EXHIBITIONS
αMプロジェクト2025–2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く」Vol.6
中野裕介/パラモデル「よろぼう少年、かなたの道をゆく▶▶▶市ヶ谷の夢とP」
gallery αMで、αMプロジェクト2025–2026「立ち止まり振り返る、そして前を向く」の第6弾として、中野裕介/パラモデルの個展「よろぼう少年、かなたの道をゆく▶▶▶市ヶ谷の夢とP」が開催されている。会期は6月27日〜9月5日。
中野裕介/パラモデルは1976年東大阪生まれ。2002年京都市立芸術大学大学院絵画専攻(日本画)を修了した。2001年に同大学の林泰彦と活動を開始し、03年にユニット名を「パラモデル」とする。メタフィジカルな「模型遊び」をテーマに多様な作品を発表。11〜17年の図書館勤務を経て、現在のソロ活動では描画やテキスト、空間表現を軸に、文学、哲学、マンガ、建築、郷土文化、古典芸能など古今の書物を横断し題材とする創作を続ける。
本展に際し、中野裕介/パラモデルは以下のステートメントを公開している。
「20年程前から僕の地元・大阪の『俊徳丸伝説』に惹かれ、調査と創作を続けている。物語の主人公は盲目で業病を負い、よろよろ歩く乞食の少年。説経節・能楽などの芸能、小説や落語、現代劇まで様々な変奏がある。
なぜ惹かれるのか? ひとつには、主人公や物語の魅力とともに、抑圧や差別の構造、弱者の問題を晒しつつ、どこか穏やかに抗う趣きを持つから。あるいはその昔、僕の曽祖父が謡曲『弱法師』を謡い、母の従兄である三代目桂米朝が師匠の遺稿として落語版をいまに残したという、ごく私的な縁から、など。でも本当はわからない。
数年前、熊本で琵琶奏者が伝えるそれと水俣の石牟礼文学を合流させた。今回はさらに、泉鏡花『貧民倶楽部』や稲垣足穂『彌勒』といった往時の市ヶ谷周辺に触れる文学、防衛省敷地にあった庭園『楽々園』、旧CBS・ソニーの残響、DNPの活字の力能、脱法的な?釣り堀とかつての貧民窟……それらの欠片が、我が名を忘れ共鳴すれば。彼方へよろぼう乞食や狂人との精神的連帯、誰もが拘束なく遊び休む無法地帯、永遠の稽古場、抑圧だけが無い夢、その道行→P」。
中野裕介/パラモデルは1976年東大阪生まれ。2002年京都市立芸術大学大学院絵画専攻(日本画)を修了した。2001年に同大学の林泰彦と活動を開始し、03年にユニット名を「パラモデル」とする。メタフィジカルな「模型遊び」をテーマに多様な作品を発表。11〜17年の図書館勤務を経て、現在のソロ活動では描画やテキスト、空間表現を軸に、文学、哲学、マンガ、建築、郷土文化、古典芸能など古今の書物を横断し題材とする創作を続ける。
本展に際し、中野裕介/パラモデルは以下のステートメントを公開している。
「20年程前から僕の地元・大阪の『俊徳丸伝説』に惹かれ、調査と創作を続けている。物語の主人公は盲目で業病を負い、よろよろ歩く乞食の少年。説経節・能楽などの芸能、小説や落語、現代劇まで様々な変奏がある。
なぜ惹かれるのか? ひとつには、主人公や物語の魅力とともに、抑圧や差別の構造、弱者の問題を晒しつつ、どこか穏やかに抗う趣きを持つから。あるいはその昔、僕の曽祖父が謡曲『弱法師』を謡い、母の従兄である三代目桂米朝が師匠の遺稿として落語版をいまに残したという、ごく私的な縁から、など。でも本当はわからない。
数年前、熊本で琵琶奏者が伝えるそれと水俣の石牟礼文学を合流させた。今回はさらに、泉鏡花『貧民倶楽部』や稲垣足穂『彌勒』といった往時の市ヶ谷周辺に触れる文学、防衛省敷地にあった庭園『楽々園』、旧CBS・ソニーの残響、DNPの活字の力能、脱法的な?釣り堀とかつての貧民窟……それらの欠片が、我が名を忘れ共鳴すれば。彼方へよろぼう乞食や狂人との精神的連帯、誰もが拘束なく遊び休む無法地帯、永遠の稽古場、抑圧だけが無い夢、その道行→P」。
