2025.9.16

推定約221億円以上。市場初登場のクリムト肖像画が今秋、サザビーズNYに出品

11月18日、サザビーズがニューヨークの新本社にて化粧品業界の巨頭でエスティ ローダーの名誉会長であるレナード・A・ローダーのコレクションセールを開催する。市場初登場となるグスタフ・クリムトの作品3点を含め、落札総額は4億ドル(約590億円)以上と予想されている。

グスタフ・クリムト エリザベート・レーデラーの肖像 1914–16 Courtesy of Sotheby's
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 サザビーズが今秋、ニューヨークで「レナード・A・ローダー・コレクション」オークションを開催することを発表した。

 同コレクションは、化粧品企業エスティ ローダー カンパニーズの名誉会長であり、アメリカを代表する美術コレクターとして知られるレナード・A・ローダー(1933〜2024)が築いたものであり、20世紀美術の精華を集めた「一世一代」の内容と評されている。オークションはサザビーズの新たな本社となるニューヨーク・マディソン街の「ブロイヤー・ビル」で開催され、11月18日のイブニングセールには24点が出品される予定だ。落札総額は4億ドル(約590億円)を超えると見込まれている。

 今回の目玉となるのは、市場初登場となるグスタフ・クリムトの作品3点。そのうちのひとつである《エリザベート・レーデラーの肖像》(1914–16)は、ウィーン世紀末の黄金期に制作された全身肖像画のなかでももっとも精緻に構想された作品のひとつで、推定落札額は1億5000万ドル(約221億円)以上とされる。

グスタフ・クリムト エリザベート・レーデラーの肖像 1914–16 Courtesy of Sotheby's

 同作に描かれているのはクリムト最大のパトロンであったレーデラー家の令嬢エリザベートであり、これまで一度も市場に登場したことがない極めて稀少な作品である。東アジア的な意匠を背景に、モダンなウィーン風ファッションをまとう若き女性の姿は、クリムトが到達した色彩と装飾の頂点を示す。

 作品には波乱の来歴も刻まれている。ナチスによるオーストリア併合後の1939年に没収され、戦後の1946年に遺族へ返還された後、ドイツ系移民の美術商セルジュ・サバルスキーを経て、1980年代半ばにローダーが取得した。2023年、サザビーズのオークションでクリムトの《扇を持つ女》が約1億840万ドル(約156億円)で落札され、同作家の最高記録を更新。本作も新たな記録を樹立する可能性が高いとされる。

 さらに、クリムトが夏の避暑地アッター湖畔で描いた風景画《花咲く草原》(1908、推定8000万ドル超/約118億円)と《アッター湖畔ウンタラッハの森林斜面》(1916、推定7000万ドル超/約103億円)が出品される。前者はモザイクのように咲き誇る野花を正方形キャンバスに収め、後者は晩年の滞在で描かれた最後の風景画とされる。いずれもこれまで市場に出たことがない重要作で、クリムトが自然の生命力を探求した成果として注目される。

グスタフ・クリムト 花咲く草原 1908 Courtesy of Sotheby's
グスタフ・クリムト アッター湖畔ウンタラッハの森林斜面 1916 Courtesy of Sotheby's

 同コレクションは絵画だけにとどまらない。アンリ・マティスによるブロンズ彫刻6点も一括で出品される予定で、落札総額は3000万ドル以上(約44億円)と予想されている。さらに、エドヴァルド・ムンクパブロ・ピカソ、アグネス・マーティン、クレス・オルデンバーグ&クージェ・ヴァン・ブルッゲンといった多彩な作家の重要作が並び、ローダーの審美眼の広がりを物語る。

アンリ・マティス Figure décorative 1908構想/1950鋳造
アンリ・マティス La Serpentine 1909構想/1951鋳造
アンリ・マティス Nu couché I (Aurore) 1907構想/1948鋳造

 1933年に生まれたローダーは、半世紀以上にわたり美術界で影響力を持ち続けたコレクターであり慈善家でもあった。66年にサザビーズでドイツ・ダダの作家クルト・シュヴィッタースのコラージュを購入して以来、キュビスムを中心に収集を拡大。やがて世界屈指の個人キュビスム・コレクションを築き上げた。2013年には89点のキュビスム作品をメトロポリタン美術館に寄贈し、その近代美術コレクションを一変させたことは広く知られている。

 また、ホイットニー美術館では理事長を務め、2008年には1億3100万ドルという同館史上最大の寄付を行い、ダウンタウンへの移転を実現させた。ホイットニーやメトロポリタンへの作品寄贈や購入支援も含め、アメリカの美術館界における影響力は計り知れない。サザビーズのチャールズ・F・スチュワートCEOは今回の出品について、「芸術、慈善、ビジネスの世界における巨人であり、比類なきコレクションを託されたことを光栄に思う」とコメントしている。