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2025.8.7

それでも壊す? 丹下健三の名作「旧香川県立体育館」保存計画の行方はいかに

モダニズムの巨匠・丹下健三が国立代々木競技場と同じくして生み出した旧香川県立体育館。建築史においても重要なこの建築が、解体の危機に瀕している。

文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

旧香川県立体育館
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時代を象徴する建築、10億かけて「解体」?

 香川県高松市の街中を車で走っていると、遠くにある種“異様”とも思える巨大な建築が現れる。丹下健三(1913〜2005)が設計した旧香川県立体育館だ。

 この建築は、丹下の代表作である国立代々木競技場(重要文化財)と同じ1964年に竣工。国立代々木競技場のスタディから生み出された、いわば兄弟建築だ。大きく反り返ったデザインは「和船」を思わせることから、長年「船の体育館」と呼ばれ親しまれてきた。またこの時代では珍しいプレストレス工法が採用されており、建築史としても貴重な作例だ。

 前川國男に師事し、近代建築の保存に詳しい松隈洋(神奈川大学教授)は、同建築についてこう強調する。「構造設計を担当したのが、レーモンドの代表作『群馬音楽センター』(1961年)の構造を手がけた京都大学出身の岡本剛であり、丹下の代々木とはまったく異なる世界的にも注目される構造体により、あのような造形が生み出されたことは特筆すべき歴史的な価値を持っている。そして何よりも、手描きの図面と手回し計算機による手作業で、あのような建築を設計した当時の技術者たちの思いと、それを受けて、地元の職人たちによる精巧なコンクリート打放しの見事の造形は、戦後復興を経た1960年代という時代を象徴する建築として、香川県庁舎とは別の意味を持っている」。

旧香川県立体育館

 しかし同施設は、2014年9月末から耐震改修工事の入札不調により利用が中止された。県はその後、2023年に解体を決定。今年8月7日に、解体の入札公告を出した(予定価格は9億2041万6200円)。しかしこの解体は、その後の土地活用計画などが示されておらず、「解体そのものが目的」とでも言わんばかりの状態だ。

 いっぽう、この近代建築の名作を保存し、新たな活用法を見出そうとする動きは民間から出ている。それが「旧香川県立体育館再生委員会」(以下、再生委員会)だ。再生委員会では、老朽化と耐震性の問題を理由に2023年に解体が決定された旧香川県立体育館を、民間主導による全額自己資金での保存・再生案を示す。

民間による買い取りで目指す新たな活用法

 その具体案とは、「民間が全額自己資金で耐震改修・保存を行い、宿泊施設等として利活用すること」、そして「土地を香川県から購入し、建物を無償譲渡または低額譲渡で取得すること」だ。

 ハード面については、現在の構造的・意匠的価値を残しつつ、必要な耐震改修は実施。その金額も、2014年当時の見積もりである18億円から、現在では約半額〜3分の1程度に圧縮できるという。

内部の様子

 またソフト面については、宿泊機能と大規模なブックラウンジを組み合わせた「ブックラウンジホテル」案が有力であり、年間約1億円の営業利益を見込む。初期投資額は30〜60億円と試算されるが、その出資者のメドもついたという。年間経済波及効果は3〜7億円と試算しており、アートの島「直島」への玄関口である高松においては、インバウンドを含めた多くの利用が見込める。

家具は剣持勇によるデザイン

パイロットモデルになりうるか?

 再生委員会が実施したアンケート(香川県内の500人対象)では、「県は、民間事業者に積極的に協力するべきだと思う」が37%、「県は、解体手続きをいったん保留し、協議には応じるべるべきだと思う」が36%となっており、7割以上が即時解体に後ろ向きだ。また香川県庁内も一枚岩ではなく、解体に疑問を持つ職員は少なくないという。

 こうしたなか、丹下健三の息子である丹下憲孝は、この建築に対して「父・丹下健三が香川の自然や環境に寄り添いながら、構造と造形の新たな挑戦を行った、私にとってもかけがえのない建築です。建築が建築としての役割を超え、時代や地域の記憶を内包する存在になり得ることを旧香川県立体育館は体現しています」との言葉を寄せ、保存・再生に対する理解を示す。

 また先の松隈も、今回の保存の動きについて次のように語っている。「行政が手に負えない建築を民間が支援する道筋の模索が始まっている。その実例を作る先駆的な取り組みになりうるという意味で画期的だ。壊すか残すかではなく、グラデーションを模索する大事な機会。香川県は戦後の庁舎建築を見事なかたちで耐震改修し、それが重要文化財となった。香川県は『建築文化県』であり、ここでこの建築を壊してしまうと、そのプライドを傷つけるのではないか。県には英断を期待したい」。

 県の財産を民間が買い取り、それを活用することは県の財政、そして地域活性化にもプラスとなるだろう。加えて、丹下が同時期・同時代に生み出した国立代々木競技場は世界遺産登録の機運が高まりを見せており、旧香川県立体育館も本来は「同様の評価と保護を受けるに値するもの」(Martino Stierli、ニューヨーク近代美術館 The Philip Johnson Chief Curator of Architecture and Design)だ。

 しかしながら、香川県は再生委員会側の具体的な活用方法を聞き入れることなく、2027年度までに解体工事を完了させる方向に進んでいる。再生委員会の委員長を務める建築家・長田慶太はこう語る。「オンライン署名も2万人を越え、世論調査でも72%の県民が再生に前向きななかで、資料も見ずに、公告を出したことは、あまりにも誠意を感じられず、知事、議会も含め、非常に残念に思う。今後は、 チーム内の皆のスタンスを考慮しながら、入札に係るあらゆる可能性を模索していきたいと思っております」。