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2025.7.5

「究極の国宝 大鎧展─日本の工芸技術の粋を集めた甲冑の美の世界─」(春日大社)開幕レポート。甲冑のふるさと・奈良に国宝 大鎧が集結

奈良にある世界遺産・春日大社の国宝殿で、特別展「究極の国宝 大鎧展─日本の工芸技術の粋を集めた甲冑の美の世界─」が開幕した。会期は9月7日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、左:春日大社所 国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)【通期展示】、右:櫛引八幡宮所蔵国宝 赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)【通期展示】
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 奈良にある世界遺産・春日大社の国宝殿で、特別展「究極の国宝 大鎧展─日本の工芸技術の粋を集めた甲冑の美の世界─」が開幕した。会期は9月7日まで。

 金工、漆工、染織など複数の分野にまたがる工芸作品の集合体である甲冑。なかでも平安時代後期から南北朝時代にかけてつくられた大鎧はもっとも格式が高いといわれている。大鎧は、馬に乗り弓を主な武器として戦う騎射戦に特化した甲冑としてつくられたもの。騎馬戦のために鎧自体の構造も工夫されているが、一軍を率いる武将の晴れ姿であり、合戦において戦功を明示するためのものでもあるため、華やかな色やデザインによる豪華で優美な点も特徴である。

 時代が降り戦術が騎馬から徒歩による集団戦へ移行すると、大鎧の実用性は低くなる。しかし正式な格式高い甲冑という意である「式正の鎧」と称され、神仏にも多く奉納されるようになった。

 本展は、国宝指定された甲冑類18点中9点が一堂に会するという異例の展示となっている。なかでも、豪華な飾金物をあしらい、「国宝大鎧の双璧」として知られている二領の大鎧が史上初めて並列展示されるという、大変貴重な機会だ。

 まず第一会場に入って目を引くのは、やはりなんといっても本展の目玉、青森県 櫛引八幡宮の「赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)」と春日大社の「赤糸威大鎧(竹虎雀飾)」だ。「国宝大鎧の双璧」といわれる二領が並ぶ姿は圧巻である。

展示風景より、左:春日大社所 国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)【通期展示】、右:櫛引八幡宮所蔵国宝 赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)【通期展示】

 この二領は60日間の会期中展示替えせず並列展示を続ける。今後日本ではこのような展示はほぼ不可能といわれており、二度と見ることができないかもしれない大変貴重な展示だ。

 向かって左手にあるのは、国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)。これは春日大社所蔵のもので、14世紀に源義経に奉納されたと伝えられている。豪華絢爛な飾金物をまとっており、名前のごとく、様々な動物のモチーフがあしらわれているが、なんと雀のモチーフは一領のなかに98羽施されている。総重量は28.95kgと、見た目の美しさとは裏腹に、身に纏うだけでも一苦労な状況が想像できる。

展示風景より、春日大社所 国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)【通期展示】
展示風景より、春日大社所 国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)【通期展示】

 いっぽう、向かって右手に展示されているのは、青森県 櫛引八幡宮に所蔵されている、国宝 赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)。南朝方から、いまでいう東北地域で活躍していた南部家に伝承されたとされている。長寿の吉祥を象徴する菊の花のモチーフが幾重にも重なっている装飾が特徴的。国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)を西の横綱と呼ぶのに対し、こちらは東の横綱と呼ばれ、東西で名を張る絢爛豪華な大鎧とされている。こちらは総重量34.6kg。

展示風景より、櫛引八幡宮所蔵国宝 赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)【通期展示】
展示風景より、櫛引八幡宮所蔵国宝 赤糸威鎧(菊一文字の鎧兜)【通期展示】

 この二領を背にしたすぐのところに展示されているのは、逆沢瀉威鎧雛形 模造(さかおもだかおどしよろいひながた もぞう)。これは皇居三の丸尚蔵館が所蔵する逆沢瀉威 鎧雛形を大正15年に堀越紫郷が模造したもの。初期の大鎧の製作方や形態を調べる資料として大変貴重なものとされている。

展示風景より、東京国立博物館蔵 逆沢瀉威鎧雛形 模造【通期展示】

 初期の大鎧を発展させるかたちで様々な装飾が生み出されていくのだが、なかでも絢爛豪華な装飾がされたものとして、国宝 赤糸威大鎧(梅鶯飾)があげられる。本作は国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)と同様に春日大社の所蔵品。江戸時代に、八代将軍徳川吉宗が思わず複製品を作らせたといわれるほどの美しさと勇壮さを兼ね備えた傑作。

展示風景より、春日大社所蔵国宝 赤糸威大鎧(梅鶯飾)【通期展示】
展示風景より、春日大社所蔵国宝 赤糸威大鎧(梅鶯飾)【通期展示】

 また会場には、国宝 籠手(こて)も展示されている。籠手単独では唯一の国宝となっている、大変貴重なもの。義経が形見に残していったと伝えられることから「義経籠手」の名で知られている。手の甲にあたる部分にも菊や蝶の飾金物が施されている。

展示風景より、春日大社蔵国宝籠手【前期展示】

 会場奥には、国宝 黒韋威矢筈札胴丸が展示されている。本作は、胴だけであった胴丸に筋兜(すじかぶと)と袖が付けられた三物皆具の胴丸の最後の遺品。楠正成奉納と伝えられている。

展示風景より、春日大社所藏 国宝 黒韋威矢筈札胴丸【前期展示】
展示風景より、春日大社所藏 国宝 黒韋威矢筈札胴丸【前期展示】

 会場中央には、大鎧をつけた武将が描かれた絵巻なども展示されており、大鎧が実際にどんな場面で使用されていたがわかるようになっている。

展示風景より、春日大社蔵 春日本・春日権現験記 第2巻【前期展示】

 続いて第二会場では、奈良が中世から近世にかけて甲冑の一大生産地であった点に着目した展示が展開されている。本展では「甲冑のふるさと・奈良」も重要なテーマのひとつになっており、春日大社伝来の甲冑と奈良甲胃師との関係やその特質を紐解く内容となっている。

展示風景より、個人蔵 南都本談義屋伝来紫萌葱地逆沢瀉威鎧切型【通期展示】

 また江戸時代の火災によって残欠(焼身)となった、重要文化財の兜鉢及鎧金具や、火損前の切型(紙)、復元模造の鎧である 三井記念美術館所蔵 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)なども展示されている。近世にかけて行われた克明な調査によって実現した復元や修復の技術についても目の当たりにすることができる。

展示風景より、三井記念美術館所蔵 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)【通期展示】
展示風景より、三井記念美術館所蔵 紫糸妻取威鎧(歌絵金物)【通期展示】

 一階ではさらに鎧について理解を深めることができる参考展示とともに、今回本展とコラボレーションしているモンスターハンターのキャラクターと記念撮影ができるブースも。

展示風景より

 春日大社の宮司・花山院弘匡は本展について次のように語る。「本展は、甲冑の一大生産地であった奈良という土地にある春日大社のもとに、前後期含め全31点の名鎧が揃うまたとない機会。ぜひこの機会を逃さず見にきてもらいたい」。