といった形式についても、実物資料や図解を通じて学ぶことができる。また、木版印刷技術の発展によって浮世絵が大量に普及していった歴史や、それを支えた職人たちの役割の重要性にも光が当てられている。

第1章「北斎の作品をみてみましょう」の展示風景より

 プロローグで浮世絵と北斎の基礎知識を得たあとは、いよいよ北斎の実作をジャンルごとに鑑賞する第1章「北斎の作品をみてみましょう」が始まる。本章では「版画(錦絵・摺物)」「版本」「肉筆画」の3カテゴリーに分けて、代表的な作品が展示されている。

第1章「北斎の作品をみてみましょう」の展示風景より、左は《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》

 なかでも目を引くのが、世界的に知られる「冨嶽三十六景」シリーズのひとつである《神奈川沖浪裏》。本作では、大波とその中を進む舟、遠景に静かにたたずむ富士山という構図によって、動と静のコントラストが鮮やかに描かれている。また、手前の波が富士山のかたちと重なるように描かれているなど、構図上の工夫が紹介されており、鑑賞者に「なるほど」と感じさせる発見の喜びを与えてくれる。

 第2章「『あ!』っと、みつけて、みえてくる!」では、鑑賞者が自らの目で作品の「共通点」や「違い」を見つけ、最終的にはそこから新たな視点が「みえてくる」体験へとつながる構成となっている。複数の作品を比較しながら、浮世絵版画ならではの表現や構図、摺の技法についてより深く理解を促す展示内容となっており、初めて浮世絵に触れる来館者にもわかりやすく構成されている。

第2章「『あ!』っと、みつけて、みえてくる!」の展示風景より、左から《冨嶽三十六景 遠江山中》、《冨嶽三十六景 東都浅草本願寺》

 まず「共通点をみつける」視点からは、代表作《冨嶽三十六景 遠江山中》と《冨嶽三十六景 東都浅草本願寺》の2点が紹介されている。いずれの作品にも、画面手前に描かれた建物の大屋根と、遠景に配された富士山が、三角形の形状として繰り返されており、北斎が好んだ「△型の視覚的対比」が際立っている。

 続く「違いをみつける」部分では、浮世絵版画特有の“初摺”と“後摺”の違いに焦点を当てた展示が展開される。代表作《冨嶽三十六景 山下白雨》の初摺・後摺・変わり図の3点が比較展示され、版木の劣化や摺りの技術、さらには販売戦略に伴う改変など、版画ならではの特徴が浮き彫りにされている。

第2章「『あ!』っと、みつけて、みえてくる!」の展示風景より、《冨嶽三十六景 山下白雨》の初摺・後摺・変わり図の3点

 初摺とされるNo.78《山下白雨》では、輪郭線が極めて繊細で、空にはベロ藍を用いた丁寧なぼかし摺りが施されており、摺師の高い技術と絵師の意図が忠実に表現されている。これに対し、後摺であるNo.79では、版木の摩耗や工程の簡略化により、輪郭線が太く、空のぼかしも縮小されている様子が確認できる。

 さらにNo.80の「変わり図」では、空の色が青から黄色や緑に変更され、山裾には松林が追加されるなど、原図とは異なる表現が加えられている。これは、絵師が関与しない後摺の過程で、時代の趣向や市場の需要に応じて構図や配色が改変されることがあったことを示しており、浮世絵が印刷物として流通・消費されていた文化的側面を考察する手がかりとなっている。

第2章「『あ!』っと、みつけて、みえてくる!」の展示風景より、《冨嶽三十六景 山下白雨》の初摺・後摺・変わり図の3点

 最後のパート「絵をみて、みえてくる?」では、《冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう》などの作品を通して、構図や視線誘導の工夫に着目。鑑賞者が自身の感覚で新たな「見え方」を発見できるような体験が提示されている。

第2章「『あ!』っと、みつけて、みえてくる!」の展示風景より、左は《冨嶽三十六景 五百らかん寺さゞゐどう》

 本作に描かれる「さゞゐどう(三匝堂)」は、内部が螺旋構造になった特徴的な建築で、かつて江東区に存在した五百羅漢寺の仏堂である。北斎は、この建物や人物の姿勢を巧みに配置し、鑑賞者の視線が自然と画面中央の富士山へと導かれるよう構成している。

 また、初摺でしか見られないベロ藍の鮮やかな色彩も、本展の見どころのひとつ。今回の展示では、こうした希少な初摺作品を間近に鑑賞できる貴重な機会となっている。

展示風景より
展示風景より

 本展では、専門的な知識がなくても作品の魅力に触れられるよう、解説文に平易な言葉が用いられており、子供から大人まで幅広い層が楽しめる内容となっている。自由研究や初めての美術館体験にも適しており、夏休みの文化的なお出かけ先としても最適だ。