2025.10.14

工芸の新たな伝統への挑戦。「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、リポート

2025年7月24日、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)サウスケンジントンで「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウムが開かれた。このシンポジウムでは、「日本の工芸」と「日本の伝統」に関する既存の概念を問い直し、とくに制度の外で活動する女性アーティストや制作者に焦点が当てられた。女性アーティスト、サブカルチャーやディアスポラのアーティスト、その他の工芸専門家など、幅広い講演者を招いて、一見なじみのある日本の工芸というテーマに対する新たな光を当てるという試み。企画者の菊池裕子によるリポートをお届けする。

文=菊池裕子(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館・学術プログラム部門部長)

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、第2部の様子
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工芸の新たな伝統への挑戦:領域を超えた現代アーティストの活力に満ちた活動性

第1部:基調講演と問題提起

 午前中の第1部では、日本の閉じられた工芸議論をグローバルな現代的視点と接続する試みがなされた。基調講演を務めたのは、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムのグレン・アダムソン(Curator-at-Large)である。アダムソンは現代工芸論の第一人者で、この20年のあいだに批評的分野としての「工芸」研究を確立してきた人物である。講演「未知なる世界へ:民藝の未来」では、柳宗悦の民藝運動を出発点に「無名性」のパラドックスを論じた。植民地や周縁、女性といった無名化の背後に潜む権力を指摘しつつ、そのアイデアがシュルレアリズムやSF、日常芸術の創造性と接続する可能性を語った。また、現代の女性アーティストが無名性を逆手に取り、新たな創造性を切り開く事例を取り上げ、希望を示した。

 続いて、本シンポジウムの企画者である菊池裕子は「秘められた芸術的な破壊力:KUTANismを牽引する女性アーティストたち」と題して発表した。九谷焼の「伝統」が男性中心に規定されるなか、女性作家は限られたカテゴリー(主に染織、人形)においてでしか認められてこなかった問題を指摘した。また、人間国宝制度に反映されるジェンダーや人種差別、それを踏襲する欧米美術館の収集姿勢の問題を批判的に捉えた。また、帝国主義的な権力の下で「工芸の国」として位置付けられてきた日本の位置とアフリカ、アメリカ先住民女性工芸作家の位置付けが、人種とジェンダーのインターセクショナルな問題につながっていることにも言及した。それをふまえ、現代の女性作家が新たな九谷焼の伝統を創出する姿を吉村茉莉、牟田陽日らの作品を通して紹介し、持続可能性への希望を語った。

 さらに、山田雅美(V&Aアジア部門キュレーター)は「伝統を超えて:V&Aにおける日本の現代工芸の収集」を発表。輸出工芸や人間国宝を基盤にしてきた収集方針が、1990年代以降の展覧会を契機に女性作家の作品を取り入れ、メディア横断的な展示へと変化してきた経緯を報告した。来年には女性漆芸作家の作品を初めて収蔵展示する予定も紹介された。

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、菊池裕子の発表の様子 

2部:女性アーティストによる実践と議論シンポジウムの意義と成果 

 午後の第2部では、佐々木類(ガラス)、スーザン・ロス(漆)、牟田陽日(陶)、細野仁美(陶)という金沢に縁のある4人の女性アーティストがプレゼンテーションを行った。その後、人種やジェンダーに精通する工芸史研究者ターニャ・ハロッドがモデレーターを務め、パネルディスカッションが展開された。各作家は自らの素材や工程に根差した創造的実践を語り、工芸とコンセプチュアルアートの境界を越える姿勢を共有した。

 佐々木類は、空間や環境に働きかける主体的な五感の使い方と、技術の運用とコンセプトの統合を重視する制作態度を語った。彼女の制作は「工芸かコンセプチュアルアートか」といった従来の領域規定にとらわれず、技術や素材を柔軟に扱うことによって、既存の枠組みを超える表現を追求している。

 41年間日本に在住したスーザン・ロスは、人間国宝2人の師匠から漆作家としての技術と姿勢を学ぶいっぽうで、輪島塗と人間国宝の閉鎖的な世界において、白人かつ女性であることによる排除を経験した。その体験は、伝統的な日本人作家には思いつかない漆の使い方や表現方法を探求する動機となった。ロスはまた、漆の伝統保存をうたういっぽうで材料や道具の枯渇や、国産漆の規定を満たせなくなる現状に対しても厳しい批評を向け、日本の社会が向ける伝統に対する投げやりな態度に警鐘を鳴らした。

 ロンドンのゴールドスミスカレッジでコンセプチュアル・アートを学び、九谷焼へ移行した牟田陽日は、素材や工程を問わずコンセプトを応用できることを強調した。とくに、手の感覚でつくられた凸凹の表面と絵の表現が大きな物体により一体化され、知覚に訴える迫力を生む計画的な恣意についての説明は、領域意識を自然に崩すものだった。また、日本社会に根強く存在するジェンダー問題や民俗神話の図像(「山姥」「山女」)への関心、神と女性、人間と非人間の境界の曖昧性に惹かれる自身の視点も示された。

 18年間ロンドンを拠点に活動する細野仁美は、金沢のローカル文化やジェンダーの意識を反映した作品を紹介した。片町の夜の街の女性や北陸の食文化を題材に、九谷焼の赤絵や漫画的表現、18世紀ヨーロッパ風の植物装飾などが融合したグロテスクな美を追求している。彼女の作品は、技術偏重の日本的工芸や装飾過剰と見なされがちであるが、金箔や精神性、文化の記憶を介した意味づけがあることが強調された。

 佐々木、ロス、牟田、細野に共通するのは、伝統や文化の固定化に縛られず、コンセプト・装飾・技術を統合した複雑な制作態度である。時間の概念も重要視され、長い時間をかける制作や、女性のライフスタイルに適応した時間感覚が反映されている。また、伝統技術への尊敬を持ちつつも、自らの主体性や創造性を優先する「よそ者」としての関係性が創造の原動力となっている。素材に対する感覚や評価も、1000年以上生き残る磁器・ガラス・漆の性質と現代の社会意識が混ざり合うことで、作品の表現や性格を決定づける要素となっている。

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、第2部の様子

3部「グローバルな現代の職人という視点からの講演」

 昼食後の第3部では、ミケランジェロ財団エグゼクティブ・ディレクター、アルベルト・カヴァッリが登壇。「美の道:日本の工芸と美への道」と題し、日本の工芸に触発された職人養成プロジェクト「Homo Faber」の意義について熱意をもって語った。観客を引き込むパフォーマティブな講演は大きな印象を残した。

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、第3部、アルベルト・カヴァッリの発表の様子

4工芸の民主化―都市、消費社会、漫画アニメサブカルチャーを通した今日の表現物としての工芸」

 休憩後の第4部では、「工芸の民主化:都市、消費社会、漫画・アニメ・サブカルチャーと今日の表現物としての工芸」をテーマに議論が行われた。まず「GO FOR KOGEI 2025」アーティスティック・ディレクターを務める秋元雄史が、1950年代以降の走泥社の活動に始まり、2010年代以降の個人作家による現代工芸の現状に至る背景を説明した。その後、第2部同様に、岩村遠(陶)、シゲ・フジシロ(ガラス)、川井雄仁(陶)の3名によるプレゼンテーションが行われ、秋元がモデレーターとしてパネルディスカッションを進行した。

 岩村遠は、ポップカルチャーと埴輪に触発されたネオ縄文シリーズを紹介した。カラフルで大きな頭を持つ人形のような作品を通じて空間を構成するインスタレーションを制作しており、漫画やポップカルチャーが日常の一部であることから生まれる表現がもっとも自然であると語った。制作過程では、粘土のひもづくりを用いたゆっくりとした積み上げのプロセスが思考や方向性、素材と身体の相互作用を促すと述べた。

 シゲ・フジシロはファッションへの関心を起点に、安全ピンに多色のガラスビーズを取り付ける作品や、ブランドロゴ入りショッピングバッグをモチーフとしたシリーズを紹介した。危険性を隠し消費社会化されるものへの批評を述べ、制作の過程は編み物のように手作業で進めながらも、頭が同時に高速で回転することを説明した。

 川井雄仁は、一見パステルカラーの菓子の山のように見える作品に、ペニスの突起や腐敗を連想させる液体などの要素を織り込み、社会からの疎外感や抑圧の存在を視覚的に示した。英国での経験を通じ、日本性と技術の完璧さの関係、英米におけるコンセプト重視の文化、そして日本の日常やヒエラルキーの少ない社会を意識する点について語った。

 第2部のパネルの女性作家と同様、グローバルな経験をもつ3名の作家は「日本性」「日本人」であることを外から考えさせられることは多々あるが、手塚治虫の漫画がディズニーの影響を受けているように、ポップカルチャーはグローバルな文化的交差の創造現象であることを強調し、現代日本性の特定が容易ではないことを指摘した。

 また制作過程における時間の重要性も言及された。岩村は粘土積み上げのゆっくりとしたプロセス、フジシロは手作業の同時進行による思考の高速化を例に挙げ、時間の質が表現の形成に不可欠であることを示した。また、「アート」とは区分される「工芸」という領域は、商業ギャラリーや美術館での展示や分類方法によって強く規定されるが、近年では再考の動きが見られることも報告された。

 観客から、第2部でジェンダー問題に焦点が当たったいっぽう、第4部ではジェンダーやクィアに関する議論がほとんどなかったことへの質問があった。これに対しては、抑圧されたマイノリティとしての視点は作品に込められているものの、本当にそれがジェンダーの問題からきているかはわからないため注意深く発言を選んでいるといった意見や、作品を語る上でジェンダーの問題を優先的に語る必要性を強く感じていないといった回答がみられた。このやりとりを通じて、ジェンダー議論を日本の現代工芸作家と続けていきたかった質問者とのあいだには、双方の文化的違いが見られた。

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、第4部の様子

まとめ

 本シンポジウムは、アーティスト、キュレーター、研究者が一堂に会し、ジェンダー、領域横断性、地域文化、現代視覚文化といった観点から「工芸の現在地」を議論した。目的はふたつあった。第一に、日本の工芸をポストコロニアルな地域史の文脈から再考すること。第二に、欧米で展開されている工芸のポストモダン的議論を紹介し、日本の文脈に接続することである。参加者数は約100人にのぼり、従来の日本工芸関連のシンポジウムに比べ異例の盛況を呈した。とりわけジェンダー問題に関心を持つ聴衆が多く、議論の深さに刺激を受けたという感想が寄せられた。従来の「日本工芸」の安定的イメージに留まらず、現代的課題を批評的に共有し議論する場を提供したことは大きな成果である。

 まとめとして菊池は、「日本」「人種」「伝統」「工芸」という概念をグローバルな視点から問い直しが始められたことを強調した。さらに、人間の本能的な行為としての「つくる」営みがAI時代にも揺るがない価値を持ちそうであること、女性作家の静かだが確固たる挑戦が未来においてより可視化されるであろうことを指摘し、シンポジウムを締めくくった。

 以上のように、本シンポジウムは、日本の工芸を取り巻くジェンダー的・制度的課題を批評的に浮き彫りにし、同時にグローバルな視座をもって未来の工芸の可能性を提示する場となった。学術的にも実践的にも大きな意義を持つものであったといえる。

「GO FOR KOGEI 2025」シンポジウム、参加者の集合写真