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2025.8.7

「特別展示 やなせたかし ぼくと詩と絵と人生と」(香美市立やなせたかし記念館)レポート。アンパンマンの生みの親が伝えようとしたメッセージとは

高知県香美市にある香美市立やなせたかし記念館で、「特別展示 やなせたかし ぼくと詩と絵と人生と」が開催されている。会期は11月9日まで。

文・撮影=大橋ひな子(ウェブ版「美術手帖」編集部)

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 高知県香美市にある香美市立やなせたかし記念館で、「特別展示 やなせたかし ぼくと詩と絵と人生と」が開催されている。会期は11月9日まで。

 やなせたかしは、1919年に高知県在所村(現・香美市香北町)に生まれた。おなかがすいた人に自分の顔を食べさせて助ける正義のヒーロー「アンパンマン」の生みの親として有名だが、絵本作家以外にもさまざまな分野で活躍している。東京田辺製薬、高知新聞社、三越百貨店で働いていた経験も持つやなせは、1953年に漫画家として独立して以降、「ビールの王さま」をはじめとした広告漫画や成人雑誌・新聞への連載漫画も多く手がけた。

 また詩人としての一面も持っており、代表作「手のひらを太陽に」を手がけ、本作が収録された『愛する歌』は、詩集としては異例のヒットを出す。さらに詩と絵と漫画を絵本形式でまとめつつ、読者から投稿される作品を主体とした雑誌『詩とメルヘン』を自ら責任編集として創刊するといった編集者としての顔も持っていた。ほかにもミュージカルの舞台装置のデザインを行ったり、手塚治虫からの依頼により、アニメ映画「千夜一夜物語」の美術監督・キャラクターデザインを担当するなど、その活躍は多岐にわたる。

 そんなやなせたかしの創作世界の収集・研究・公開を軸に、出身地である高知県香美市の中核的文化施設として設立されたのが、香美市立やなせたかし記念館である。

 本施設は、「アンパンマンミュージアム」「詩とメルヘン絵本館」「別館」の大きく3つの施設から成り立っており、今回開催されているやなせの過去最大の回顧展である本展は、この3つの施設を横断するかたちで展開されている。

アンパンマンミュージアム
詩とメルヘン絵本館
別館

 第1会場であるアンパンマンミュージアムの入ってすぐにあるエントランスは、3階までの吹き抜け構造となっている。大きな階段の先には、やなせと妻・暢が写る垂れ幕がかかっており、階段にはやなせの分身「やなせうさぎ」が出迎える。

展示風景より
展示風景より

 施設は地下1〜4階と分かれているが、4階では企画展「あんぱんまん?アンパンマン?」が開催されている。やなせが長年にわたって描き続けた「アンパンマン」というヒーロー像を、作者自筆の原画原稿によって紹介されている。

展示風景より

 意外にも、最初に「アンパンマン」という名前の作品が登場したのは、1969年の雑誌『PHP』で連載した大人向けの短編読み物だった。その後子供に親しまれてきた絵本「アンパンマン」シリーズ(フレーベル館)が誕生するなど、絵本、漫画、演劇など媒体を変えながら様々なアンパンマンを生み出してきたことがわかる。

展示風景より

 みんなの初登場というコーナーでは、アンパンマンに登場するばいきんまんやしょくぱんまんなどの有名なキャラクターの最初の登場シーンの原画が展示されている。

展示風景より

 また会場の一部では、やなせの晩年のインタビュー動画が流れており、どういう思いでこの作品を生み出してきたのかを、やなせの飾らない言葉を通じて知ることができる。

展示風景より

 3階に降りる途中の階段には、子供の目線に合わせた地面から約50cmほどの高さに、やなせからのメッセージが点在している。大人でもハッとするようなひとことが混ざっており、不意にやなせから問いかけられているような気持ちになるだろう。

展示風景より

 3階にはやなせの名誉館長室があり、同じフロアにある「やなせ名誉館長の生まれた場所はあの山のむこうにあります」と書かれた扉から外に出ることができる。そこではやなせがかつてみていたものと同じ風景を見ることができる。

展示風景より
展示風景より

 2階には「ガラスの収蔵庫」と呼ばれる歴代のアンパンマンキャラクターグッズの展示スペースがある。おもちゃやぬいぐるみ、文房具、衣類など、これまで商品化された様々なグッズが並ぶ様子は壮観である。子供たちをはじめとした人々の生活に、長年アンパンマンが寄り添い続けてきたことを感じさせる。

展示風景より

 地下1階に降りると、「それいけ!アンパンマン」の世界を模したアンパンマンワールドが広がっている。アンパンマンたちが暮らす町をミニチュアで再現したジオラマを中心に、実際にアンパンマンたちが過ごす世界の様子を楽しむことができる。

展示風景より
展示風景より

 第2会場の詩とメルヘン絵本館で開催されているのは、企画展「ダン爺な編集長・やなせたかし」。生い立ちを年譜で振り返りながら、やなせの晩年の作業机の再現や、多彩なワードローブなど、やなせ自身の人となりが垣間見えるプライベートな資料が展示されている。

 館名の由来となっている、やなせが30年間作り続けた雑誌『詩とメルヘン』359冊が一挙展示されているのも注目ポイントだ。『詩とメルヘン』は、1973〜2003年までの30年間にサンリオから出版された月刊誌で、やなせたかしが構想し、創刊から最終号まで編集長を務めたもの。「世に埋もれた星層のような詩を拾い集めよう」というコンセプトをもとに、一般読者から募集した詩とイラストを掲載するというユニークな雑誌であった。

展示風景より

 またやなせのワードローブを展示するスペースには、個性的なデザインの洋服が並ぶ。やなせはスタイリストをつけずに自分でコーディネートをしていたため、これらはすべてやなせの私物となる。アンパンマンモチーフがあしらわれた靴下やネクタイもお気に入りだった様子。

展示風景より

 壁面に展示される年表には、やなせが何歳のときにどんな作品を生み出していたのかが明記されている。多面的なクリエイターであったやなせといういち人間の、94年間の壮大な人生を追体験するような内容だ。

展示風景より

 会場奥にはやなせたかしの新宿区にあったアトリエのデスクが再現され、会場に掲示されているアシスタントのコメントからは、やなせの口癖やルーティーンが紹介されている。普段知ることのできない作家としての一面を垣間見ることができる。

展示風景より

 第3会場の別館では、企画展 「愛をうたう詩人・やなせたかし」が開催されている。1966年発行の詩集『愛する歌』を中心として、「ギフトブックシリーズ」「たそがれ詩集」などのやなせが紡ぐ詩の世界が展開される。

展示風景より

 同詩集から初出展となる自筆原稿が展示されるほか、連続テレビ小説『あんぱん』の脚本家・中園ミホをはじめ、小説家・小手鞠るい、ノンフィクション作家・梯久美子が語るやなせたかしの詩の魅力が紹介されている。

展示風景より

 また、妻・暢との秘蔵写真や、2人の夫婦愛が垣間見える資料も特別展示され、やなせのプライベートな一面についても深堀できる構成となっている。

展示風景より

 本展は、やなせの代表作であるアンパンマンの紹介だけではなく、人間の美しいとはいえない一面や出来事すら真っ直ぐに見つめ、葛藤しながらも比類なき愛情でそれを受け入れ肯定してきたやなせの姿勢を知る機会となる。多面的な顔を持つクリエイターであるやなせは、その作家人生をかけて我々に何を伝えようとしたのか。いま一度そのメッセージについて考え直す機会となるだろう。