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2025.12.2

「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」(ヒカリエホール)開幕レポート

渋谷のヒカリエホールで、「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」がスタートした。会期は2026年1月18日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 東京・渋谷にあるヒカリエホール(渋谷ヒカリエ内)で、「織田コレクション ハンス・ウェグナー展 至高のクラフツマンシップ」がスタートした。会期は2026年1月18日まで。担当学芸員は吉川貴子(Bunkamuraザ・ミュージアム 学芸員)。

 デザイン大国の北欧デンマークを代表するデザイナー、ハンス・ウェグナー(1914~2007)は、「ザ・チェア」(1949)や「Yチェア」(1950)など、生涯で500脚以上の椅子をデザインし、20世紀の家具デザインを牽引してきた。本展は、椅子研究家であり北欧を中心とした近代家具のコレクターでもある織田憲嗣と、同コレクションを有する北海道東川町の協力により開催される。ウェグナーの椅子約160点をはじめ、家具やそのパーツ、資料などを展示する過去最大規模の回顧展となっている。

 本展開催にあたり、長年ウェグナーの椅子を収集・研究してきた織田は次のように語る。「初めてウェグナーの椅子に出会ったとき、その美しさに魅了され購入した。実際に座ってみると、機能性やオリジナリティにも触れることができ、さらに虜となった。生涯で500を超えるデザインを手がけ、2000枚以上の図面を描いてきたウェグナーの功績について、我々が今日知ることができるのは氷山の一角に過ぎない。しかし、本展では160点もの椅子やテーブル、キャビネット、家具のパーツも含めると200点以上を展示している。デンマーク本国でもなかなか見ることができないこの規模の展覧会を通じて、彼が成したデザインの系譜を読み取っていただきたい」。

 また、会場構成を手がけた建築家の田根剛はこう語る。「北欧デザイン、とくにデンマークの家具は圧倒的に水準が高く、その頂点がウェグナーだと思う。木材に対する敬意や、ジョイントなど細部への配慮が随所に表れているのも特徴だ。狭い分野で活躍したデザイナーではあるが、その考え方には深い奥行きが感じられる」。

左から、織田憲嗣(学術協力/東海大学名誉教授)、田根剛(会場構成/ATTA代表)

 展覧会は天井高7メートルの広大な会場で、大きく4つのチャプターに分かれている。チャプター1では、ウェグナーが1930年代に椅子製作を始め、独立した40年代までに手がけた作品を展示し、スタイル確立の過程を探るものとなっている。

展示風景より

 また、本展の見どころのひとつとして、ウェグナーが17歳で手掛けた「ファーストチェア」と、3脚のみ製作された初期作「セカンドチェア」の再現復刻も展示されている。実物が目の前にあることで、若きウェグナーによる創意工夫を読み取ることができるだろう。

展示風景より、中央が「セカンドチェア」(1938 / 2024復刻)、右が「ファーストチェア」(1931 / 2024復刻)

 続くチャプター2では、ウェグナーの掲げた「クラフツマンシップ」を、製作プロセスや図面、モックアップを通じて紐解くことを試みる。ウェグナーが活動した1930〜90年代は、大量生産を前提としつつも「日用品よりも美しく」といった理念の実現が求められた。その理想に応えるべく、ウェグナーが様々な企業とどのようにコミュニケーションを重ねながらデザインを手がけていったのかを本章では伝えている。

展示風景より
展示風景より、「ミニマルチェア PP701 笠木接合プロセス」(2025)
展示風景より、5分の1サイズのスケールモデル

 暗闇のなかに浮かび上がる様々な椅子の造形に目が奪われるチャプター3には、ウェグナーの名作椅子25脚と各図面が並ぶ。家具メーカー「PPモブラー社」の創業者/職人で、ウェグナーの盟友でもあるアイナー・ペダーセンは、彼について「一枚の図面に一脚の椅子全体を描き、しかも図面から直接に椅子が製作できるようにすべての説明をそこに描き込める、数少ない人物である」と評しているほどだ。360度どこからみても美しい造形が生み出される理由は、実物と図面をあわせて見ることで理解できるだろう。続く暗室で公開されているウェグナーのインタビュー映像とあわせて、デザインに対するその信念を目の当たりにしてほしい。

展示風景より
展示風景より

 チャプター4では、1940〜90年代にウェグナーが製作した家具を、10年ごとにカーペットでゾーニングしながら展示し、「リデザイン」を基本としたウェグナーの「デザインの系譜」を可視化している。また、家具メーカーの持つポテンシャルに応じて、ウェグナーが様々なデザイン案を提供していたことも伺え、その引き出しの多さに驚かされる。

展示風景より

 各カーペット上には、時代やメーカーごとに手がけられた家具が円を描くように配置されているため、周囲をぐるりと回りながら家具一つひとつに目を向けることをおすすめしたい。あわせて設置されている小冊子には、ポイントとなる部分がアップで示されているほか、カーペット上にはウェグナーの言葉も記されており、その哲学にも触れることができる。

展示風景より。会場の照明は呼吸をするかのように明滅しており、薄暗闇に溶け込む家具の造形や、明るさのなかで際立つ家具の造形とその影も見どころである
展示風景より、「フェリーチェア」(部分、1975)

 なお、会場外には、ウェグナーの椅子を製造販売するPPモブラー社およびカール・ハンセン&サン社の現行モデルに座れるコーナーが設けられている。実際に座ることで、展覧会を通じて知ったウェグナーのデザイン哲学を体感することができるだろう。

 椅子を中心とした優れた家具を数多く有する織田コレクションだからこそ実現可能な本展。この膨大な資料と多様な切り口を通じて、ウェグナーが築き上げたデザインの系譜を読み取り、その功績を知る貴重な機会となるだろう。

展示風景より