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2026.1.31

「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」(東京都現代美術館)開幕レポート。宇宙と量子の観点で世界を考える

東京都現代美術館で「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」が開幕した。宇宙研究や量子科学とアートの協働を通して、「見えない世界」や「世界の成り立ち」を多角的に問い直す企画展だ。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、左から落合陽一《物象化する願い、変換される身体(手長)》(2022)、《リキッドユニバース:物化する計算機自然、質量への憧憬の転回》(2026)、《物象化する願い、変換される身体(足長)》(2022)
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 東京都現代美術館で、「ミッション∞インフィニティ|宇宙+量子+芸術」展が始まった。

 本展は、ロケットによる宇宙開発が切り拓いてきた“物理的な宇宙”にとどまらず、量子や多元宇宙といった思考の領域にも目を向けながら、「世界はどのように成り立っているのか」「私たちには何が見えていないのか」を、アートとサイエンスの協働を通して問いかける企画展である。国連が定めた国際量子科学技術年(2025年)を背景に、国産量子コンピュータを用いた初のアート作品をはじめ、研究機関によるアーティスト・イン・レジデンスの成果、XRやメタバースを含む展示まで、多様な試みが一堂に会する。

 担当学芸員の森山朋絵は、1995年の東京都写真美術館開館記念展で「宇宙」をテーマに取り上げて以来、およそ10年ごとに「その時代における宇宙像」を展覧会として更新してきた。2004年には日本科学未来館との協働、2014年には本館地下2階と1階を用いた「ミッション[宇宙×芸術]」展を開催。その取り組みは、後に種子島宇宙芸術祭の発足にもつながっている。

 さらに2025年夏の大阪・関西万博で開催された「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」では、約21の国立研究機関とアーティスト、デザイナーが数年をかけて協働し、研究成果をアートとして提示する試みが本格化した。本展「ミッション∞インフィニティ」には、万博をきっかけに生まれた作品に加え、本展のために新たに制作された作品も含まれている。

展示風景より、藤本由紀夫+永原康史《互いに浸透し合っていること:妨げられていないこと》(2026)

 展示の導入にあたって森山が強調するのは、「宇宙をロケットで行く遠い場所としてだけでなく、“いまここにも存在するもの”として捉えること」、そして「量子的な考え方を通すことで、白黒では割り切れない“あいだ”の感覚が立ち上がる」という視点だ。そこで提示されるキーワードが「重ね合わせ」「もつれ」「観測」である。

 例えば、存在しているかどうかがまだ確定していない状態を「重ね合わせ」と言い換え、遠く離れた“ここ”と“あそこ”が同時に関係し合う状態を「もつれ」と捉える。そして「観測」とは、作品を見た瞬間に意味や印象が定まり、鑑賞という出来事が生まれる行為であり、量子の世界とアートをつなぐ共通点でもある。

 展示会場の入口で来場者を迎えるのが、安藤英由樹による《かさなる、もつれる、かんそく》(2023)だ。高速な眼球運動(サッカード)を利用した「サッカードディスプレイ」により、まばたきや首を動かした一瞬だけ、空中に像が浮かび上がる。見るという行為そのものを揺さぶりながら、「観測」がどのように世界を立ち上げるのかを、身体的に体験させる作品である。

 続く宇宙セクションでは、芸術表現と科学的事実が並ぶかたちで提示される。吉本英樹の《DAWN》(2023)は、金沢の極薄金箔やプラチナ箔に超短パルスレーザーで微細な加工を施し、裏側からの光によって陰影が変化する作品だ。その姿は、ゆっくりと動く天体を思わせる。伝統技法と先端技術を組み合わせたこの作品は、詩的なイメージを喚起しながらも、素材と加工精度という確かな技術に支えられて成立している点で、本展の方向性を象徴している。

展示風景より、左は吉本英樹《DAWN》(2023)

 そうした造形中心のアプローチとは異なるかたちで、宇宙と時間の広がりを示すのが、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘、平川紀道、稲福孝信)による《ARTSAT Chronicle》(2026)である。2014年に打ち上げられた世界初の芸術衛星「ARTSAT1: INVADER」は、「ミッション[宇宙×芸術]」展の会期中も宇宙から音声や画像を送り続け、会期終了直後に大気圏へ再突入した

展示風景より、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘、平川紀道、稲福孝信)《ARTSAT Chronicle》(2026)
展示風景より、ARTSATプロジェクト(久保田晃弘、平川紀道、稲福孝信)《ARTSAT Chronicle》(2026)

 いっぽう、「はやぶさ2」とともに打ち上げられた深宇宙彫刻「ARTSAT2: DESPATCH」は、現在も太陽の周回軌道上にあり、地上と宇宙を結ぶメディアとしてプロジェクトの時間を延ばし続けている。本展では、その10年にわたる活動を振り返るクロニクル展示を通じて、宇宙を「遠い場所」ではなく、「現在進行形で関わり続ける環境」として捉え直す視点が提示されている。

 本展で提示される「エンタングルメント(もつれ)」は、作品同士の関係にとどまらず、研究機関と美術館、研究者とアーティストの関係を結び直す概念としても機能する。高エネルギー加速器研究機構(KEK)のアーティスト・イン・レジデンス第1期として制作された、片岡純也+岩竹理恵の《KEK曲解模型群》(2025)は、その代表的な成果である。

展示風景より、片岡純也+岩竹理恵《KEK曲解模型群》(2025)

 2人はKEKに滞在し、研究者への取材や施設見学を重ねながら、科学的な現象や記述をあえて「曲解」し、模型として可視化した。正確さを再現するのではなく、ずれや置き換えを通して新たな意味を生み出す。その姿勢こそが、アートとサイエンスが出会う瞬間として示されている。

展示風景より、片岡純也+岩竹理恵《KEK曲解模型群》(2025)

 同様に研究データをもとに制作された作品として、平川紀道の《(non)semantic process[version for neutrinos detected by Super-Kamiokande]》(2026)がある。スーパーカミオカンデで検出された信号を時間軸に沿って可視化し、点として記録されたデータがアルファベットへと変換され、辞書に存在する単語として蓄積されていく。宇宙から届いた不可視の粒子が、言葉のかたちを取って現れるとき、観測はたんなる測定を超え、読み取りや解釈としての「鑑賞」へと重なっていく。

展示風景より、平川紀道《(non)semantic process[version for neutrinos detected by Super-Kamiokande]》(2026)

 量子セクションを進んだ先で、時間そのものの感覚を静かに揺さぶるのが、古澤龍の映像作品《Mid Tide #3》(2024)である。千葉の海を同一地点から約3時間半にわたって撮影した映像を素材に、時間と空間の関係を組み替えた本作では、波の反復がたんなる潮の満ち引きの記録を超え、奥行き方向に「時間の層」が重なっていく光景として立ち現れる。固定された視点と一定の時間の流れという映像の前提が崩れることで、鑑賞者は、私たちが日常的に感じている時間とは異なるリズムに身を委ねることになる。

展示風景より、古澤龍《Mid Tide #3》(2024)

 展示空間の中心を占めるのが、落合陽一による大規模インスタレーションだ。飛騨高山の匠の技で彫刻された木彫の「手長足長」と、巨大なLEDビジョンにリアルタイムで生成され続ける映像が同一空間に配置されている。本作は、横へ広がるパノラマではなく、上下方向に視線を導く「バーティカル・パノラマ」として構成され、鑑賞者の身体感覚そのものを取り込む。質量を持つ彫刻と、質量を持たない映像がせめぎ合いながら共存することで、物質と非物質の境界が揺らぎ続ける空間が立ち上がっている。

展示風景より、中央の映像インスタレーションは落合陽一《リキッドユニバース:物化する計算機自然、質量への憧憬の転回》(2026)
展示風景より、左は落合陽一《物象化する願い、変換される身体(手長)》(2022)

 不可視の存在を「見る」ことの根源的な問いは、逢坂卓郎の《生成と消滅 2025》(2025)において、きわめて静かなかたちで示される。超新星の爆発に由来し、私たちの身体を通り抜け、地下深くまで到達している宇宙線は、通常、感覚として捉えることはできない。本作では、宇宙線が検出された瞬間にLEDが一瞬の光を残して消え、やがて再びゆっくりと灯る。その反復を見つめるうちに、生成と消滅、誕生と終焉といった時間の循環が、生命や宇宙のスケールで想起される。1995年に原型が成立したこの作品は、いまなお現在形の問いとして鑑賞者に作用し続けている。

展示風景より、逢坂卓郎《生成と消滅 2025》(2025)

 体験型展示へと足を進めると、量子や宇宙は「理解する対象」から、「身体で感じる出来事」へと姿を変える。例えばJAXAによる《打上げ振動体験》(2026)では、2025年に退役したH-IIAロケット最終号機の打上げ時に、射点から約3キロメートル離れた建屋で記録された振動データが、ウーファースピーカーによって再現される。スピーカーに手を触れた瞬間、空気の震えが直接身体に伝わり、映像や音だけでは伝わらないロケット打上げの迫力を体感することができる。

展示風景より、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)/天文仮想研究所(VSP)/東京藝術大学《はやぶさ2 タッチダウン・チャレンジ(東京藝大ドーム検証版)》(2024)

 本展はまた、展示室内にとどまらず、ミュージアムショップ横のホワイエ空間へと展示を広げている。田中ゆり、パヴレ・デイヌロヴィッチ、ウムット・コーセ、クリス・ブルックマイヤによる《Particle Post – Letters from the Universe》(2019)は、宇宙線ミューオンが検出器に届くと、古びた郵便箱が音と光を発する作品だ。遠い宇宙を旅してきた素粒子が、いま・ここに到達する瞬間を通して、鑑賞者は自らも宇宙史の一部であることを感覚的に受け取る。

 森脇裕之の《物質と光(Matière et lumière)》(2026)は、物質と光の二重性を示したフランスの理論物理学者ルイ・ド・ブロイの理論に着想を得た作品である。「地球の石」という身近な物質から出発し、無重力を思わせる浮遊的な断片、そして方位を示しながらも物理的な重さを感じさせない羅針盤へと至る構成によって、物質から概念へと思考が移行していく過程が示される。月の石や火星の石が象徴的に扱われがちな宇宙展示に対し、本作は「宇宙とはどこにあるのか」という問いを、私たちの足元から立ち上げている。

展示風景より、森脇裕之《物質と光(Matière et lumière)》(2026)

 「量子で考えれば、世界はもっと面白くなる」。森山が繰り返し口にするこの言葉のとおり、「ミッション∞インフィニティ」は、明確な答えを示す展覧会ではない。観測することで初めて立ち上がる世界、関係性がもつれ合いながら変化し続けるプロセス──その只中に身を置く体験そのものが、来場者に委ねられている。科学と芸術、研究者とアーティスト、そして鑑賞者が交差する場として、本展は、次の10年、その先へと思考をつなぐ起点となるだろう。

展示風景より、久保田晃弘+QIQB《Quantum Computer: Art Studies》(2025/2026)