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2025.11.29

「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」(長野県立美術館)開幕レポート。他者を映すとはどのようなことなのか

長野県立美術館で同県出身の写真家・北島敬三の写真展「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」が開幕した。会期は2026年1月18日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、「A.D.1991」シリーズ
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 長野市の長野県立美術館で写真家・北島敬三の個展「北島敬三写真展 借りた場所、借りた時間」が開幕した。会期は2026年1月18日まで。担当は同館学芸員の松井正。

展示風景より、「UNTITLED RECORDS」シリーズ

 北島敬三は1954年、長野県須坂市生まれ。進学を期に上京し、1975年に「WORKSHOP写真学校」の森山大道の教室に参加したことを契機に本格的に写真を始めた。翌年、同校の解散を受けて森山らとともに自主運営ギャラリー「イメージショップCAMP」を設立し、76年に初個展「BCストリート・オキナワ」(新宿ニコンサロン)を開催。79年から80年にかけては『写真特急便 東京』『写真特急便 沖縄』で作品を発表し、都市と人間の瞬間を鋭く捉えたスナップショットで注目を集めた。

 『写真特急便 東京』で日本写真協会新人賞(1981)を受賞し、渡米後に刊行した『New York』(白夜書房)で第8回木村伊兵衛写真賞(1983)を受賞。その後、東西ベルリン、ワルシャワ、プラハ、ブダペスト、香港、ソウルなどで撮影し、冷戦構造下の都市と人々の姿を記録し、91年には旧ソ連取材を経て、それまでのスナップショット中心の制作を一転させ、以降は「PORTRAITS」「UNTITLED RECORDS」など、定点的・連続的な撮影によるシリーズを展開。これらの作品は、震災後の被災地域や日本各地の風景を通して、時間と記憶の層を見つめ直すものとなっている。

展示風景より、「UNTITLED RECORDS」シリーズ

 本展は、北島の50年にわたる活動を振り返る初の大規模回顧展であり、キャリア初期から近年までの代表作を展示するもの。旧作のニュープリントや雑誌・写真集などの資料をあわせて紹介し、写真家自身による再構成のプロセスを通してその軌跡をたどる。

展示風景より「USSR 1991」シリーズ

 会場の冒頭では、正面を向いた人物のポートレイトが並ぶ、「PORTRAITS」シリーズの連作が展示されている。本シリーズは92年に始まった、複数年にわたって同じ人物のポートレイトを、白い背景、白い衣服、正面像といった同等の条件で撮影し続けたものだ。年月によって変化した。被写体の情報を絞り込むことによって、同一人物の顔や微妙な表情の変化が際立ち、その人物が持つ時間や経験が浮き上がってくる。

展示風景より、「PORTRAITS」シリーズ

 会場ではこれ以降、大まかに北島のキャリア順に作品が紹介されていく。北島が森山と新宿2丁目に開いた自主運営ギャラリー「イメージショップCAMP」で、1979年の1年間にわたり同所で月1回の連続写真展「写真特急便東京」を開催した。撮影と発表までの期間を極限まで圧縮するというコンセプトのもと発表された「PHOTO EXPRESS TOKYO 1979」は、当時の東京と若い北島の熱量が刻み込まれている。

展示風景より、「PHOTO EXPRESS TOKYO 1979」シリーズ

 2階の展示室では、被写体を求め活動の場を世界へと広げていった時代の北島の作品群を紹介。81年に渡米した北島は、3ヶ月間ニューヨークに滞在位。その後も再訪して6ヶ月間滞在し、900本のフィルに相当する撮影を行った。これらは写真集『New York』にまとめられ、本作で北島は木村伊兵衛写真賞を受賞した。新宿を拠点としていた時代と同様に、街に入り込み、ストロボを炊いて人々の持つ一瞬の熱量を写し取っている。

展示風景より、「New York」シリーズ

 ニューヨーク滞在時に東欧での撮影を構想していた北島は、83年に渡欧しベルリンを拠点に東欧を訪れてストリートスナップを撮影した。このときの撮影では、これまでと異なり被写体との距離を感じる作風へと変化する。ローアングルで被写体の瞬間を盗み取るような視点は、まだ東西に世界が分かたれていた頃の東側の風土までをいまに伝える。

展示風景より、「EASTERN EUROPE」シリーズ

 ほかにも北島は小説家・中上健次との共同連載を『朝日ジャーナル』で持っていたが、このときに撮影されたストリートスナップは、様々な都市で撮影された風景とともに91年、写真集『A.D.1991』としてまとめられる。スナップシューターの名手としての北島の集大成ともいえるが、いっぽうでこれ以降、北島は作風を大きく変えていく。

展示風景より、「A.D.1991」シリーズ

 北島は91年、ソビエト連邦を訪れ50日間にわたり撮影を行った。ソビエト崩壊の直前に撮影されたこの写真群は「ソ連が忘れさられたころに発表したい」という北島の意図のもと、16年後の07年に個展「USSR 1991」として日の目を見た。カメラ目線の人物たちの表情は、巨大な政治体制の終焉に立ち会った人々の困惑、そしてかすかな期待でもあるように感じられる。

展示風景より「USSR 1991」シリーズ

 90年代以降、北島の興味は国内の風景にも向けられるようになる。00年代前半から撮影された、国内の風景を撮影したシリーズ「PLACES」は、東日本大震災の経験を経て「UNTITLED RECORD」と名を改めて撮影を続けられた。北海道の建築物、あるいは震災と原発事故を経験した東北の街、その他の名も無い建物たちが静かに写し取られている。人の存在がそこになくとも、匿名的な風景の佇まいは、その土地に生きるであろう人々の姿をかすかに映す。

展示風景より、「UNTITLED RECORDS」シリーズ

 北島の被写体との向き合い方の原点には、キャリア初期の70年代に撮影した沖縄・コザでの経験があるという。反米暴動「コザ暴動」が起きたこの場所を被写体に選んだ北島は、内地人として被写体に向き合うことそのものについて思慮することになった。北島がこれまで撮影してきたポートレイトと風景写真が入り混じる本展は、人間、そして人間の住む風景との距離を逡巡し続けた北島の姿が見え隠れする。それは、あらゆる人々がスマートフォンのカメラを手にし、すぐに共有できるこの時代において、表現とは何かを考えるうえでも重要な姿勢かもしれない。「借りた場所、借りた時間」というタイトルに込められた意味を、改めて考えたくなる展覧会だ。

展示風景より、「PHOTO EXPRESS KOZA 1975-」シリーズ

 なお、本展の関連展示として、同館では岸幸太「彼の地、飛地」/笹岡啓子「The World After」「Park City」/篠田優「Voice(s)」も開催されている。本展は北島敬三によって2001年に設立された「photographers’ gallery」に関わる写真家3名によるこのグループ展だ。

 岸は、東京・山谷、横浜・寿町、大阪・釜ヶ崎などに暮らす人々を撮影した『傷、見た目』(写真公園林、2021)と、国内外に撮影地を広げて街と人の関係を記録する「連荘」(KULA、2021〜)の二連作による「彼の地、飛地」を出品。

展示風景より、岸幸太「彼の地、飛地」シリーズ

 笹岡は、東日本大震災後の被災地を記録する「The World After」と、出身地・広島における過去と現在の対比を、公園内の出来事を通して表現した「Park City」の2シリーズを展示している。

展示風景より、笹岡啓子「The World After」

 そして長野県出身の篠田は、旧・信濃美術館の解体直前に取材したシリーズ「Voice(s)」を、同館のクロージング展以来8年ぶりに展示している。

展示風景より、篠田優「Voice(s)」