2025.8.26

丹下健三の「旧香川県立体育館」、再生委員会が県の解体姿勢に疑問符。「直ちに崩壊する懸念なし」

香川県が解体の意向を示している、丹下健三建築の「旧香川県立体育館」について、民間による買取と保存活用を訴える旧香川県立体育館再生委員会が8月26日、高松市内で記者会見を開いた。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長) 画像提供=旧香川県立体育館再生委員会

旧香川県立体育館
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 香川県高松市に位置する旧香川県立体育館が、解体か存続かの瀬戸際に立たされている。

 同建築は、丹下健三(1913〜2005)が国立代々木競技場のスタディから生み出したものであり、大きく反り返ったデザインは「和船」を思わせることから、長年「船の体育館」と呼ばれ親しまれてきた。

 同施設は、2014年9月末から耐震改修工事の入札不調により利用中止となり、現在に至るまで放置されている状態だ。こうした状況を受け、民間で組織された旧香川県立体育館再生委員会(委員長:長田慶太)が、同建築を買い取り、自己資金で保存・再生する案を示したものの、県側は今年8月7日に解体の入札公告を出し(予定価格:9億2041万6200円)、「解体はやむなし」との姿勢を崩していない。

 再生委員会の長田委員長は、8月26日に開いた会見で「全国に議論が広がっている。民意がうねりとなろうとしており、保存を求める署名も4万筆を超えた」としつつ、県側の対応について「議会は建築について10年議論してきたというが、公に論じられた形跡はない」と批判。今後は解体工事差し止めのため、仮処分の申立てを行う準備があることを明かした。加えて県の税金の使い方を問うため住民監査請求も行う。「再生ができれば10億円の税金支出ではなく、違うかたちで県にお返しできる。100年続く地域遺産として次世代につなぐべきだ」(長田)。

県の懸念点に疑問符

 県側が解体の根拠として挙げているのが建物の耐震性だ。しかし再生委員会は、精緻な耐震診断の結果、同建築が直ちに崩壊する、あるいは液状化で沈下する危険性はなく、早急な解体は不要であると強調。同建築のプレストレス構造や吊構造の屋根が、構造的な強度を保っている理由であり、国立代々木体育館の建設にも関わった構造家・斎藤公男も「少しの補強で十分に使える。すぐに壊すというのはありえない。不安神話は払拭されるべき」と語る。また建築家・青木茂も「むしろ解体するほうが危険性がある」と指摘。県が主張する、屋根の崩壊による緊急輸送路を塞ぐ危険性について、あらためて疑問が呈されたかたちだ。

 また県側は再生委員会が示す再生事業の主体性についても懸念を示しているが、今回の会見では投資ファンドからホテル運営までを手がける株式会社Stapleが事業を主導することが明らかにされた。現時点では宿泊機能と大規模なブックラウンジを組み合わせた「ブックラウンジホテル」案と、宿泊施設のみの「ホテル」案が示されており、初期コストはそれぞれ約30億円、約60億円、純利益は3年目以降に1.2億円超、4億円超を見込む。また展示・商業空間の分野における大手乃村工藝社も支援に加わり、これまで手がけてきた様々な再生事業のノウハウを提供する体制だ。

文化庁による支援も

 日本建築家協会やDOCOMOMOなどから、同建築の保存再生を求める声も出ており、追い風も吹いている。ハーバード大学大学院・森俊子教授は、「細かく美しく設計された力強い建築は丹下建築の中心であり貴重な作品」としつつ。「香川は素晴らしい建築文化を持っている。それは世界に誇れるものであり、資産として大切に守っていただきたい。再生委員会の案は信頼できる。建築文化継承のお手本として世界に誇れるものだ」と評価する。

 また丹下健三の息子である丹下憲孝は、「父・丹下健三が香川の自然や環境に寄り添いながら、構造的にも造形的にも新たな挑戦を行った、私にとってもかけがえのない建築。いま、近代建築をいかに残すのかという分岐点にある。旧香川県立体育館が新たなかたちで再生されれば、近代建築の再生の大きな一歩になるだろう」と期待を示した。

 国によるバックアップも重要だ。もし旧香川県立体育館が重要文化財相当に指定された場合、補助や税制優遇によって大幅なコストダウンにつながる可能性がある。文化庁の文化審議会に設置された建築文化ワーキンググループ(WG)で座長を務める後藤治は、「WGでは、近代建築の凍結保存でもスクラップ&ビルドでもない第三の道を積極的に支援していこうと議論している。現状変更があっても支援対象として見るべきであり、旧香川県立体育館の取り組みが実現すれば、建築文化振興の象徴的なモデルとなり得る」との見解を示した。

 再生委員会は県側に対して、解体公告を止めたうえで協議に応じるべきだと訴える。建築史においても貴重な作例に真正面から向き合う姿勢が、香川県には問われている。